公爵令嬢と聖騎士団団長2
話の最後に久しぶりの???視点が入ります。
「ええ、おかげさまで魔力の方はだいぶ回復いたしました。
そう言えば師団長様のお話ですと、あの場に魔法陣が描かれてあったとのことですが、施術者は国に忠誠を誓った魔術師だったのですか?」
「マルティナ嬢も聞かれたか。あれはグラティア伯爵家の専属魔術師だそうだ。最初は魔道具を使用していたようだが、それが壊れていたと伯爵子息らは思ったらしく、同行していた魔術師に命令したらしい。だが、マルティナ嬢の魔力はぼう大すぎて、魔法陣を描いて威力の底上げを計っても完全に魔力を抜くことはかなわなかった、と彼らは言っていた」
なるほど。思った通りの展開だったか。
それはよくわかったが、魔法陣を使用したのにもかかわらず、私の魔力を全部抜くことができなかったなんて、魔術師としてどうなのだろう?
余程魔力の少ない魔術師だったのだろうか?それとも、魔法陣の特性を理解していなかったとか?
でも、施術者は伯爵家専属の魔術師だと言う。ならばそこらへんは知っていてもおかしくないと思うのだが……。
抑々魔法陣は使用者の魔力消費量を抑えながら、同時に魔法の威力の底上げをしてくれる有用なものだ。
そのため、魔力を多く消費する上位魔法を放つ際に使用することが多い。
以前ヴェルフがイェル村の件で魔法陣を使用したのもそういう理由からだ。まあ彼の場合、切り株に楔を打ってそれに魔力を流していたのだけれども。
ただ、当然ながら利点ばかりというわけではない。
魔法陣を描くよりも、自分の中にある魔力を自在に操作して魔法を放った方が手っ取り早いため、実際には魔法陣を描く者は少ない。その分魔法の威力は落ちるが、それでも素早い方が有利な時もある。
要は時と場合によって使い分けろ、ということだ。
なお、私は魔力量が多いため、魔法陣を描いて魔法を放つと地形が変わってしまう恐れがある。だから知識はあってもこの先使用することはない。
……まあ、魔法陣を使用しなくても地形が変わってしまう可能性は無きにしも非ずだが、それはともかく。
「彼らはほかに何か言っていましたか?身元も判明したようですが……」
「確かにマルティナ嬢のおかげで主要な人物についてはすぐに身元が判明した。ただ、グラティア伯爵家に騎士を差し向けたところ、すでにもぬけの殻になっていて」
「まあ。随分と足の速い狸ですこと」
私の言葉に団長が苦笑いを浮かべる。
「はは。まあそういったこともあって、あまり進展してないのが実状だ。被害者であるあなたに色よい返事をすることができず、申し訳ない」
「私はなんともございませんわ。ですから気にせずに調査を進めてくださいませ」
「すまない、ありがとう」
団長が軽く頭を下げ、二拍程置いて頭を上げた。その一連の動作はきびきびとしたものであり、何かしら決意のようなものが窺える。
しかし。そのように意気込んでくれるのは被害者として非常にありがたいのだが、如何せんこれから私が話す内容は、その意気込みに水をさすようなものだ。
ゆえに口を開くのが憚られるも、それでも言わねばと思いきって話を切り出す。
「団長。聖騎士団の皆さんが頑張っている最中に言うのもなんですが、私はもう戻らなくてはなりません。副団長補佐官の任を辞したいのですが、よろしいでしょうか?」
「それは問題ないが……そのことをエリオットには?」
……あれ? もう少し湿った雰囲気になるかなって思っていたけれど、あっさりと認められちゃった。
しかも、団長は『私が辞める』ことではなく、『リオンに伝えたか』の方が大事みたい。
……まあ、いいんだけど。引き止められたり、しんみりしたりするよりもはるかにいいものね。
「はい。明日の朝、邸に戻ることも伝えております」
「そうか……」
そこまで言うと団長が急に視線を下げて考えるような素振りを始めた。一体何を考えているのだろう?
あ、もしかして……。
「団長、彼は油断するとすぐに訓練場に行ってしまいます。それから、会議の前は本当に嫌そうで、毎回宥め賺して行かせておりました。その所為か会議後はかなりぐったりしていますので、砂糖が多めのお茶を出してあげてください」
「…………ぷっ。まるで長年連れ添った夫婦みたいだな」
指を折りながら一つずつリオンの扱いについて説明していたら団長が目を見張り、更に口をぽかんと開けてこちらを見てきた。
かと思えば、今度は吹き出して、とんでもない発言を落とす。
「ふっ……!? な、な……」
団長の言葉に目を丸くし、慌てふためく。だってそんなふうに思われていたなんて思わなかったのだもの。
羞恥で顔が火照るのが嫌でもわかる。あ、穴があったら入りたい……。
「では、そのことをほかの者たちにも周知しておこう。やはりあなたを聖騎士団に迎え入れてよかった」
「え? それはどういう……」
恥ずかしい気持ちを振り払うかのように、団長の言葉に触れる。
すると団長は、少しだけ考えるような様子を見せたあと口を開いた。
「……マルティナ嬢、あなたがエリオットの補佐官になった時、私は『君なら大丈夫だ』とあなたに言ったのを覚えているだろうか?」
そう言えば以前団長にそんなことを言われ、その後みんなに笑みを向けられたことがあったっけ。結局その理由はわからなかったけれど。
「はい、覚えております」
「……実はあなたに会う前のエリオットは、とある事件によりそれはもう目も当てられないくらい酷く荒れていてね。何をするにも投げやりだった。そんな彼に私も周りの者たちもかなり手を焼いたものだが、ある日その態度が一変した。自分のことはおろか周囲にもきちんと気を配るようになってね。不思議に思いエリオットに尋ねたんだ。そうしたら『目が離せないやつが現れた。おちおちやさぐれてもいられない』って言ってね」
そこまで一気に言うと、団長がその時のことを思い出したのか笑い出した。
……まさかとは思うけれど、それって私のことだろうか?だとしたらめちゃくちゃ不本意なんですが!
少しだけ口を尖らせ、半眼で団長を見る。途端に団長は笑うのをやめて、ごほん、と一つ咳ばらいをした。
「それはともかく。あのエリオットを立ち直らせた少年という存在がどんな人物か。騎士たちの間でいろいろと憶測が飛び交った。エリオットは洗脳されているんじゃないかと囁かれたりもして心配していたんだが……」
「そんなこといたしません!」
少し強めに抗議する。私が彼の本当の名を知ったのはここに来てからだし、彼がそんな状態になっていたと知ったのもたった今だ。洗脳なんてできるわけがない。
「ああ、わかっている。あの時のあなたとエリオットのやり取りを見て、そんなことはないとすぐに気付いた。そのうえで、あなたならきちんとエリオットを導いてくれるだろうと」
「それで私なら大丈夫だとおっしゃったのですか?」
「まあ、そういうことだ。あいつはそこら辺でくすぶっていていい存在じゃない。上にいるべき男だ。だからこそ、あなたには心から感謝している。ああ、多少エリオットが尻に敷かれるかも、とみんなで笑いもしたが……あっと、これは秘密だったな。忘れてくれ」
「……」
なんてことを言うのだろうか。忘れられるわけがない。今度あの場にいた人たちに会ったら、いろいろ思ってしまいそうだ……。
「それより、ほかに何か話したいことは?」
「あ……」
話が途切れ、その場がしんと静かになってすぐ。場を取り繕うかのように団長が口にした。
その言葉にこれ幸いと頷く。実はもう一つ団長に話しておきたいことがあり、言う機会を見計らっていたのだ。
「もう一つだけ。団長。殿下に私、マルティナが見つかったと報告してください」
「な、なにを……」
団長が驚いたような顔で私を見てきた。言いたいことはわかる。
でも、もう団長には私の正体を告げたのだ。殿下は、知らぬ存ぜぬで貫き通せるような甘い存在ではない。ルディの姿ならまあ……可能かもしれないけれど。
「殿下の下知ですよね?ならば報告しなければならないでしょう。捜索の最中、捜索対象者である私がのほほんと邸に戻れば、聖騎士団は何をしていたのかという話になります。そうなったら、殿下の聖騎士団における信頼はどうなるか……。
あの方は使える者しか側に置かれない。殿下の時代はこれからですのに、殿下の信がないままでは聖騎士団に未来はありません。なれば話すのが得策というものでしょう。それに、聖騎士団の手柄となれば私も嬉しいです」
「馬鹿な……」
頭を左右に振りつつそう呟いたかと思えば、次の瞬間団長が視線をしっかりとこちらに合わせてきた。
「正気ですか、マルティナ嬢。そんなことをすればすぐに殿下が……」
「ええ、もちろん。ですから報告は明日私が邸に戻ってからにしていただけませんか?殿下には『無事令嬢を見つけ、公爵邸に送った』とでも言えばよろしいかと」
「何故今……明日でもよかっただろうに。私が今すぐ報告しに行くとは思わなかったのですか?」
団長の言葉についくすりと笑ってしまった。その可能性ならば疾うに考えたのだ。でも――
「受けた恩を仇で返すような不義な真似を団長がするとは到底思えませんので。
それに、私と団長では失うものが違いすぎます。私は明日元の姿に戻るので、ルディの正体が公爵令嬢マルティナだと知られても痛くも痒くもないのです。ですが団長の場合は違います。私欲に走って第一師団の英雄たる私を売ったと聖騎士たちに思われたらどうなるか……。私と殿下の事情は聖騎士たちの噂にもなっておりましたので、いくら殿下の命に従ったのだとしても、彼らからはよく思われないでしょうね」
ルディの正体を知られても痛くも痒くもないと言ったが、それは嘘だ。実際はかなり痛い。
男所帯とも言える聖騎士団に長い間籍を置いていたのに加え、軍本部に部屋があったので、あらぬ噂を立てられでもしたら嫁の貰い手がなくなる。いくらリオンの求婚を受けたと言ってもまだ口約束だし。
とは言え、駆け引きの最中にそれを馬鹿正直に話す程私は愚か者でもない。
ゆえに、それと悟られぬよう淡々と語った。その方が気付かれにくいから。
ただし、あくまでも気付かれにくいだけであって、全く気付かれないわけではない。
だから私は、懇切丁寧を心がけて団長の不利な点を殊更詳しく説明した。そちらに意識が向くように、と。
そしてそれは少しだけ実を結んだようだ。
「……まいったな。そこまではっきり示されてしまうと反論のしようもない。私が彼らに悪く思われたとしても、そこにまっとうな理由があるのなら耐えられる。が、事この件に関してはまさにその通りだからな。同一人物だとあえて告げたのもそれを見越してか。しかし、あなたはそれでいいのか? 自分を売るなど……」
「もう手は打ってありますもの」
そう言って、にこりとした笑みを満面に湛える。
本音を言えば、パーティーの会場で、対策を練ったうえで殿下と会いたかった。けれど状況が変化し、そんなに悠長に構えていられなくなった。そのため、急ごしらえではあるが新たに策を練り、早々に邸に戻ることにしたのだ。
打てる手はなんでも、かつ早く打つ。いささか心許ないが、何もしないよりはましだ。
「そうか……。あなたの意思はよくわかった。ご協力感謝する。それと、またこっそり遊びに来てくれ。皆も喜ぶ」
「ありがとうございます、団長。今までお世話になりました」
すくっとその場に立ち上がると、丁寧に頭を下げる。
すると団長も立ったみたいで、頭上から声が降ってきた。
「こちらこそありがとう、マルティナ嬢……いや、ルディ」
衣擦れの音と光の具合から、団長が頭を下げたのがわかる。
ただ、私が頭を上げるのと同時に団長も姿勢を戻したようで、その様子をしっかりと視認することはかなわなかった。
だが、構わない。団長の気持ちはちゃんと伝わってきたから。
「それでは失礼いたします」
手短に挨拶をするや再び帽子を被り、そのまま団長室をあとにした。
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同国にて――
「くそっ! あれ程注意しろと言っておいたのに下手しおって! 出来の悪い息子だとは思っていたが、ここまで出来が悪かったとは……」
馬を駆り平原を行く。
王都を抜け出せたのはいいが、これから先のことは何も定まっていない。
一つ言えることは、行く当てが一つしかないということだ。ただし、そこで受け入れてもらえるかはわからない。正直なところ五分五分。
しかし、もう引くに引けない。行くしかない。
「早く……早くあの方の元へ!」
逸る気持ちを抑えつつ必死に馬を走らせ、あの方がいるだろう場所へと向かった。




