捕らわれた公爵令嬢1
……声が聞こえる。
聞き覚えのある声なのだが、知り合いの顔は思い浮かばない。
ならどこで聞いたのだか。極々最近聞いた気もする。
……いや、こうして記憶を辿るよりも実際に見てみた方が早いか。
そう思い目を開けようとしたのだが、それは叶わなかった。
どうしても瞼が上がってくれないのだ。
それだけならまだしも、体が異様な程重くてだるい。加えて、手が後ろに回ったまま動かないし、足首も何かにぐっと押されているような感覚があって動かない。
そのうち段々と眠くなってきて、その誘惑に負けてしまいそうになる。
どうしてこんなに眠いのだろう。体が動かないのは何故?
微睡みながら考える。
確か今日はリオンと二回目のデートで、ドレスを仕立てに行って、エミーリエに会って、それから――
……ああ、そうだ。私失恋したんだ。
思い出した途端に悲しみが襲ってきた。
それなのに体が動かなくて、指の先にちりちりとした痛みを覚えても、この胸が息も止まる程のずきりとした痛みを訴えても、一雫の涙すら流れてはくれない。つらいし苦しい……。
けれども、それが逆に感傷に浸っている場合ではない、と私を現実に引き戻す。
今は『冷たい何かの上に私が横たえられている理由――まあ、記憶を辿る限りほぼ間違いなく攫われたのだろうけれども――』を探らなくてはならなくて、かえって都合がよかった。なんとまあ皮肉なものか。
そういったわけで、私は襲い来る睡魔に抗いながら情報を得ようと届いてくる声に耳を傾けた。
『……おい!』
――っ!?
『はい』
――あ、私ではなかったのね。てっきり起きているのがばれたのかと思ったわ。
『そっちの具合はどうだ?』
『それが……うまく作動していないのかまだまだかかりそうです』
――作動?いったい何を作動させるの?
『なら威力を最大にしてはどうだ?』
『きっ、危険です!いくらまだだとは言えもう長い間やっているのです。そこで威力を上げたら彼女の身が持ちません』
――え?
『構わない。死にそうになったら即座に止めればいいだろう?とにかくこの女は危険だ』
『そんな簡単な話ではありません!その状態が続けば、彼女はやはり死ぬかもしれないんですよ!』
『ま、その時はその時だ。また別の商品を手に入れればいい。そんなことはどうでもいいからつべこべ言わずにやれ。いいか?これは命令だ』
……。
一体、何が起こっているのだろう。
ぼんやりとする頭で考えるに、私に作用する、しかも命に係わる事象が行なわれているらしいが……。
仮にそうだとしたら、何が行なわれているというのか。考え得る限りのことを考えてみる。
確か二人は『うまく作動していない』とかどうとか言っていた。
それで考えられる行為は主に二つ。魔道具を使用しているか、若しくは魔法陣を使用しているかだ。
ただ、情報が少ないのでどちらとは断定できない。
けれど、いずれかが私に悪影響を及ぼしているとみてまず間違いないだろう。
では、それらが私にどんな悪影響を与えているのか。
……と言っても、魔道具や魔法陣を使用してできることなんてあまり思い浮かばない。
一番可能性があるのは精神異常を引き起こす攻撃だけれど、精神攻撃は相手よりも魔力が高くなければ効かないため、お父様とお兄様でもない限り私にそういう攻撃は一切効かない。魔道具も然り。
となると次に考えられるのは、直接人体に危害を加える攻撃魔法である、と言いたいところだが、私の体はだるさや眠気はあっても、苦しいとか痛いといった症状はない。よってそれも違うと言える。
ならば、魔力そのものに干渉、或いは魔法の行使に関わる何かしらがなされている、とみるのが妥当か。
だとすれば、行なわれているのは後者だろう。そして恐らく私は魔法を封じられているのではないだろうか。
二人の会話のあと、ひそかに辺りを氷漬けにしようとしたのに魔法が不発だったのはそのせいだと思う。
それに、高魔力の持ち主は、魔法が使えない状態が続くと体に異常を来す場合がある。現に、私は魔力が全回復していても更に回復しようとする特異な体質だ。
誰かが『私の身が持たない』と言ったのは、私の魔力が容量越えを起こす恐れがあるのに気付いての発言だったのだろう。
『威力を上げる』というのはきっと私の魔力が多すぎてうまく魔法を封じ切れていない、というところかな。そう考えれば辻褄が合う。
成程、だからこんなにも体がだるいのか。それにしても、よく私の魔力回復の性質がわかったわね。ヴェルフ並みに凄くない?
……って、ちがーう!そんなことを言っている場合じゃない!
それよりも『ここはどこ』で、『今何時』なのかを急いで調べなければ。
特に、最後に魔法を使ったのがいつだったのかを思い出して現在の時間から逆算しないと、どのくらい魔力が回復しているのかがわからない。
誰かが言ったように命に係わることなので、可及的速やかに情報収集を行なわなければ、冗談抜きでやばいことになる。
……ええと、確か最後に魔法を使ったのは、朝変な人たちに絡まれて放った氷の魔法で……って、あーっ!この声思い出した!
そうだ、この声は今朝私をナンパしてきた男の声だ。そう言えば攫われる時に薄っすらと彼らの姿を見た気がする。
ということは、ひょっとして……いや、ひょっとしなくても、この男たちが最近聖騎士団が警戒しているという誘拐犯!?
だとしたら、すぐにリオンに連絡をし……たくないかも。会いたいけれど会いたくないもの。
ああ、でもいつまでもうじうじしているのは私らしくないわね。
『あの時攻撃されたのをまだ怒ってるのですか?彼女を生け捕りにすると決めたのはあなたではないですか』
未だに目が明かず、朧げな頭で余計なことまで考えている私の耳に、また別の男の声が届いてきてはっと我に返った。
この声は確か、私をナンパしてきた男の片割れだ。二人ともこの場にいるらしい。
好都合だ。もう少し詳しい情報が得られるかもしれない。そう考え、再び耳を聳てる。
だが、それはすぐに間違いだと気付いた。
『だからこうしておとなしくしているんだろう?』
『ああ、そうだったんですね。それは失礼しました。それにしても、彼女をただ手放すのも勿体ないですね……』
(ひっ!?)
男の声は不快な色を帯びており、それを聞いた瞬間に虫唾が走った。
悍ましい。思わず口から悲鳴が洩れそうになり必死に噛み殺す。
体調不良など気にしている場合ではなかった。多少無理をしてでもなんとかして逃げなければ。この男たちの相手なんて死んでもごめんだ。
上がらない瞼を、これでもかというくらいに気合を入れて上げる。
しかし、非常事態だというのに瞼は徐々にしか上がらない。
でも、それがかえってよかったようだ。私の側にいた男たちには、私が今目を覚ましたかのように見えたみたいだったから。
「漸くお目覚めか、ご令嬢?」
「……あ、なた、たちは」
そう言った私の声は、暫く発していなかったためかかなり掠れていた。
だが、二人とも気にした様子はなくそのまま話を続ける。
「それを知ってどうする?いや、知ったとしてもどうすることもできなかったな」
「……」
事実なのであえて何も言わず様子を窺う。
すると、何を思ったのか短髪の男が口角を上げ、勝ち誇ったかのような表情を浮かべた。
「言い返せないか?いい気味だな。どうせこのままじゃ逃げ出すこともできないだろうし、いいことを教えてやろう」
「い、いこと?」
「そうだ。お前はこのあと売られるんだ。さぞや高く売れるだろうよ」
「……」
それはあなたたちにとってでしょうが!とは思ったものの、あえて言葉にしないでおいた。おとなしくしていた方が事が運びやすいと判断したためだ。
この男たちとは今朝少し話をしただけだが、その中でもわかることはある。
こういう輩(特に短髪の方)は、自分が優位だと見るや自惚れて何でもぺらぺらと喋ってくれるのだ。
事実、今もいろんな情報をこちらに齎してくれている。ただ、当の本人はそのことに気付いていないらしい。
好機だ。適当に悔しそうな表情をしながら、男が喋っている間に周りの状況を把握しよう。そうと決まれば行動あるのみ。
とりあえず男の話に合わせて悲しげに目を伏せる。その間に周囲を窺う。
辺りは暗く、カーテンのない窓からは太陽の光ではなく、月の光が射し込んでいる。どうやら夜のようだ。
目を伏せたまま更に辺りを窺うと、ここはどこかの工房内でだいぶ老朽化が進んでいること、そして私は両手足を縛られて床に無造作に転がされていることがわかった。
ほかにも、私を攫ったのは朝私が撃退した男たちとほか数名であること。私を見張るように目の前に突っ立っている男は剣の腕っぷしが強そうだけれど、それ以外のならず者と思しき男たちはそこまででもなさそう、ということもわかった。
ただ、いくら一人を除いてそこまで強くないと言っても、私一人で数人の相手をするのは正直つらい。何せ今の私は本調子ではないのだ。
ならばどうしたものか、と絶えず睡魔が襲ってくる中この危機を脱するための対策をあれこれと練ってみる。
(うーん。魔法が使えないのがつらいわね。せめて何か武器になりそうなものがあれば……)
剣が手元にない今、魔法が使えないこともあって全部体術で乗り切らないといけない。
けれども、目の前の男はそれではちょっと厳しそうだ。武器になりそうな物が何かあれば、絶不調な私でも目の前の男とそれなりに渡り合えると思うのだが……。
「昼間の威勢が嘘のようだな。怖くて何も言えないんだろう?」
この場を乗り切る策をあれこれと考えている私に、短髪の男がニヤニヤとした顔で話しかけてきた。
ゆえに思案するのを一時中断し、何か情報を得られないかと男の会話に乗る。
「……こんなことをしてただで済むと思っているの?この国で人身売買は違法よ。すぐに役人に見つかるわ」
「はっ。何を言うかと思えばそんなこと。これだから世間知らずのお嬢様は困る。いいか?そんなものは握り潰せばいいんだ。ちょっと顔を利かせて金を握らせれば途端に静かになるんだよ」
自分が優勢なのは変わらないと思ったのか、短髪の男はなおもこちらを見下しながら言う。
一方、長髪の男は黙ったままだ。それが少し不気味であるものの、短髪の男に対する彼の遜った態度を見れば、単に短髪の男に発言権を譲っているだけなのかもしれない。
まあ、違うかもしれないがそう思うことにして話を続ける。
「でも、それで役人をごまかすことができたとしても、騎士は見逃してくれないわよ?」
「わかってないな、ばれなきゃいいんだよ。それに、この国で売らなければいい話だ」
「この国で……売らない?」
彼の言葉に、私は目を大きく見開いて驚いて見せた。
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