捕らわれた公爵令嬢2
「この国で……売らない?」
さも衝撃を受けたかのように目を瞠って見せ、話の続きを誘う。
「当然だろう?足がついたら困るんだから。ああ、そうだな……東の国なんてどうだ?あの国は言わば自然の砦だ。一旦向こうに行ったら、令嬢一人の力でこの国に戻ってくるのは至難の業かもしれんが……でもまあ、それも一興じゃないか?」
短髪の男が悦楽の色を含んだ笑みを浮かべ、こちらをちらりと見ながら言う。
そうやって私の恐怖心を煽り、反応を見て楽しんでいるのだろう。
が、私は生憎と可愛くない女である。これ以上そこら辺の令嬢たちのように怯えた目をして、か細い声を上げるつもりなどさらさらない。かと言って、野太い声を上げるつもりもないが。
それはともかく。いくら私が彼の思う通りの反応をするつもりはないと言っても、この状況を打破するに値する、武器となりそうな物は未だに見つからない。
だからこそこうして様子を窺っていたのだが、それも瑣末なことだと今し方気付いた。
だって武器がないのなら男を倒さなければいいだけの話だ。
例えば、体術などで軽く牽制すればいい。それで眼前の男の隙を衝くことさえできれば、恐らく武器がなくとも逃げ出せるはず。
幸い眼前の監視役の男は、私が戦えるとは思っていない。それは緩い監視からも明らかだ。
仮に私が戦えると知っていたとしても、せいぜい『魔法を扱える』ぐらいではないだろうか。その魔法も今は封じられているので、私のことなどさして脅威に思っていないはずである。
そんな私に反撃され、しかもそれがそこそこの腕だったら、この男にもわずかな隙ぐらい生じるのではないだろうか。
とは言え、相変わらず眠いし体はだるいしで、たとえ百歩以上譲ってやったとしても本調子とは言えない。
だが、目の前の男を牽制するくらいならば動いても問題はないだろう。問題があるとすれば、縛られた手足をどうしようかな、ということくらいだ。
ただそれもこの人たちを挑発し、相手の獲物で縄を切るようにさり気なく誘導すればなんとかなるかもしれない。
但し、それは危険を伴う。
身の安全を第一に考えるのならば、ここで誰かの助けを待つのが得策だろう。
でも、ここで待っていて本当に助けが来るのだろうか?少し想像してみる。
私がいなくなって真っ先に気が付くのはイルマだ。それと、宿屋で会う約束をしていたエミーリエか。
今が何時なのかわからないけれど、もう既に私が戻らないことを不審に思い捜索を開始していると思われる。
尤も、昼頃に攫われた私を捜索し始めたのは夕方以降になってからだろうから、彼女らが今日中にここに辿り着く可能性はほぼないと言える。
何せ誘拐された当の本人でさえ、情けないことにどこで攫われたのかがわからないのだ。捜しようもない。
それと言うのも、あの時の私はかなりの衝撃を受けていた。
そんな私が、リオンと別れたあとにどこをどう歩いていたのかなんてわかるはずもない。
いや、それよりも私はちゃんと歩けていたのだろうか。それすらもわからない。
まあそういったわけで、今のこの状況を切り抜けるには、受け身ではなく自力で何とかするよりほかないようだ。
ならばこの人たちの手にかかる前にさっさと行動に移そう。
ある程度の情報は得られたし、魔力飽和に関しては月の位置や空腹具合からまだ少し余裕がありそうだし……もうか弱いふりをしなくてもいいよね?
「言いたいことはそれだけかしら?」
「あ?」
悲しげな表情から一変、口角を上げて不敵な笑みを見せてやったら、途端に短髪の男が不機嫌な色を滲ませた声を発し、こちらを睨み付けてきた。
一方、長髪の男は警戒しているのか鋭い目つきでこちらを見ており、目の前にいる監視役の男は無表情でこちらを見ている。
ただ、こちらの出方を窺っているのか、誰一人として攻撃をしかけてくる様子は見られない。よって、そのまま話しを続ける。
「あなたの話を聞いているのも飽きてしまったわ。そろそろここから出してもらえないかしら?」
「出すわけがないだろう?何寝惚けたことを言っている」
「まあ、失礼しちゃうわね。私は寝惚けてなんかいないわよ、バルトルト・グラティア卿?そちらはイーデ男爵、だったかしら?」
「「なっ!?」」
二人が驚愕の表情を浮かべてこちらを見てきた。
それと同時に短髪の男――グラティア卿が私から一歩程後退する。
そう、私はここにきて彼らの名前を思い出していた。
短髪の男はバルトルト・グラティア卿。
彼は、イェル村の一件で私が『狸』と称したグラティア伯爵の息子にあたる。親が親なら子も子だったというわけだ。
尤も彼は昔から良くない噂があったので、父親であるグラティア伯爵とは多少意味合いが違う。が、五十歩百歩だろう。
なお、イェル村の件でグラティア伯爵の関与は認められず、残念ながら伯爵は不問に付された。さすがに一筋縄ではいかなかったようだ。古狸め!
……って、あらやだ。興奮して話が逸れた。元に戻そう。
グラティア卿と一緒にいる長髪の男。ヨアヒム・イーデと言ったか。
彼はもう既に爵位を継いでおり、名前よりイーデ男爵と呼ばれる方が多い。
彼の治めるイーデ男爵領はグラティア伯爵領の東隣にある。だが、伯爵領に比べ、特産となるものが格段に少ない。
反対にグラティア伯爵領は、伯爵領にしておくにはもったいない程おいしい土地だ。何せ彼の土地は、元々公爵家の治めていた土地だったのだから。
つまりイーデ男爵にとって、伯爵領のおこぼれにあずかって自領が潤うのならば従っているのもそう悪くない……いや、寧ろうまみのある話なのだ。……まあ、彼の真意は彼にしかわからないし、単に爵位の関係上逆らうことができないというのもあるかもしれないが。
それはともかく、そういった諸々の理由からイーデ男爵はグラティア伯爵家に、延いてはグラティア卿に従っているのだと思われる。
それにしても、何故ここにくるまで私は二人に気付けなかったのか。こうして仄暗い状態で見た彼らの髪色は元の髪色に近かったのに。
朝のあの脇道もそれなりに暗く、私が彼らの正体に気付いてもおかしくない状況だった。それなのにこれだ。彼らが髪色を変えていたにしても、気付くのが遅すぎである。
いくら今日がリオンとデートをする日だったからとは言え、少々浮かれすぎていたみたい。反省しなくては……。
「何故俺たちの名を……?どこかで会っているのか?」
「しかし、これ程の娘ですよ?一度見たら忘れないと思うのですが……」
「あら、私はお二方と何度かお会いしておりますわよ?お忘れですか?」
自省をしていた私をよそに、困惑気味の男たちが顔を向かい合わせて話をする。
それを耳にするなり私は気持ちを切り替え、さり気なく二人の会話に交じった。
……但し、横になったままの締まりのない格好で。
「で、でたらめを言うな」
「ま、信じないのならそれでもよいのですけれども」
そう言って、わざと『困った子ねぇ』と言わんばかりの顔をしてグラティア卿を見る。
するとグラティア卿は、私の思惑通りぶるぶると体を震わせてこちらを睨んできた。
「小娘が!調子に乗るのもたいが」
「ぐほっ!!」
「いに……」
――ズドォンッ!!
「…………は?」
グラティア卿が素っ頓狂な声を上げる。
話の最中に起こった怪奇音が原因であることは私にも容易に窺えた。だが、その音の正体についてはグラティア卿ですらも心当たりがないようだった。
かく言う私も皆目見当がつかない。
くぐもった声は人の声だと認識できたので一旦置いておくとして。声のあとに続いた音は、それなりに柔らかい物がやや硬質な物にぶつかった音のようにも思えた。
……で、それは一体何の音?
「……おい、お前見てこい」
グラティア卿が暗闇に向かって声をかける。すると、指名を受けたと思しきならず者の男が扉の方に歩いていく。
私のところからは人がいるように見えなかったのだけれど、やはりほかにも人がいたのね……。暗闇から男が現れてちょっとだけびっくりしたわ。
男は扉の前で立ち止まり、扉を開けようと取っ手に手を伸ばす。
しかし次の瞬間、男の手は空を切った。
それは決して男が目測を誤ったからではない。取っ手を掴むよりも早く、外に向かって扉が開いたのだ。
「うおっ!?なんだてめ、がはっ!!」
男が叫びきる前に、その体が数メートル後方にふっ飛んだ。
そのまま男は、よくわからない物体が積まれている場所に勢いよく突っ込む。
――ガシャーン!ガラガラ……カラ、カラン……。
男が突っ込んだことにより積まれていた物は激しい音を立てて崩れ落ち、辺りに散乱した。甲高い音だったので恐らく金属だと思われる。
また、物体は円い形をしていたようで、散乱した中の幾つかが遠くまでごろごろと転がっていき、ある程度転がったあとにその場で円を描いて、最終的に完全に動かなくなった。
その間、誰も何も話さない。音も立てない。
皆何が起こったのかがわからず、一様にぽかんと口を開けて扉の辺りを見ている。
その隙に私はさっと体を起こした。
そうして改めて入り口の方を見て、目をぱちりと瞬かせる。
足だ足。多分足……。
入り口の辺りから屋内に向かって、にょきっと生えている誰かの片足らしきものが見える。
床面に対して平行であるそれは、先程までそこにいた男のお腹くらいの高さで止まっていた。きっと男の鳩尾に強烈な一撃を加えたのだろう。
一方、蹴られたのであろう男は気を失っているのか微動だにしない。
大の男をふっ飛ばすだけでなく、気絶させる程の強力な蹴りを食らわせるとは……一体どんな武人だろうか。
そう思っていたらすっと足が引っ込んで、ならず者を蹴飛ばしたと思われる人物が姿を現した。
けれど、逆光により顔がわからない。服装もわからず、身長やシルエットから辛うじて男性だと認識ができただけだった。
恐らく男性は私を助けに来てくれたのだろう。
そうは思うものの、誰なのかがわからないために素直に信用することもできない。ゆえに男性の一挙手一投足に神経を注ぐ。
するとその男性は、建物に入り数歩程歩いたあとぴたりと足を止め、何の迷いもせずにこちらに顔を向けて声を発した。
「ルティナ、無事でよかった!」
……え?
嘘、まさか……本当に?
驚きのあまり目を目一杯見開く。
それは、会いたくて、でもそれと同じくらい会いたくなかった、大好きな人の声だった。
いつもご覧いただき誠にありがとうございます。
次回はリオン視点です。
できれば一つに纏めたいのですが、手直し前の時点で6000字を超えているので、もしかしたら二回に分けるかもしれません。




