決行2
衝撃で壁が少し崩れて、わずかに粉塵が舞う。
見張りに気づかれたら面倒なので、急いで風の魔法を使用し、粉塵を結界の内側に留めた。
並行して兵士の出方を窺う。
余程の衝撃だったのか、兵士はぴくりとも動かない。
嫌な予感がして慌てて兵士のアーメットを取ると、兵士は白目を剥いて気絶していた。
「大変! やりすぎてしまったわ!」
この様子だと肋骨の何本かは折れていそうだ。
吐血していないので、内臓の損傷は深くないと思うけれど……。
「本当にごめんなさい。この作戦が終わったら回復できる人を呼ぶわね」
気を失っている兵士に祈るようにして告げると、その場を離れる。
向かうは丁字路を曲がった先の部屋だ。
丁字路を曲がった正面奥は行き止まりになっており、その手前――廊下の中央付近にある扉の前に、見張りの兵士が二人立っている。
二人とも、丁字路に立つ兵士が倒れたことに気付いておらず、ただ黙って扉の前に立っているだけだ。不意打ちにはうってつけとも言える状況だろう。
けれど、二人とも敵であることが非常に厄介だった。
片方を気絶させたらもう片方が反応する。強制的に口を塞いでも、暴れられたら意味がない。
結界と幻影で対処する方法もあるが、成功率は先程に比べて低くなる。
不測の事態などいくらでも起こりうるため、リスクを下げるには、二人の意識を同時に奪う必要があった。そのための策も、一応用意している。
……気は進まないけれど、仕方ないわよね。
効き目が強いからできるだけ避けたかったが、今は四の五の言っていられない。
覚悟を決めてエプロンのポケットから小瓶を取り出すと、コルク栓を引き抜いた。
魔法で弱めの風を生み出し、中の気体が二人の顔に向かうように風を調整する。
少しして、二人の体がふらりと傾いた。
急いで瓶に栓をすると、兵士たちに向けていた風を操って、辺りの空気を窓の外に排出する。
同時に、防音効果を施した結界を兵士たちの周りに張った。
結界は間に合い、兵士たちの倒れる音が遮断された。
「……ふぅ。この国の薬品はどうしてこう、効き目が強いのかしら。この様子だとしばらくは起きないわね」
帝国の薬品はあまりにも効き目が強すぎて、輸入を禁止されることもしばしばだ。
今回は効きのよさが幸いしたが、良くも悪くも人体に影響を及ぼすものに変わりはない。
それは魔法も同じだ。
魔術師の気持ち次第で救いにも脅威にもなる。
私は魔術師としての矜持があるから魔法を悪用するつもりはない。
けれど、皆が同じ矜持を持っているわけではない。昨夜の魔法陣を見て、痛切に感じた。
あの魔法陣は恐ろしすぎる。
早くすべてを終わらせて、知識がある魔術師に書き換えてもらわないと危険だ。
そのためにも、私ができることを進めなくてはならない。
改めて意思を固めると、扉の前に横たわる兵士たちに風の魔法をかけて軽くする。
それから一人ずつ引き摺って、邪魔にならない場所に移動させた。
兵士たちを排除したら、認識阻害の魔法と、今張ったばかりの結界を解く。
最後に何事もなかったかのような顔で扉をノックすれば、少しの間を置いて扉が開いた。
扉を開けたのは一人の兵士だ。この兵士もまた、全身甲冑に覆われている。
兵士は身を乗り出すと、廊下に顔を出してきた。
そのまま右、左と順番に顔を向けて、廊下を見始める。
やがて兵士は、廊下の側端に転がっている仲間を見つけたらしく、勢いよくこちらを見た。
そして、流れるような動きでこちらに拳を見せる。
よく見れば、親指だけ天を向いていた。『よくやったな!』という意味だろう。
すかさず親指をぐっと立てて彼に応える。もちろん、満面の笑み付きだ。……妙な達成感を抱いてしまったけれど、たぶん気のせいね。
顔も見えない相手との意思疎通を一頻り図り、部屋の中に入る。
すると、寝室の扉の前にいた兵士が、「な!?」と短く声を上げた。許可を出していないのに、私が入ってきたから驚いたのだろう。
だがすぐに我に返ったようで、兵士が鞘から剣を引き抜いてこちらにやってくる、……ことはなかった。
突然寝室の扉が開いたかと思えば、中にいた兵士が、私を斬ろうとしていた兵士を後ろから蹴り飛ばしたのだ。
蹴られた兵士は物凄い音を立てながら地面に倒れる。その弾みで、兵士が持っていた剣が手を離れ、床を滑ってこちらに向かってきた。
回転しながら滑ってくる剣を、私の隣にいた兵士が明後日の方向に蹴飛ばす。迷いのない、いい蹴りだ。
剣を手にする機会を逃した私にはがっかりものだが、彼の判断は称賛に値するものだった。
「何をしてる!!」
大きな声にはっとして、声の主を見る。
仲間の兵士が転んだことで、もう一人の兵士が寝室の方を向いていた。
その隙をついて、私の側にいた兵士が無防備状態の兵士に体当たりをかける。
直撃した兵士は、勢いよく壁にぶつかった。
……うん。正直、同じ甲冑ばかりで混乱している。
状況を簡単に纏めると、私の側にいた兵士二人と、寝室の中にいた兵士が味方。蹴飛ばされ、もしくは体当たりされたのは、第二皇子派の兵士だ。
体勢を崩した第二皇子派の兵士たちは、皇太子派の兵士たちによってあっさりと捕縛された。
「急いでください!」
「ええ!」
味方の兵士が、第二皇子派の兵士を縛りながら私を促してきたため、短く返事をして即座に駆け出す。
「『すべては正統なる獅子のために』!」
声を張って合言葉を唱え、寝室からのいらえを聞くことなく中に入る。
そのままベッドの前に駆け寄り、そしてすぐに飛び退いた。目の前を剣が横切ったからだ。
見れば、ベッドの脇にいるジェセニアの護衛が、こちらに剣の切っ先を向けていた。
「メイドごときが、殿下のお側に寄るなど言語道断。引きなさい」
ジェセニアの声とともに、彼女の護衛が斬りかかってくる。
それを軽々と躱し、ベッド脇の椅子に座っているジェセニアに声をかける。
「私は味方です! 皇太子殿下をお助けに参りました!」
「口ではどうとでも言えるわ。そう言って殿下に危害を加える気ではなくて?」
「そんな……お父君からお聞きになっていないのですか?」
「何をです?」
「っ!」
返ってきた言葉に息を呑む。
寝室の中にいた兵士はきちんと情報を得ていて、正確に第二皇子派の兵士を攻撃していた。
それなのに、一番情報を得ていなくてはならないジェセニアが何も知らないなんて、おかしいにも程がある。
確実にこの部屋の中で線引きがなされ、情報が止まっている。それは何故? いったい誰が?
必死に考えながら、護衛の脇をすり抜けるようにして攻撃を避ける。
その瞬間、護衛と目が合った。
護衛はこれでもかというくらい眉間に皺を寄せて、口を引き結んでいる。
およそ敵に向ける表情ではない。この顔つきは、憎悪とは別のものだ。
そう気付いた時、ある一つの仮説にたどり着いた。
一旦距離を置き、改めてジェセニアの護衛を見る。なんと愚かなまねをしたことか。
「彼女に情報を与えなかったのはあなたね? あなたは第二皇子派?」
「ルシオが第二皇子派ですって? 冗談も休み休み言いなさい。彼の一族は私の一族に忠誠を誓っているのよ」
私の問いに答えたのはジェセニアだ。彼女の表情からも嘘を吐いているようには見えない。
当の本人である護衛の行動や表情も、ジェセニアを護ろうとするものだ。ただし、忠誠心が強すぎるのはどうかと思うけれども。
それはともかく、新しく得た情報などから再び考えを巡らせる。
護衛が主に話を通さないのは、主を思ってのこと。もしくは主家の利になることか。
でも、今回はどちらでもなさそうだ。ならばどうして?
味方が皇太子殿下の治療に当たると知れば、ジェセニアは間違いなく喜ぶだろう。
それなのに護衛は邪魔をした。考えられる理由は……。
そこまで考えて不快感を覚える。
「……あなたは殿下に眠っていてもらいたいのかしら。理由は、そうね……その方が邪魔もなく彼女と一緒にいられるから、とか? もしそうなら、護衛失格ね。軽蔑するわ」
「うるさい! 俺はジェセニア様の護衛だ!」
護衛の言葉に、ジェセニアがゆっくりと目を閉じた。でもすぐに、弱々しく開かれる。その姿が痛ましくてならない。
私も護衛への嫌悪感で、眉間に皺が寄る。
「図星だったのね。いやだわ、余計にわかりたくない。エルゲラ様がお可哀想」
侮蔑の気持ちを込めながら護衛を見る。直後、護衛が斬りかかってきた。
「ルシオ、やめなさい」
ジェセニアの強い制止の声が護衛にかけられる。けれど、護衛の動きは止まらない。
「いやです! この女はジェセニア様を侮辱しました」
ジェセニアを侮辱しているのは護衛の方だが、指摘したら絶対に攻撃が激しくなる。
時間があるなら全力の護衛と戦うのも一興だろうが、残念なことに許された時間は少ない。
命の危機に瀕している殿下を救うためにも、護衛には少し静かにしていてもらおう。
そのために何をしたらいいか。とりあえず現状を確認する。
護衛は鎧を身に付けているが、ほかの兵士とは別の簡易的なもの。アーメットも被っていないので、意識を奪うのは簡単だろう。
だが意識を奪うとジェセニアの護衛がいなくなる。
ジェセニアは武芸とは無縁だ。
これから慌ただしくなるため、彼女を護る者はいた方がいい。この護衛は、ジェセニアを護る点では間違いないのだから。
状況を判断し、護衛の攻撃を躱す方向で、方針を定める。
可能ならば護衛の得物も奪わない方がいい。でも、過剰な戦意は奪っておきたい。
となると、一度がつんと決定打を浴びせて、強制的に聞く耳を持たせる方法がよいか。
護衛が聞く耳を持つかは不明だが、武人の性質を利用する作戦は有効だと思う。ただし、おそろしく骨が折れるけれど……。
考えただけで気持ちが萎えてくる。
いくら依頼とはいえ、対価がフィンからの確約だけでは、まったくもって割に合わない。
けれど、リディとの幸せな未来を送るためだ。心を決めて、護衛を見据える。




