決行1
【前回までのあらすじ】
公爵令嬢マルティナは無事王太子殿下との婚約を解消。
冒険者ギルドの相棒であるリオン――侯爵令息のエリオットと婚約した。
だがようやく幸せを掴んだと思った矢先、隣国が攻めてきた。
国王陛下の指示のもと隣国の侵攻を阻止するも、今度はマルティナが誘拐されそうになる。
帝国の第三皇子が、マルティナに皇太子の解毒と護衛をさせ、更に皇妃にしようと画策していたのだ。
せっかくエリオットと婚約したのに冗談ではない!
マルティナはエリオットとの幸せな未来を守るため、メイドとして皇城に潜入した。
皇城は、派閥争いの影響で人手が足りない。
おかげで、深部まで潜入することに成功。皇太子が危機的状態だとわかった。
第二皇子派の宰相の口利きで潜入中のマルティナは、宰相に皇太子に会ったと報告する。
すると宰相は、確実に相手に引導を渡すために、翌日に作戦を決行すると言い出した。
マルティナは動揺しつつも襲ってきた刺客を味方につけ、翌日に備えたのだった。
【人物】
マルティナ(冒険者ルディ)→グレンディア国、レーネ公爵家の娘。
現在、ルディの名でガルイア帝国に潜入中。
エリオットにはルティナと呼ばれている。
魔力が豊富だが回復魔法は使えない。破壊専門。
エリオット(冒険者リオン)→グレンディア国、イストゥール侯爵家嫡男。
聖騎士団副団長。
婚約者のマルティナにリディと呼ばれている。
現在兵士として潜入中。
帝国語は聞き取れるが流暢に話せない。
ユリアーナ(元子爵令嬢)→マルティナを陥れようとして国外追放の刑を受けた。
現在はグレンディアの東隣、ネイフォートの諜報員。
マルティナには頭が上がらない。
メイドとして潜入中。
第二皇子の夜伽に呼ばれ、宰相にもらった酒を盛る。
フィン(帝国の第三皇子) →マルティナを誘拐しようとした張本人。
グレンディア王の甥で、聖騎士だった。
本名はバハルド。
実兄の身を案じて暴挙に出ることも。
現在は城下の宿屋で渋々身を隠している。
ノア(第三皇子侍従) →帝国の貴族、エルゲラ侯爵家の三男。
フィンとは乳兄弟。毒舌家。本名はセシリオ。
エベラルド(帝国皇太子) →フィンの実兄。母はグレンディア王女。
現在毒を盛られて臥せっている。危機的状態。
帝国編にて『殿下』とは彼のことを指す。
レオナルド(帝国第二皇子)→我儘の権化。癇癪持ち。好色家。勉強嫌い。
皇太子・フィンとは母親が違う。
ジェセニア(皇太子婚約者)→エルゲラ侯爵家の娘。ノアの妹。
ミレーラ(皇城のメイド) →先輩メイド。マルティナたちの指導役。優しい。
少尉 →閉ざされた部屋で会った暗殺者。
マルティナに説得されて味方になった。
骨折中。痛み止めを打って騙し騙し動いている。
【国】
グレンディア国 →マルティナたちが住んでいる国。
ダンジョンがあり魔術師もいる。
ガルイア帝国 →現在マルティナたちが潜入している国。グレンディアの北隣。
皇太子派と第二皇子派に分かれている。皇帝は第二皇子派。
ネイフォート →グレンディアの東隣。魔術師に深い恨みを持つ王を廃し、
王太子が実権を握った。
国と王太子はグレンディア王の庇護下にある。
早朝。あてがわれた部屋のベッドから起き上がると、カーテンを開ける。
空は綺麗な青。ところどころ雲が浮かんでいるけれど、雨が降るようなものではない。
今日も暑くなるだろうと思いながら、背伸びをしてベッドから出る。
ありふれた朝の光景だが、今日は私たちにとって決戦の日。
気合を入れて身支度を済ませると、朝食を摂りに食堂に行った。
食堂にはすでにユリアーナがいて、端の席をとってくれていた。
食事が載ったトレイを持ち、ユリアーナに挨拶をして隣に座る。
食事を摂り始めて少しして、リディが来た。
「おはよう、リディ。昨夜以来ね」
帝国語で話しかけると、リディは短く「ああ、おはよう」と帝国語で返してきた。
簡単な挨拶程度ならリディも話せる。発音も綺麗だ。
でもそれ以上の会話はどう頑張っても無理。続けるならグレンディア語で話さなくてはならない。
とはいえ、不便さはあまり感じていない。
必要なら防音の結界を張ればいいからだ。
今も使用しており、リディたちも気付いているようなので、結界の件は省いて話をする。
「アナ、昨夜は大丈夫だった?」
私が食堂に来た時からユリアーナは元気いっぱいで、特に落ち込んだ様子は見られない。
だが、気丈に振舞っているだけかもしれないと念のために聞いてみた。まあ、杞憂だった。
「はい! 聞いてください。例のアレ、即効でした。すぐに部屋を出たら護衛に怪しまれるので、適当に時間を潰して、それとなく装ったあとに戻りました」
凄くいい笑顔でユリアーナが言う。彼女からは負の要素が微塵も感じられない。本心なのだろう。
よかった。いくら本人の希望とはいえ、事が起きたらネイフォートの王太子殿下に申し訳が立たないもの。
「あなたが無事ならいいわ。ではこのあとは、途中まで普通に仕事をして、時間になったら各自行動ね」
エルゲラ侯爵とは昨夜のうちに話をしている。
例の少尉が伝令係を担ってくれたため、直接とはいかなかったが、ある程度のすり合わせはできた。
これなら不測の事態が起こってもなんとか乗り越えられそうだ。
かたや少尉は、手負いの状態で何往復もさせられてさぞかし大変だっただろう。だが治療は済んでいたので、黙って行き来してくれた。
最後の方は痛み止めが効いていたようで、へろへろになっていたけれど、それはそれとして。
食事が終わり、リディと別れて仕事場に向かう。
ともに行くのはミレーラとユリアーナ。昨日と同じメンバーだ。
掃除する場所も同じ、三階のプライベートエリアだ。
ただしミレーラだけは別で、更に上の階を清掃すると言う。
その話を聞いて、瞬時に皇城の間取りを思い浮かべる。
皇城は複雑で、三階の東西が部屋によって分断されている。
ミレーラが向かう四階は、二階の東側にある階段からしか行けない。しかも、三階には第二皇子の部屋がある。
一方、私たちが担当する『皇太子殿下の部屋付近』は、二階の西側にある階段を使用する。
東階段を使うミレーラとは二階でお別れだ。
私たちに注意事項を告げて去っていくミレーラの姿を、黙って見送る。
彼女に関して気になることは多々あるが、とりあえずは移動を優先。水の入ったバケツと掃除道具を持って階段を上る。
バケツはすでに風の魔法をかけていて、とても軽い。
負担がない分気が楽で、ユリアーナとちょっとした世間話をしながら三階に行く。
階段を上りきりふと目を向けると、ホールと廊下の境目あたりに見張りの兵士が二人立っていた。
どちらも甲冑を身に付けており、顔がわからない。
けれど、左側の兵士から私の魔力を感じた。かなりしつこ……しっかりと私の魔力を纏っている。間違いなくリディだ。
エルゲラ侯爵が裏から手を回して、三階担当の兵士とリディを交代させたと聞いている。それがこの場所だったのね。
ここなら、廊下の見張りをしている兵士に気付かれにくい。
私たちにとっては都合の良い場所だ。
すぐさま私たちとリディたちを囲う結界を張る。
魔力の流れで、私が結界を張ったと気付いたのだろう。
リディがスッと横を向くなり、隣にいた兵士の鎧の隙間を狙って、隠し持っていた針を思いきり突き刺した。
刺された兵士がくぐもった声を発して、リディの方を向く。
そうかと思えば、兵士の体がぐらりと傾き、物凄い音を立てて倒れた。
静寂が場を支配する。
その静寂を破ったのは、ほかでもない私だ。
「……何を仕込んだの?」
「睡眠薬の一種だ。ごく少量だから命の心配もない」
片手でアーメットの前面部分を上にずらしながらリディが言う。
その姿がやけに様になっていてかっこいい。
自然と想いがあふれてくるが、無理矢理飲み下して会話を続ける。
「そのわりに思いきり突き刺していたみたいだけれど」
「そうでもしないと筋肉に邪魔されて効きが悪くなるからな。仕方ない」
「まるで筋肉の鎧ね」
鎧を纏ったままではわからないが、倒れた兵士は筋肉質らしい。
籠手や肘当などを外して見てみれば、確かにがっちりとした腕だった。
用意していた縄で兵士の手首を後ろ手に縛る。
縛り終えたら隅っこに移動させ、先程張った結界に認識阻害魔法をかける。中にいれば身を隠せる寸法だ。
念のために兵士の声は奪っておいた。
最後に、幻影魔法でリディと兵士の立ち姿を作り出す。
これである程度はごまかせるはず。
「これでよし。では行きましょうか、ユリアーナ。リディは手はず通りに」
前半はユリアーナに、後半はリディに向かって言う。
直後、リディが頷いた。
「大丈夫だとは思うが、油断するなよ」
「もちろん。今回は絶対に間違えられないものね。いっそう気を張らなくては」
「それでお前がダメになったら笑えないぞ。時には周りも頼れ」
「……はい?」
思ってもいなかった返答に目を瞬かせる。
だがすぐににこりと笑って見せた。
「ええ。頼りにしているわ、リディ」
片目だけぱちりと閉じて、言葉と一緒に私の思いも送る。
途端にリディが苦笑いを浮かべた。
「俺だけじゃ意味ないんだけどな。まあ、いいや。さっさとやることをやろう」
「ええ。じゃあリディ、またあとで」
リディに送り出されるようにして別れると、大理石でできた廊下に出る。
廊下は真っ直ぐ北に向かって延びており、途中の丁字路に東を向いて立っている一人の見張り兵がいた。
更に奥を見れば、廊下の突き当りにも見張りの兵士がいる。こちらも一人だ。
状況を把握しながらバケツを床に置き、廊下の窓を開けて掃除を始める。
しばらく拭き掃除をしたあと、バケツに雑巾を入れる。次の瞬間――
「あっ!」
バケツのふちに手が当たり、安定性を失ったバケツが音を立てて倒れた。中の水は言わずもがな。廊下に広がり、大きな水たまりを作る。
「大丈夫?」
「ええ。ありがとう」
ユリアーナが来て、こぼれた水をふき取り始めた。ユリアーナに礼を言いつつ、私もすぐに水を拭きとりに入る。
あらかた水を拭きとると、水を替えるためにバケツを持って立ち上がった。
「ごめんなさい、すぐにお水を替えてくるわ」
ユリアーナに断りを入れて、階段に向かう。
階段では幻影魔法はもちろん、結界も生きており、中でリディが壁に背を預けて休んでいた。
リディの足元には眠ったままの兵士がいる。
起きたら面倒なのでリディには声をかけずに、自分に認識阻害の魔法をかけた。
これで準備万端整った。いよいよ作戦開始だ。
持っていたバケツを結界内の床に置き、再び廊下に戻る。
廊下ではユリアーナがせっせと床を拭いていた。
ユリアーナにぶつからないようにして、丁字路で見張りをしている兵士のもとに行く。
兵士の脇を通り過ぎ、即座に振り返って兵士のところに一旦戻る。
今度は丁字路を曲がって振り返り、あらゆる角度から見張りをしている兵士を見る。少しの違いも出ないように、細かいところまでしっかりと。
三方向からの景色を覚え、記憶が薄れないうちに兵士の周りに防音を兼ねた結界を張る。
結界に幻影魔法を重ねて、先程と同様に兵士の姿を作り上げた。もちろん掃除するユリアーナの姿も忘れない。
きちんと幻影魔法がかかったのを確認し、魔法の風を操ってユリアーナに合図を出す。
気付いたユリアーナが、バケツを持ってリディの方に向かった。
その姿を見ながら右手をぎゅっと握りしめる。
……あなたに恨みはないけれど、ごめんなさいね。
握った手に風を纏い、思いきり兵士のお腹を殴りつける。
金属でできた鎧がべこりと凹み、やや遅れて兵士が物凄い音を立てて壁に激突した。
新作を投稿いたしました!
ちょっとズレた思考の王女と騎士のお話です。
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