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第二皇子

 仕事を終えて、昼間の印象とはだいぶ異なる廊下をユリアーナと歩く。

 向かうは宰相の執務室。終業後に報告に来るよう、宰相に言われていたためだ。


 執務室は少し離れているので、ユリアーナと話をしながら行く。


「そういえばあなた、別行動の時にほかのメイドたちと楽しげに会話をしていたけれど、何を話していたの?」

「ああ、どうということのない話ですよ? ただちょっと気に入られるように、メイドたちの心をくすぐるような受け答えはしましたが」

「それであんなに和気藹々とするもの? 全員が同じ派閥ではないのよ?」


 ああ、そうか。自己紹介のあとに抱いた違和感はこれだ。

 いくら令嬢の意思ではないとはいえ、派閥が違う家の人とあそこまで仲良くできるものなのか。普通はもう少しよそよそしいと思うのだが……。


 軽く首を傾げて考えていると、ユリアーナが私の疑問に答えた。


「共通の敵がいるからですよ」

「共通の敵……ってもしかしなくても?」

「はい、第二皇子のことです」

「あ、待って、今結界を張るから」


 話し終えるが早いか、即座に自分たちの周りに防音の結界を張る。

 あまり大きいと誰かに気付かれる恐れがあるので、二メートル四方の小さな結界にした。高さも同じくらい。


 皇城にはすでに結界が張られており、魔法の使用に制限がかけられている。

 とはいえ、この場所は皇族の私的区域程の強固な結界ではない。使用するのも攻撃性のない魔法だ。

 そのため、皇城の結界に弾かれることなく、自身の結界を張ることができた。


「それで、何故第二皇子を共通の敵としているの? 第二皇子派のメイドたちもいるでしょう?」


 歩みを止めずに話をする。結界は常に私たちを中心に展開しているので外に漏れる心配はない。


「お忘れですか? 第二皇子は女性にだらしないんですよ?」

「あー……」


 ノアが嫌そうな顔で言っていたのを思い出し、眉を顰める。

 私につられるようにして、ユリアーナの眉根もきゅっと寄った。


「『あー』、じゃないですよ。なんでもかんでも魔法で解決できるわけじゃないんですから、もっと危機感を持ってください」

「そうね。いざとなったら拳で解決するわ」

「……そういう問題でもないんですけどね? ああ、もういいです。話を戻しますけど、第二皇子は見境なく目についた女性を部屋に引き入れるんで、メイドたちが『冗談じゃない』って一致団結したらしいです」


 敵の敵は味方……ではなく、やはり敵だった。でもある意味で味方なのかも?


 まあそれはともかく。

 新人であるはずの私たちが、皇族の私的区域担当になったのは、第二皇子の凶行ゆえだったようだ。

 メイド長はメイドたちの思いを酌んで、何も知らない私たちに私的区域の担当を振ったのだろう。


 酷い話だとは思う。

 けれど宰相の許可はもらっていたから、メイド長が罪に問われることはない。考えたものだ。

 それに、メイド長の機転(?)のおかげで皇太子殿下に会えた。

 一概に悪いとも言いきれないのが、またなんとも言えない気分だ。


 複雑な思いを抱きつつ、ユリアーナとの会話を続ける。


「一致団結はいいけれど、特に何かしているの?」

「第二皇子の私室近辺の廊下は二人一組で歩く。夜に第二皇子の部屋の近くを歩かない。相手の派閥がなんであれ、第二皇子に声をかけられて困っている子がいたらすぐに助けてあげる。でしょうか。あとは……」


 ユリアーナが指折り数えて言う。

 ほかにもまだあるようだが、聞くのもうんざりしたのでそこでやめてもらった。


「何度聞いても最低よね。できれば会いたくないわ」

「でも会わないわけにはいかないですよね? 最後は対峙しなくちゃいけないんですから」

「そうなのよね。せめて会うのは昼間にしてもらいたい……ひっ!?」


 目指す執務室の目前で、当の部屋の扉が開いた。

 そうかと思えば、一人の男性が護衛の兵士二人を伴って現れる。


 身なりがいい長身の青年だ。

 肩口まである、きつく波打つ榛色の髪を揺らしてこちらにやってくる。


 正直、不運としか言いようがない。

 言っている側から一番会いたくない人物――第二皇子に会ってしまったのだから。


 でもだからといって、回れ右をして来た道を戻るのはいただけない。

 不審者と間違えられてたちまち捕らえられてしまうだろう。それでは計画が水の泡だ。


 仕方なしに廊下の端に移動して、ユリアーナとともに頭を下げる。もちろん、結界は解除だ。


 ひたすら頭を下げていると、第二皇子たちの足音がどんどん近づいてきた。


 ……どうかそのまま通り過ぎますように。


 必死に祈るが、私の思い空しく足音は私たちの前でぴたりとやんだ。最悪だわ。


「そこの二人。顔を見せろ」


 言われてゆっくりと頭を上げる。

 意図せず第二皇子と目が合った。


 同じ青でもフィンの色とは全然違う、灰青の瞳だ。

 その灰青がじっとこちらを見てくる。


 顔の造形は決して悪くない。

 だというのに、驕り高ぶった性格が滲み出ているようで、見つめられると形容し難い不快感に襲われる。

 ともすれば眉間に皺が寄ってしまいそうになるのを、懸命に堪えた。


「見ない顔だな」

「はい。本日よりこちらに上がりました」

「どちらも悪くないが、今日はお前にするか。おい、これから俺の部屋に来い」


 私を見ながら第二皇子が言う。

 言葉の意味はわかっている。私を夜伽の相手に指名したのだ。まったくもって冗談ではない。


「恐れながら申し上げます。すぐに来るように、と宰相閣下より指示を受けております。時間は相当かかるかと……」


 引き攣りそうになる頬に鞭を打ち、言い分を口にする。

 その途端、第二皇子の顔が醜く歪んだ。


「くそっ! また宰相か!! ならそのあとに来い。命令だ!」


 宰相を盾にして第二皇子が諦めてくれるように仕向けたけれど失敗した。

 更に難易度が上がって焦りが募る。絶対に次の返答で躱さなければ……。


 しかしどうしたものか。

 短い時間であれこれ考えていると、ユリアーナが少しだけ前に出た。


「発言をお許しいただけますか?」

「なんだ? 文句があるのか?」

「いいえ、そのようなことは決してございません。ただ、彼女は道を覚えるのが不得手でございまして、殿下のお部屋に一人で向かうのは難しいかと存じます。ゆえに今宵は私をお選びいただけないでしょうか?」


 ユリアーナが突飛なことを言いだした。驚いて彼女の顔を見る。

 ユリアーナは第二皇子の方をまっすぐに見ており、こちらを見る気配はない。本気だ。


「……ああ、お前があいつの言っていた方向音痴のメイドか」


 ……え? 方向音痴の話を知っている? どうして……?


 意外な言葉に、思わず第二皇子を見る。


 私が道に迷ったと口にしたのは、控室にいたメイドたちとミレーラの前。あとはユリアーナと、謎の部屋の前で会った、名も知らない男性にだけだ。

 それなのに、第二皇子は何故か私が道に迷ったことを知っている。

 誰かが第二皇子に告げたとしか考えられない。


 告げ口の候補として最も有力なのは、あの男性。

 男性は「宰相に訊いてみる」と言っていた。きっとかなりの立場の者なのだろう。なんとも面倒な相手に見られたものだ。


「……まあ、いいだろう。お前が代わりに来い」

「かしこまりました」


 ユリアーナが返事をするや否や、第二皇子たちが去っていく。

 一応難から逃れられたけれど、それは私だけで、ユリアーナに火の粉が降りかかる結果となった。


 とはいえ、ユリアーナの行動の意味は昼間に聞いている。

 彼女がわざと私の身代わりになったことも、もちろんわかっている。

 でも、それとこれとは別の話だ。抗議しないわけではない。


「アナ、あなたなんてことをしたの。自分がしたことをわかっている?」

「だって、ルディ様のお心をお守りしないと世界が滅ぶんですよ? 私、まだ死にたくないです」


 ユリアーナがぶるりと体を震わせながら言う。さながら魔王の扱いだ。失敬な。

 私には世界を滅ぼすだけの力などないし、魔王ならお兄様がいる。そんな存在は二人もいらない。


 第一、ユリアーナの話は極端だ。早々に訂正しておくべきだろう。


「大袈裟だわ。世界じゃなくて数か国よ」

「それだって十分とんでもないんですけどっ!?」


 声を上げて突っ込んでくるユリアーナ。

 すでに結界を張り直しているので問題はないが、耳がおかしくなるので大声で話さないでもらいたい。


「まあ、落ち着いて、ユリアーナ。もう魔力暴走を起こすつもりはないわ。だから安心して、ね?」


 ユリアーナを安心させるために優しく語りかける。

 しかし返ってきたのは、胡乱げな視線だった。


「本当ですか?」


 なんて疑り深い。私はそんなに信用ならないだろうか?

 もやもやとした思いを抱きつつ、肯定しようと口を開く。だが、すぐに思い直した。


「……随分と時間がかかってしまったわね。宰相が首を長くして待っているはずよ。さ、行きましょう」


 あえて明言はせずに、わざと話を挿げ替える。ちょっとした()()()だ。


 ユリアーナにとっては答えが返ってこない状況。

 言わずもがな「え? ちょっと肯定してよ。不安すぎるんだけど……」と突っ込みを入れてきた。

 そんな彼女の言葉を綺麗に流して、宰相室へと歩を進めた。




 *

 目の前だったこともあり、宰相の執務室にはすぐに着いた。

 執務室の扉を軽くノックし、名を名乗る。

 すると、間を空けずに部屋の扉が開いた。


 反応の早さに驚いて、扉を開けた人物を見る。

 そこには、アーメットを小脇に抱えた、鎧姿のリディがいた。


「リ、オンさん。もう来ていたのね。先程まで第二皇子殿下がいらしていたようだけれど、無口なあなたには少々難儀だったのではないかしら?」


 危うくリディと呼びそうになるのを堪え、話を振りながら部屋に入る。

 リディはゆるゆると首を振って、動作だけで私の問いに答えた。どうやら口を開く気はなさそうだ。


 更に詳しい説明を求めて、執務机に向かう宰相に視線を送る。

 宰相は一つ頷いて、リディの返事を肯定した。


「殿下がいらしている間、彼は護衛役に徹していましたよ。何も問題はありませんでした。あなたたちこそ、廊下で殿下に会ったのではないですか? 誘われたりしませんでしたか?」

「はい。私に来たお誘いでしたが、アナが身代わりを申し出てくれまして……」

「……はぁ。控えるようにと何度申し上げても同じことをなさる。仕方がありません。ここを出る時に効き目の強いお酒を渡しますので、殿下とお飲みなさい。うまく切り抜けられるでしょう」

「!?」


 宰相がとんでもない発言をしてきた。

 ぎょっとして、穴が空く程宰相を見る。

 宰相は他人事と言わんばかりに涼しい顔をしていた。


 もう嫌だ、この宰相……。

 お願いだから、私たちを犯罪に巻き込まないでほしい。


 内心げんなりとしていると、宰相が私を見てにこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。出てきませんから」


 何が!?

 思わず突っ込みたくなったけれど、雇われたばかりの身でそんなことを言えるはずもない。喉のあたりまでせり上がった言葉をぐっと呑みこんだ。


「そ、それよりもご報告の方をさせてください」

「ああ、そうでしたね。入ってまだ一日ですが、気付いた点はありましたか?」

「……」


 宰相に視線を向けられ、私の右隣にいたリディが頭を振った。特段何もないようだ。


「そうですか。ならあなたたちはどうですか?」


 宰相が今度は私とユリアーナに顔を向けた。

 ちらっとユリアーナと視線を合わせると、彼女は何か言いたそうな目でこちらを見てきた。そのため、発言権を彼女に譲る。


 ユリアーナは、先程私にしてくれたメイドたちの話を、宰相に告げた。

 ユリアーナの話に、宰相が小さく頷く。


「……なるほど。よく気付きましたね。その話はメイド長からも上がっていて、殿下にも苦言を呈しましたが、まあ無駄でしょうね……」


 宰相が何もない宙に視線をやって、はあ、と一つため息を落とす。

 それから、ゆっくりと私に視線を寄越した。


「あなたからはありますか?」


 問われて、首を縦に振る。


「本日、皇太子殿下のご婚約者、エルゲラ侯爵令嬢にご挨拶いたしました」

「エルゲラ嬢はエベラルド殿下の側にいらっしゃるのでは? エベラルド殿下のお部屋に入ったのですか?」

「はい。侯爵令嬢に寝室の入り口までの許可をいただきましたので」


 口にしておきながらなんだけれど、普通ならありえない話だと思う。

 なにせ、一介のメイドが城に上がったその日に、皇族の私的区域の担当になっているのだから。


 それだけならいざ知らず、皇太子殿下のお部屋に伺うなんて……。

『夢でした』と言われる方が納得できる。


 だからだろうか。常に飄々とした宰相の顔が驚きに満ちたものになっても、微塵も驚かなかった。


「そうですか……。寝室の入り口ということは、エベラルド殿下のお姿を目にしたのですか?」

「ベッドに横になられている状態ですが、少しだけ」

「では、エベラルド殿下のご容態を報告してください」


 丁寧な口調で言われているけれど、実質命令だ。

 どう話そうかとも思ったが、遅かれ早かれいずれは知られる話。素直に報告することにした。


「極めて危険な状態かと存じます。今は魔法で命を繋いでいるようですが、早々にお目覚めにならなければ、衰弱死は免れないかと。早くて一週間、持って二週間程でしょう」


 ちらっと見えた皇太子殿下の頬は、ありえないくらいにこけており、かなり深刻な状態だった。

 一刻も早くお助けしたいと思う一方で、ここで失敗したらすべてが終わる、と冷静に判断する自分がいる。

 そのおかげか、なるべく客観的かつ感情をこめずに告げることができた。


「一週間、ですか……思ったよりも早いですね」


 私の報告のあとに宰相がゆっくりと目を閉じて、何かを考える仕草をする。

 そのまま静かに時間だけが過ぎていき、やがて宰相が目を開けた。


「……そうですね。万が一ということもあります。早々に引導を渡すとしましょう」

「そ、れは……」


 声が裏返る。

 何を言うのかと宰相を見るが、彼の目からはいっさいの感情が読み取れなかった。

 とはいえ、宰相が嘘を吐く理由はどこにもない。本気で言っているのだろう。


「決行は明日。早急ですがあなた方にも手伝っていただきます。陛下方には私から話をしましょう。場所は皇太子殿下のお部屋で」

「……」


 望んでいた好機ではあるものの、少しだけ恐ろしくも思う。

 相手にしているのが皇族だからか、それともまだ準備が整っていないからか。


 どちらにしても、行動を起こすのなら覚悟を決めるしかない。

 そのためにこの国に来たのだから。

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