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作戦会議2

「副団長、ルディ君。これを持って私の実家に行ってください」

「あの、ノアさんの実家って……」


ノアは帝国国民だ。当然、実家も存在するだろう。

それはわかるが、ノアの実家はそこまで影響力があるのだろうか?


「ああ、すみません。言うのを忘れていましたね。エルゲラ侯爵家です」

「侯爵家!?」

「ノア、お前、ちょっと本名を言ってみろ」


何も言えずにノアを見つめ続ける私に代わり、隣に座るリディがノアに尋ねた。


「あれ? 名前も言ってませんでしたっけ? セシリオ・ノエ・エルゲラです。侯爵家の三男です。セシリオからだと言えば両親に通じますので」


第三皇子(フィン)の侍従だ。高位とまではいかなくても、名のある貴族の令息だとは思っていた。だがまさか、侯爵令息だったとは……。


少し前までは、二人のことを貴族とすら思っていなかった。何せ、聖騎士団にいる時は微塵も貴族らしさが感じられなかったから。でもあれは、演技だったわけか。


「わぁ~。何、この場違い感。高位のお貴族様ばかりじゃないの。帰っていい?」


場にそぐわぬのんきな口調はユリアーナ。

口調とは裏腹に、彼女は椅子に座ったまま頬を引き攣らせている。


「だめに決まってるでしょ。ユリアーナも一緒に皇城に行くんだからね? これは決定事項だよ、()()?」

「うわぁ……鬼畜ぅ~。こんな時だけ親しそうに名前を呼ばないでほしいわぁ」


明後日の方向に視線を飛ばしながら、ユリアーナがぼやく。

おそらく『主の命令でも来るんじゃなかった』とでも思っているのだろう。ユリアーナの心境は想像に難くない。


「おい、ルディ、剣を持ってこっちに来てくれ」


不意に呼ばれてフィンを見る。

フィンは私に向かってちょいちょいと手招きしていた。


「どうしたんですか、フィンさん?」

「いいから、それ持ってこっちに」

「?」


首を傾げつつも、ベッド脇に置いていた剣を腰に帯び、フィンの側に寄る。

フィンは座ったままノアからペンと紙を受け取り、紙を自身の前にあるテーブルに置いた。


「いいか、お前にしか伝えないぞ。見て覚えたら即行燃やせ。いいな? セシリオ、二人を見張れ」

「はっ!」


ノアは窓際には戻らず、テーブルに背を向けて立った。


フィンは周囲を見回し、最後に私を一瞥(いちべつ)すると、紙に何かを書き始めた。

文字ではない。何かの絵だ。地図、と言った方が正しいか。


やがて、フィンはペンを置き、書いた紙をこちらに差し出してきた。


「受け取れ。お前だけが見ろ」

「これって……フィンさん!」


受け取った紙に書かれてあったのは、やはり地図だった。

だが、ただの地図ではない。皇城の内部と、おそらく皇族しか知らない秘密の通路が描かれている。


そのようなものを他国の者に見せて本当にいいのかと、困惑しながらフィンを見る。

目が合ったフィンは首を短く縦に振った。


「言うなよ。しっかり頭に叩き込め」


フィンの言葉に、恐々と頷く。

心なしか「うん」と発した声にも震えが混ざっていた。


「あとは味方に気を付けろ。全員を疑ってかかれ」

「え?」


畏れも忘れてフィンの顔を見る。

何故彼はそのようなことを言うのだろう。

不思議に思い、尋ねようとしたけれど、私よりも早くフィンが口を開いた。


「兄上は周りの人間に特に気を配り、味方で固めていた。だが、毒に倒れた。それがどういうことか、お前ならわかるだろ?」

「誰かが裏切ったんだね。もしくは、最初から相手側だったか」

「兄上はしっかりと身辺調査を行なっていたから、たぶん裏切ったんだろうな。買収されたか、脅されたか……何れにせよ、許されない行為だ」


理由がなんであれ皇太子殿下に毒を盛ったのだ。実行した者のみならず、一族に重たい罰が科せられるだろう。

情報がないので、誰が毒を盛ったのかは不明だ。けれど、犯人についておおよその見当はつく。


「毒を盛ったのは専属の立場にいる者かな」


毒見役は、事が起これば真っ先に疑われる。

逃げきるのは難しいため、破滅願望でもない限り彼らの犯行はまずないとみていい。


そうなると犯人は、皇太子殿下のすぐ側にいる者、となる。


「おそらくな。兄上は金に困っている者がいないか目を光らせていたし、弱みを握られたら報告しろ、と再三言っていた。そいつはそれを破ったんだよ。最悪の形でな」

「主に毒を盛るなんて情状酌量の余地もありませんよね。そのあたりを含めて情報を収集したかったのですが、統制されていてお手上げです。エベラルド殿下の容態については言わずもがなですね」


突如会話に割り込んできたノアに目を向ける。

ノアはこちらに振り返りもせず、天に向けた両手のひらを肩まで上げていた。お手上げのポーズだ。


そのままノアが無言になったので、フィンに視線を戻し、一連の流れで気になったことを訊いてみる。


「ちょっといいですか?」

「どうした、ルディ?」

「皇太子殿下が毒に倒れたのは一か月くらい前ですよね? もう解毒されているのでは?」


皇太子殿下の容態はわからないけれど、倒れてから一か月近くが経っている。

毒におかされたままの皇太子殿下を、周囲が一か月も放置するとは考えにくい。解毒されたとみるのが妥当だろう。


「そうは思うが、念のためにな。お前が兄上の側にいてくれたら、何からも守ってくれそうで安心だし」

「ルティナは物じゃないぞ?」


私たちの様子を黙ってみていたリディが口を出してきた。

少し強めの口調から、リディがフィンに釘をさしているのだとわかる。


「わかってる。もうルディの嫌がることはしない。それでいいだろ、副団長」

「俺じゃなく、ルティナに言え」


リディに言われてフィンがじっと私を見つめてくる。

その様子に思わず苦笑した。


「皇太子殿下の護衛は吝かではありませんよ。それより、どうしてフィンさんは、僕が解毒魔法を使えると知っていたんですか? 回復魔法が使えないと知っていたでしょうに」

「家名は忘れたが、以前ある伯爵家で王太子の婚約者を狙った毒殺未遂事件があっただろう? 相手は婚約者を狙ったが、思わくが外れて毒見役が倒れた事件だ」

「ああ、ありましたね。それで……」


フィンに言われて記憶の底から該当する事件を引っ張り出す。

派閥が違う家のお茶会で、私の毒見役が倒れた事件だ。

私がすぐに解毒魔法をかけたので、最悪の事態にならずに済んでいる。


あの事件は即座に箝口令が敷かれたが、人の口に戸は立てられない。回りまわってフィンの耳に入ったのだろう。


「そういうことだ。それとルディ。スヴェンデラにいた時、お前プラチナブロンドだっただろう? それでピンときた」


偽る必要がなかったから、私は本来の姿で出征していた。

グレンディアでプラチナブロンドを持つ者は、レーネ公爵と彼の子――私とお兄様のみ。

つまり私は、自ら『レーネの者』と名乗っていたわけだ。


「なるほど、納得しました。あ、とりあえずこちらは覚えましたので、燃やしますね」


手のひらの上に小さな火を生み出し、備え付けの灰皿の中で紙を燃やす。

紙はみるみるうちに燃えていき、最後に灰となってぼろぼろと崩れていった。


「これでよし、と」

「おい、ルディ」

「なんですか、フィンさ……」

「ルティナ!!」


返事の途中で、突如フィンから殺気を感じた。

慌てて体を横に逸らすと、直後に何かが顔の脇を通っていった。


それが何か、と確認するよりも先に急いで場を飛び退く。

同時に、腰に佩いた剣を鞘から引き抜き、防御魔法を展開した。その間、わずか数秒。

あまりの驚きに呼吸が浅くなり、心臓が激しく波を打つ。


「ルティナ!」


リディがノアを押し退けて慌てた様子でこちらにやってきた。

そのままリディは私の頬に両手を添えて、ぐいっと自分の方に引き寄せる。力強さはあるけれど、どこか気遣いを感じる優しい手つきだ。


不意に引っ張られた私は、ステップを踏むように軽やかな動きで前に出た。

顔を上げれば、極めて近くなったリディと目が合う。


リディは不安げな顔で私を見つめていたが、やがて静かに息を吐いた。

それからリディは流れるような動きで鞘から剣を引き抜き、切っ先をフィンに向けた。


「……どういうことか説明してもらおうか、フィン?」


リディの声色は低く、怒っているのがはっきりとわかる。


「そう怒らないでくれよ、副団長。ただ試しただけなんだって」


フィンが両手をリディの方に向けて、降参の姿勢をとる。

緊張しているのか、よく見ればぎこちない笑みだ。


「リオン、僕は大丈夫だから落ち着いて? まずは座ろう?」


緊迫した空気の中、少し強引にリディの手を引き、元いたベッドに座らせる。

リディはおとなしく従ってくれた。


一触即発の危機がなくなり、多少心に余裕ができた。


ほっと息を吐いて、改めて辺りを確認する。

私がいた辺りの後方の壁に、小型のナイフが刺さっていた。


ナイフを壁から引き抜き、フィンに渡しながらじっと彼の顔を見つめる。

フィンは決まり悪そうな顔をして、さりげなく私から目を逸らした。


「悪かったな。お前の咄嗟の出方を窺ったんだよ」

「どうしてですか?」

「皇城には結界が張られていて、攻撃魔法が使えない。使える魔法もあるにはあるが、咄嗟の時に使えなければ一巻の終わりだろ? だから万一の状況下で、お前が武術と魔法のどちらを先に使うか、試してみたんだ」

「……僕はどうでしたか?」


私が問えば、フィンがにかっと笑った。


「合格だ。武術が先で、やや遅れて魔法の展開だった。これなら大丈夫だろう。いいか、ルディ。魔法に頼りきるなよ?」

「はい。魔法と武術、どちらが欠けても僕じゃありませんからね。頼りきりになることは、これからもないと思います」

「ならいいが……副団長もすまなかった。一応女の子だし、配慮はしたんだがな」

「もっとしろ。心臓が止まりそうだったわ」


本当だ。もっと配慮してほしかった。

今もそう。フィンは配慮が足りない。だって――


「……ねえ、ちょっとフィンさん、『一応』ってなんですか? 僕はどこからどう見ても女の子でしょう?」


『一応女の子』などと失礼にも程がある。ましてやフィンは、私の元の姿を見ている。『一応』なんてつける必要はどこにもない。


あえてむすっとした顔で、フィンを見る。

途端にフィンの顔が青くなった。


「やばっ!? 宿が倒壊する! 副団長!!」


フィンがまたもや失言を口にする。

ほんの一瞬だけ、本気でむっとした。

後ろからはリディの小さなため息が聞こえる。私にではなく、フィンに向けたものらしい。


「知らんぞ。お前が責任取れ」

「んな殺生な……セシリオ!」


リディと話しをしていたフィンが、窓際に戻ったノアに勢いよく顔を向ける。

ノアは静かに首を横に振った。


「無理ですね。私ごときが怒ったルディ君を止められるとでも? まともに戦えるのは副団長だけです。失礼な発言をした殿下が悪いので、諦めてください」

「嘘だろ……」


絶望を絵に描いたような、悲愴な表情を浮かべるフィン。

だがよくよく私を観察すれば、微塵も動いていないとわかるはず。

そうしたら自ずと見えてくるものがあるだろうに、彼はいつになったら気付くだろうか?


失礼だとわかってほしくて態度で示してみたけれど、怒り続けるのは意外と疲れる。


男性三人がわいわいと騒ぐ中、そろそろ収束させようと、パン、と一つ手を鳴らす。

皆が一斉にこちらを向いた。


「三人とも静かにしてくださいね? 宿泊しているほかの方にご迷惑でしょう?」


手を合わせたまま満面ににこやかな笑みを浮かべ、周りを見る。

直後、リディが真っ青な顔でベッドの陰に隠れた。『脱兎の勢い』とはよく言ったもので、リディの動きはまさにそれだ。

一方のフィンとノアは、壊れたおもちゃのように何度も首を縦に振っていた。


場は鎮まったが、これはこれでなかなか失礼だ。

私は改めて三人を見回すと、思いきり眉間に皺を寄せたのだった。

壁にナイフの跡がついてしまったので、宿屋の主人に平謝りしたフィンとノアでした。

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