エルゲラ侯爵
翌朝、そう早くもない時間にリディとユリアーナの三人で宿屋を出た。
澄み渡る空の下、ノアに教えられた道を歩き、エルゲラ侯爵邸を目指す。
フィンとノアは今日も留守番だ。
私たちが連絡するまで宿屋に隠れてもらっている。
これから暫くは宿屋に戻れないので、二人には認識阻害と防御の魔法をかけておいた。
絶対に安全とは言い難く不安は残るものの、フィンたちもいい大人だ。何かあっても自分たちでなんとかするだろう。
私たちは彼らを信じてなすべきことをする。
といっても、今は歩くだけだけれども。
皇都の中央にある広場を通り過ぎ、皇城の方角に歩を進める。
乗合馬車に乗ってもよかったけれど、三人で馬車に乗るのはいささか目立つ。
いまだお祭りが続く中、行き交う人に溶け込みながら徒歩で侯爵邸に向かった。
「ここか。大きな邸だね」
集合住宅が並んでいた景色が、一戸建ての邸宅に変わって暫く経った頃。とある邸の門の前で歩みを止めた。
今まで見てきたどの邸宅よりもはるかに広い庭。その中央奥に、三階建ての邸が建っていた。
通りに面する門も大きく頑丈で、一人で開けるのは難しそうだ。
「ノア本人は『レーネ公爵邸には劣ります』とか言って、肩をすくめそうだがな」
苦笑いを浮かべたリディが小さな声で言う。
「それはそれ。エルゲラ侯爵邸が大きいのは事実だよ。さ、取り次いでもらおう」
リディを促し、門の端に立つ男性の側に行く。格好からして門兵だろう。
「何か御用ですか?」
門兵は私たちの動向を窺っていたようで、私たちが近づくなり声をかけてきた。
門兵の口調に険はなく、職務を淡々とこなしているのが窺える。
「こちらの手紙を侯爵閣下に届けていただきたいのです。それから、『我々はここでお待ちしております』と伝えてください」
ノアから預かった手紙を取り出し、門兵に渡す。
手紙を受け取った門兵は、門の反対側に立つ仲間を残して邸へと駆けていった。
それから待つこと十五分。
先程の門兵が、黒のテールコートを着た年かさの男性を連れてきた。
テールコートの男性は私たちの方を向くと、礼儀正しくお辞儀をする。
「旦那様がお話をしたいそうです。どうぞ中にお入りください」
男性は侯爵家の家令だそうで、彼に案内され、玄関ホール脇の応接室に通された。
冒険者には不釣り合いの気品漂う部屋だ。部屋の中央に、大きなテーブルセットが設えられている。
「そちらにお座りになってお待ちください」
テーブルの長い辺に数人掛けのソファが一台ずつ置かれてあり、そのうちの片側を家令に勧められた。
左からリディ、私、ユリアーナの順で座る。
ソファは品が良いもので、座り心地は上々だ。歩いてきた疲れが癒される。
ただし、一人を除いてだが。
「ちょっと、豪華すぎて落ち着かないんだけど……」
隣を見れば、ユリアーナがソファに浅く座っていた。物凄くいい姿勢だ。
「そんなに緊張しなくても大丈……」
ユリアーナの緊張を解そうと声をかける。
だが途中で扉をノックする音に阻まれた。
反射的に扉を見る。直後、壮齢の男性が部屋の中に入ってきた。
続けて、男性よりも十歳程若い女性が中に入ってくる。赤錆色の髪が目を引く、綺麗な女性だ。
二人は先程の家令を伴い、こちらにやってきた。
慌てて立ち上がると、「座ったままで」と男性に気遣われた。よって遠慮なく座り直す。
家令以外の全員が席に着くと、男性が口を開いた。
「私がエルゲラ侯爵家の当主、フロレンシオ・エルゲラです。隣は妻です。あなた方がこちらの手紙を持ってきたと聞いて、二、三尋ねたいことがありましてね」
侯爵がノアの手紙をテーブルに置き、こちらを見る。
すぐにでも話を聞きたそうな侯爵に対し、「まずは」と前置きをしてから名を名乗った。
「ご挨拶いただきありがとうございます。僕は冒険者のルディと申します。こちらが同じく冒険者のリオン、そしてアナです」
名を告げながら、軽く頭を下げて挨拶をする。
私が二人の名を口にすると、二人が頭を下げた。
侯爵夫妻は、私たちの挨拶にわずかに頷いて応える。
それからすぐに侯爵が話し始めた。
「ルディ、と言ったね。この手紙を何故君たちが持っているのか、説明してもらいたい」
「本人に侯爵を頼るよう言われたからです。『セシリオからだと言えば両親に通じる』とも言っていました」
「彼の特徴を言えるかね?」
侯爵が目を細め、疑り深く探ってくる。
ノアが一緒にいるのはフィン――この国の第三皇子だ。侯爵が慎重になるのも仕方がないだろう。
「やや癖のある赤錆色の長い髪を、一つに束ねていますね。瞳の色は瑞々しい橙の色。夫人によく似た顔立ちで、目は大きい方でしょう」
ノアの特徴を告げても、侯爵夫人は澄ましたままだ。表情一つ崩さない。
侯爵も同じで、黙ってこちらを見ている。まだ不十分のようだ。
更にノアの体形について語る。
だが、夫妻の反応は乏しいまま。挙げられる部分も尽きてきた。
ほかにないかと思考を巡らせていると、不意にある特徴が頭を過った。
それを言ってもよいものか少し迷う。
だが物のついでだ。話の最後に「彼はおそろしく毒舌ですよね」と言ってみた。
途端に部屋の中が静かになった。
「ル、ルディ君、それはご両親の前で言っちゃダメよ!」
しん、としたのも束の間。ユリアーナが慌てた様子で私を窘めてきた。
窘められるのはわかっていた。けれど、ほかに挙げられる特徴がなかったのだ。
そう弁明しようとした矢先、夫人が声を上げた。
「セシリオ! ああ、わたくしの子供たちは生きているのね!!」
夫人がハンカチを取り出し、目元を押さえだす。
手紙の主が息子本人だと確信したようだ。でも。
……ええ、毒舌が決め手なの?
あれ程私がノアの特徴を口にしたのに、よりにもよってそこ? そこで判断するの? 全く解せない。
侯爵を見れば「間違いなく私の息子だ」と頷いている。ちょっとついていけない。
頬が引き攣りそうになりながら、リディたちと顔を見合わせる。
私同様に二人もどん引いているのがわかった。
*
「失礼いたしました。生存が絶望的だった息子が生きていたと知って、つい……」
少しして、落ち着きを取り戻した侯爵が謝罪をしてきた。
「心配なさっていたのですから喜ぶのは当然ですよ」
「ありがとう。それで、その……息子と一緒に誰かいませんでしたか?」
侯爵が躊躇いがちに訊いてくる。おそらくフィンの安否を確認したいのだろう。
一方で、情報を秘匿したい気持ちもあるようだ。
私たちがすべてを知っているとも限らないから当然か。
夫人は薄々感づいているみたいだったけれども、この話の前に既に部屋を辞している。
「ご安心ください。お二方ともご無事です。今は、我々の連絡があるまで隠れていただいております」
「あなた方は知っているのですね。どこまで知っているのですか?」
侯爵が意を決した様子で尋ねてくる。
それに正直に答えたいけれど、話は国を跨ぐ。
話すべきか否か。
リディに顔を向けて判断を仰げば、彼が私の目を見て頷いた。
了承を得て、再び侯爵を見る。
「僕たちは殿下の依頼を受けて動いています。ですが、元はグレンディア王の命です」
「グレンディア王、というとあの方の伯父にあたる方ですな」
「はい。実は……」
川に落ちたあとのフィンたちの話と、グレンディアで起こったことなどをすべて侯爵に話す。
私が語り終えると、侯爵は深く息を吐いた。
「話してくださり感謝します。改めて、あの方と息子を助けていただきありがとうございました」
「僕たちはたいしたことはしていません。お礼は不要です」
「ならば代わりといってはなんですが、あなた方の願いを叶えましょう。皇城に上がりたいからここに来たのでしょう?」
「はい、願いをお聞き入れいただきありがとうございます」
座ったまま頭を下げる。ほぼ同時に、リディとユリアーナも頭を下げた。
「頭を上げてください。協力はしますが私は陛下から睨まれており、あまり動けません。娘を皇太子殿下の側に置くので精一杯でした」
申し訳なさそうに、侯爵が眉尻を下げる。
ノアがフィンに付き従っていることからもわかるように、エルゲラ侯爵家は第一皇子派だ。
第二皇子を可愛がっている皇帝からすれば、煩わしい存在とも言える。
権力から遠ざけるのは当然だし、常に見張っていてもおかしくない。
「つまり、侯爵のお力だけで城に上がるのは難しい、と?」
「ええ。やはり登城するには、第二皇子派筆頭である宰相を通した方がよいと思います」
「宰相にはどうしたら……」
侯爵が宰相に『人を雇ってほしい』と頼んだとしても、軽くあしらわれるのが落ちだ。
何か良い策はないものだろうか。
「中立派の貴族を頼れば話を通してもらえるかと。宰相と懇意にしている子爵がおりますので、その者に連絡をとりましょう。ドナト」
「はい。只今お持ちいたします」
今まで侯爵の後ろに控えていた家令が、一礼して部屋を出ていく。
家令の動きを目で追っていると、「さて」と侯爵が話を切りだした。
「彼が戻ってくるまでに少し話を進めましょう。登城するにあたり、どの職を希望しますか? ああ、グレンディア語で大丈夫ですよ」
侯爵はグレンディア語が話せるようで、私たちに自国語で話をしていいと言ってきた。
侯爵の言葉もあり、リディがグレンディア語で話をする。
「私には武技しか取り柄がありません。兵士で上がりたいと思います。帝国語を聞くことはできても話せませんので、寡黙で通すつもりです」
「話せないのならそれがいいでしょうな。兵士となると、軍部のトップに直接話をした方がよいのでしょうが、そこは宰相がなんとかするでしょう。今は第二皇子のやらかしの所為で人手不足ですからな。で?」
「私はメイドにします」
侯爵の話のあと、ユリアーナが軽く手を上げて発言する。彼女の言語は帝国語だ。
続けて私も帝国語で希望を口にする。
「僕は、リオンと同じく兵士にしようと思っています」
私が言った途端、両脇にいる二人から強い視線を感じた。
そうかと思えば、侯爵も含めて皆思い思いに口を開く。
「無理だな」
「そうね」
「残念ですが、少し厳しいかと……」
三者三様だし、リディだけはグレンディア語だ。だが、言っていることは皆同じ。一様に無理だと言う。
何故みんな、私の希望を却下するのだろう。帝国の兵は鎧を身に付けているから、私も鎧を纏えば問題ないはずなのに……。
みんなの反応に、きゅっと眉間に皺が寄る。
「どうして無理だって言うの?」
「考えてもみろ。その姿は成人前の少年だ。横幅はごまかせても身長はごまかせない。怪しまれて終わりだ」
「そんな……。なら僕はどの格好で潜入すればいいの?」
リディに尋ねると、彼がにかっと笑った。
あ、嫌な予感。以前にもこんなことがあった気がする。
「メイドだ。女装してくれ」
「またっ!?」
リディの返答に、間髪を容れず突っ込みを入れる。
思わず顔がくしゃっと歪んだけれど、仕方がない。不本意なのだもの。
リディは私の言葉を流して話を続ける。
「まあ、正確には女装じゃないな。本来の姿に戻るだけだからな。だが髪色は戻すなよ? 正体がばれてしまうかもしれない」
「……」
返事がのどにつかえて出てこない。自然と俯く。
「そんな顔をするな。仕方ないだろ? 諦めろ」
「……」
「琥珀色の髪は帝国ではよくある色だそうだ。まあ、ちょっと美人すぎて逆に心配だが、俺か彼女が側にいる予定だから大丈夫だろう。いいか、知らない男に軽々しく笑いかけるなよ? お前は本当に美人なんだからな?」
「うぅ、リオンが持ち上げたり落としたりするから、喜んでいいのか怒ればいいのかわからない。でも結局最後は頷いちゃう……」
ぼやきながら渋々承諾すると、リディが私の頬にそっと触れてきた。
「……リオン?」
「本当はここで抱擁の一つでもしたいところだが、お前はその格好だし、周りの目もあるからな。これで我慢しよう」
「ちょっとあなたたち、いちゃつくならよそでやって! ここには侯爵閣下もいるのよ!」
「あ、お構いなく。若いとはいいものですな」
はっはっは、と胡散臭い笑いを上げる侯爵。その姿に何故かノアの顔がちらついた。
そうしてわいわいと騒いでいるうちに、家令が箱のようなものを持って戻ってきた。
家令はそのまま侯爵の前に箱を置く。
箱の中は、便箋や封蝋印など、手紙を書くのに必要な道具一式だった。
侯爵はそれらを取り出し、さらさらと筆を走らせる。
ちらっと見えた手紙には、暗号になっているのか、意味不明な言葉が並んでいた。
「ドナト。これを秘密裏にナダル子爵に届けてくれ」
侯爵が書き終えた手紙に封をして、家令に渡す。
家令は侯爵から手紙を受け取ると、軽く頭を下げて再び部屋をあとにした。
「皆さんにはお部屋をご用意いたします。手紙の返事がくるまでそこでお寛ぎください」
断る理由がないので侯爵の申し出に素直に頷く。
子爵の返事が届いたのは、それからだいぶ経った夜も遅い時間だった。
本日、活動報告にてちょっとしたお話をあげました。
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