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全日福岡支部予選準決勝②

 トレセン制度とは、日本サッカーの強化・発展のため、将来有望な若年層の選手の「個」を高めるために良質な指導と高い水準での競争環境を提供し、将来の日本代表候補を発掘する制度である。


 育成年代において、チームの選手間における実力の優劣は非常に大きい。レベルの高い選手が楽に練習し、プレイすることで向上心を失い、折角の才能を腐らせてしまうような環境になっていることも多々ある。


 そのようなことを防ぐべく、レベルの高い選手を集め、良質な環境と指導の中、レベルの高い者同士が互いに刺激となる状況をつくることがトレセンの目的である。


 普段は『向かうところ敵なしの選手』であっても、トレセンに集まるのは選りすぐりの選手たち。日頃の練習では認識できない己の短所を感じ、高いレベルであっても通じた長所には更なる自信がついて磨きがかかる。個々人が大きな刺激と貴重な体験を得る機会となっている。


 また、選手個人の育成が第一の目的であるものの、トレセンで得た経験を所属チームに還元することで、所属チームの選手たちの成長につながるという効果もあった。


 運営方法は地域によって異なるが、選手の選抜は選考会や監督推薦、大会観戦によるスカウト等である。

 福岡では地区トレセン(市区町村)、支部トレセン(福岡・北九州・筑前・筑後・筑豊)、福岡県トレセンというピラミッド型の構造になっており、県トレメンバーは即ち県でも有数の実力者である。


 SC美濃島の9番――赤城琢也はその誇りを持ってプレイしてきたし、実際彼を止める相手は支部レベルでは希少であった。

 現状に満足するのではなく、県トレから更に上の九州トレセン、ナショナルトレセンを目指して練習に励んできた。


 そんな彼だからこそ、本番は県大会から、そんな気持ちがどこかにあったのかもしれない。


(油断していたのは認めるよ……けど、この俺がここまで抑えられるなんて)


 異変が起きていた。





 SC美濃島は今大会の優勝候補であり、美濃島優位というのが大方の予想であった。


 赤城ばかりが話題に挙がるチームではあるが、他のメンバーも赤城に引っ張られて成長してきた粒揃いの好チーム。

 市内の中堅どころという評判を覆して勝ち進んできた鷹取であったが、その快進撃もここまで。


 そうした安易な予想は見事に裏切られる。


 鷹取は、ただ猫に狩られる鼠ではなかった。


 この試合、鷹取は奇策に打って出ていた。

 ピッチ横で応援していた伊織たちは、初めて観戦する川上を除いた全員が、鷹取の布陣を見て驚く。


 これまで中盤の司令塔としてCHセンターハーフを務めていた竜司が、最後方のCBセンターバックにポジションをとっていたのである。


「え、竜司がCB!? しかも9番マークするの?」

「マジかよ!? いくら竜司でもやばいんじゃない」


 鷹取の応援組がざわめき出す。


「しかも先輩たちライン上げまくりじゃん!」

「ロングボール一発通されたら危ないよー」

「あ!? ほらやっぱり!」


 早速9番を裏に走らせるかのようなロングパスが美濃島から出た。ここは竜司がうまくオフサイドトラップをかけて事なきを得る。


「竜司ってほんとなんでもできるんだな、俺らの年代であんなきれいにオフサイドトラップかけれる奴初めて見た」

「そっか。ガタイが違うのになんで竜司なのかと思ったけど、これが狙いなんだ」

「どういうこと?」

「ほら、9番のいる場所見てみてよ。ゴールからだいぶ離れてる。ゴール前から遠ざけて9番の高さを消そうとしてるんじゃない?」


 伊織が指を指した方向を見て、全員が納得する――が、それでも一抹の不安は消えない。


「けど、これって竜司かミスったら終わりじゃね?」


 誰かのこぼした言葉に応えることができる者は、誰もいなかった。





「ちっ、やっぱ県トレは伊達じゃないってか」


 ペナルティエリア外でドリブルを仕掛けた赤城からボールを奪った竜司は、接触した肩に鈍い痛みを感じていた。

 オフサイドを警戒して下がり気味になった赤城。前半は半ば過ぎ、攻められてはいるものの思惑通り赤城の高さが消えた試合展開となっていた。


(平面に持ち込めばなんとかなるけど、フィジカルを前面に出されると危ない……守備でもこっちから仕掛けていかないとな)


 この日、竜司に与えられているミッションは二つ。


 一つは相手のエース――赤城の高さという強みを消すために、オフサイドラインをコントロールし、ゴール前から遠ざけること。

 もう一つは後方から竜司がゲームを組み立てつつ、赤城を守備に奔走させて彼の体力を消耗させること。


 類いまれなる技術、サッカーセンスを持ち、4年生としては恵まれたフィジカルを持つ竜司。それでも赤城との体格差は明白である。

 先ほどもボールを奪ったとはいえ、赤城の圧力はさすがの一言。このまま最後まで抑えきれる確信など竜司にもない。


(だが、それがいい。俺に足りないもの、俺が求めているものを実戦の中で磨かせてもらう!)


 一度目の人生ではテクニシャンタイプであった竜司。選手生活後半は本職の攻撃的MF以外にもボランチ等を務める機会も増え、守備的な技術やフィジカル面を伸ばした。

 しかし、世界を目指すには今から己の不足している面の強化が必要だと竜司は考えていた。


 その一環が兄圭司との早朝練習であり、試合でのCB起用志願であった。


 もっとも竜司は自分の成長のためだけにCBに志願したわけではない。


 傲慢かもしれない。自信過剰かもしれない。けれど、美濃島に勝つために、赤城を抑え込めるのはおそらく自分だけとの自負。


 己が磨かれていく感覚とチームの勝敗を担っているという責任感が、歓喜と恐怖を背中に走らせる。


「ま、俺が言い出したんだから、責任持たないとね! 鷹取は勝つ!」


 横にはたいたパスのリターンを受け取った竜司は、あえて赤城のチェックを誘うかのようにボールを動かす。


「県トレだろうが、FWの守備に止められるほど俺のドリブルは安くないですよ?」


 赤城の体力を消耗させるため、その平常心を奪うためにトラッシュトークを交えつつ、己の役割を確実にこなす竜司。勝負は後半、と心に決め、センターライン手前から左サイドにロングフィードを送る。


「細工は順調。仕上げを御覧じろ、優勝候補!」

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