全日福岡支部予選準決勝①
土曜の空は澄み渡っている。たなびく雲に暖かな日差し、桜の花はとうにその役目を終え、葉は濃い緑に変わりつつあった。
穏やかな気候の福岡市であるが、西部運動公園多目的球場だけは季節が違うかのように、サッカー少年たちの熱気に溢れていた。
土のグラウンドにサッカーコートが2面。ここで全日本少年サッカー大会福岡支部予選準決勝が午前に行われ、勝者は午後の決勝を戦うことになっている。小学年代の大会は学業や施設数の関係もあり、1日に数試合が組まれるのは一般的である。
コートの周囲には応援に来た各チームの父兄たちが陣取っており、アップを行う我が子たちを眺めていた。
鷹取キッカーズの試合があるAコート横には、伊織と川上の二人を含む4年生以下の面々が座っていた。
初めての試合観戦となる川上は、興味深そうに周りを見回していた。この日は親に無理言って車で連れてきたもらったのだが、前日の体験練習に参加した際、伊織から「一緒に見よう」と誘われていたため、今日は鷹取キッカーズの面々と共に観戦していた。
「僕試合って初めて見るよ。こんなに近くから見れるんだね」
「そりゃ小学生の試合だからね。6年生のスピードはやっぱりすごいから、びっくりすると思うよ」
「そっかー、楽しみだな。ちなみに今日の相手って強いの?」
「そりゃベスト4だからどこも当然強いけど、正直これから当たるSC美濃島は優勝候補。なんてったって『博多の摩天楼』がいるからね」
「ハ、ハカタのまてんろう!?」
伊織が指を差した方を見ると、9番のユニフォームを着た頭二つ抜けてる選手が視界に入った。
「でっかいでしょ? あの高さでガンガンヘディング決めてくるからついたあだ名が『博多の摩天楼』。まぁ周りが適当に言ってるだけなんだけど。ちなみに県トレなんだよ」
「県トレってなに?」
「簡単に言うと県の代表チームの一員ってこと。福岡市トレセン、福岡支部トレセンの次に県トレセンがあって、その上に九州トレセン、ナショナルトレセンって順番になってるんだけど、県トレセンなんてそうそういないんだよ」
「鷹取はどうなの?」
「福岡のトレセンは5年生からなんだけど、支部トレが6年生に1人、市トレが6年生と5年生に1人ずつだね。キャプテンの剛士くんが支部トレで、FWの淳くんとGKの正司くんが市トレ。この間まではこの3人だけだったんだけど、実はこの前竜司が飛び級で市トレに選ばれたんだ。たぶん竜司はぽんぽん上がっていくと思うよ」
「やっぱり安西くんってすごいんだね。確か勉強もできるんだよね? サッカーもすごいし、マンガの主人公みたいだ。僕とは全然違うな。僕はなんにも持ってない……なんでも持ってる人が羨ましいよ」
そう言ってSC美濃島と逆側でアップしている鷹取キッカーズへ視線を向ける川上。川上のその言葉に伊織は眉を顰めた。
「確かに竜司はすごいけど、あいつすごい努力しているからね、結果だけ見て羨むのはあんまりよくないと思うな」
そう言われて項垂れる川上。少し言い方がよくなかったか、と伊織は言葉を重ねた。
「川上くんだって足速いじゃん、私なんかよりずっと。もっと持ってない人はたくさんいるよ。竜司はキッカーズの練習の他にも毎朝練習して、休み時間使って宿題終わらせて、余った時間全部をサッカーに使ってるんだ。なんであんなに頑張れるんだろうって不思議に思うくらい。羨ましがるのはあいつと同じくらいの努力をした後だと思うよ」
「ごめん。安西くんの努力のことも知らないで無責任なこと言って。やっぱ僕ってダメだな……」
「そんなに自分をダメダメ言わなくてもいいと思うけど。今がダメでも変わればいいんだから。川上くんも何か一つ勉強でもスポーツでもいいから頑張ってみたらいんじゃない? 竜司くらいね。まぁあいつと同じくらい頑張るのってめちゃくちゃ大変だけど」
伊織は川上に言った言葉が、ブーメランのように自分に突き刺さっていることに気付き、大きく一息ついた。
竜司のプレイする姿に憧れ、追いつきたくて頑張ってきたサッカーだが、その実力差は時が過ぎるにつれて大きくなっていく。
手に届きそうにないものに恋い焦がれる苦しさに、大人も子供もない。
博多人形のように白い肌をほのかに赤らめた川島伊織は、自慢の長い黒髪を左右に振って気持ちを切り替えた。
「ま、なにはともあれ初めての試合を楽しもう! 宣言通りなら竜司があの『博多の摩天楼』を抑えてくれるはずだからさ!」
ピッチの上では鷹取の選手達が円陣を組んでいた。キャプテンの相川が口を開く。
「いいか、今日の相手は優勝候補! けど、勝つぞ! 気合い入れろよ、お前ら! 特に竜司、4年生のお前に頼るのは悪いが、今日の作戦はお前次第だ。頼んだぞ!」
「任せてください、キャプテン。そもそも今回の作戦は俺が言い出したことですし。先輩方、フォローお願いします。特に正司くんには負担かけるけどよろしくです」
「おう、任せとけ!」
「よし、鷹取キッカーズ! いくぞ!」
相川の言葉に応えた面々がピッチに広がっていく。
ポジションについた竜司は目を瞑り、大きく息を吸いながら両肩と拳に全力を入れる。吐くと同時に脱力すると、全身が程よく脱力し、緊張が空気に溶けていく。足から伝わるグラウンドの反発、頬を撫でる僅かな風の流れを感じながら目を開いた。
(よし、身体も心もコンディションは万全! やってやるか!)
一連の動きはかつての人生において竜司が試合開始前に行っていたルーティンであった。身体に染み付いたルーティンは竜司を戦闘モードに切り替える。マッチアップの相手を睨みつつ、ピッチ全体に聞こえる声を最後方から響かせた。
「さぁ先輩方行きましょう! 後ろは任せてください!」
その声と同時にホイッスルがピッチに響き渡る。全日本少年サッカー大会福岡支部予選準決勝、鷹取キッカーズ対SC美濃島が始まった。




