三年後
安西のやり直しの人生が始まって三年が経った。
桜のつぼみがふくらみを見せ始めた3月末。
4月を迎えれば4年生になる竜司と高校に入学する兄圭司は、3年前から日課となっている早朝練習を自宅近くの公園で行っていた。
入念なストレッチ、ブラジル体操、お手製のラダーによるラダートレーニングに30分。
その後は15分の個人トレーニングに移る。圭司は公園の遊具をDFに見立ててドリブルの練習を行い、竜司は左足だけを使ったリフティングに没頭する。ボールを高く蹴り上げては移動して受け、また上げる。コントロールしづらいボールを逆足で簡単に支配下に置くその様は、世代トップレベルのテクニックなどという表現を超えたものであった。
互いにその日の個人練習を終わらせると最後に1対1を始める。
高1と小4。その体格差は圧倒的なものである。効果的なトレーニングに努め、バランス、量、タイミングまで考え抜いた食事によって二人の身体は同世代では明らかにハイスペックなものとなっていた。
圭司は170後半、竜司は150を超えている。筋トレは最低限に抑えているものの、アクアトレーニングやコーディネーショントレーニングを通じて全身をしっかり鍛えており、一見細身に見えるもののしっかりと体重もつけていた。
圭司は既に大人と遜色ない体格である。そんな圭司と竜司が1対1を行う意義――それは、竜司が目指す将来のステージにいるはずである圧倒的なフィジカルを持つ選手たちに対抗する術を身につけるためのものであった。
己よりはるかに大きな身体を持つ相手に対してどう守るか? 同世代どころではなく小学年代では経験できないリーチの差を潜り抜けてどうゴールを目指すか?
今だからこそできる経験を、竜司は貪欲に満喫していた。
だが、その日々もこの日で終わりを迎えることが決まっていた。
「兄貴と一緒に朝練できるのも今日までかぁ」
「ほんと毎日練習したな。おかげでめちゃくちゃ成長できたと思う」
そう言って顔をほころばせる圭司。
圭司は春から自宅を出ることが決まっていた。
10年以上のプロサッカー選手の経験、知識を持つ弟による、ある種の英才教育は圭司に目覚ましい成長をもたらした。
地元の公立中学のサッカー部に入学した圭司は、1年からレギュラーを務めてチームに貢献。3年の夏には県準優勝の成績を収め、県選抜にも選出された。
その実績でいくつかの強豪校から誘われ、弟とも相談した上で福岡有数の強豪校である東博多高校への進学を決めたのだ。
東博多高校は自宅から通学に1時間程度かかるのだが、幸いなことに博多区にある母方の実家からは徒歩15分程度。
可能な限りサッカーに時間を充てるため、圭司は明日から母方の実家へ引っ越すことになっていた。
「たまには帰ってくるんでしょ?」
「うーん、どうなんだろうな? 帰る時間あるのかな……」
「なら、俺が行くから、たまには1対1つきあってよ」
「分かった。約束だ」
圭司は親指をあげる。
「あー、これからは一人で練習か……」
「俺がいないからって朝練さぼらないようにな」
「そっちこそね」
この日以降も竜司は休むことなく朝練を続けた。もっとも、一人で過ごす時間はそれほど長いものではなかった。