リプレイ
「竜司! いい加減起きなさい!」
その声色は懐かしさを感じさせるものであった。安西は慣れ親しんだ母親の声であることに気づきながらも、かすかな違和感を感じつつ、その身をおこした。
試合終了間際、意識を失ったことは自分でも覚えていた。ひょっとしたら自分は病院に運び込まれたのかもしれない。膝を襲った激痛を思い出す。
あの時のプレイで感じた高揚感は嘘のように消えていた。脳裏に浮かぶのは苦しかったリハビリの日々。
(またあれを繰り返すのか? そもそも治すことができるのか?)
暗い気持ちに呑み込まれそうになった安西であったが、その気持ちを振り払うように頭をふる。
間違いなく自分自身が一番辛い。しかし、同じくらい辛い人間――自分の親がすぐ側にいるのだから。今まで何度も大怪我を負い、苦悩し苦闘する姿を見せ、親に心配をかけてきた。
少しでも親の心配を小さくしたいと思い、安西はなんとか笑みをつくって母親の方を向いた。
「母さん心配かけてごめん。俺の膝どうだって?」
安西は母親に話しかけた――つもりであった。しかし、視界に入ったのは慣れ親しんだ母親の姿ではなく、30代半ばといった女性。どこか見覚えのあるその女性は不思議そうな表情を浮かべた。
「心配? 膝? なんのこと?」
本来であれば50代のはずである。最近は白髪が目立ってきたとぼやいていたのはいつの頃だっだろうか?
虚を突かれ、ぽかんと口を開けたままの安西をよそに、その女性は安西の「母さん」という言葉を、なんの疑問もなく受け入れているように見えた。
「え? だって俺の膝……」
そう言って膝を抑えた安西。そこには長く連れ添った手術痕の感触はなかった。すね毛すらない。つるつるとした肌触りだけが手に残る。慌ててベッドを降りた安西はその視線の低さにまず驚く。なんの痛みも、違和感もなくまっすぐに立っている自分に気付いた。
ボロボロの膝だけではない。長い競技人生で積み重なった小さな痛みや違和感。それらが一切なかった。
(マジかよ。身体が羽みたいに軽い。それになんだ? 急に背が縮んだみたいに……)
慌てふためきなが周りを見回すと、鏡が視界に入った。そこには目の前の女性と比較して、明らかに幼い少年の姿が映っていた。
この状況が分からない。
信じることはできないし、きっと夢なのだと思う。それでも己の中に浮かんだ憶測は、信じてみたいものであった。
視界がにじむ。女性の言葉が入ってこない。
何一つ論理的な根拠はなく、非科学的で、オカルトチックでさえあった――にも関わらず、安西は理解した。
(俺は……やり直せるのか?)
こみ上げてくる歓喜。
(またサッカーができる! 健康な身体で! あの試合のようなプレイが!)
この日、安西は誓った。今度こそ悔いなきサッカー人生を送ることを。