全日福岡支部予選決勝①
視界に入る新緑がまぶしい季節となっていた。
福岡支部予選を順調に勝ち進んだ鷹取キッカーズは福岡支部予選の決勝に臨んでいた。
相手は鷹取とともに福岡支部2強と呼ばれる強豪SC美濃島。2年前の準決勝、前年の決勝でも戦った因縁のチームである。
両チームとも県予選への出場は決まったものの、選手達に気のゆるみはいささかも見られない。
2年前の美野島は県トレFW赤城琢也を中心としたチームであったが、今年の中心選手はその弟――赤城俊也。
兄を上回るほどの身長を誇り、高い打点のヘディングを武器に『二代目博多の摩天楼』として、5年生からエースとして活躍する逸材である。
兄同様のごつい身体と角刈りが際立だせる彫りの深い顔から一部には『ゴリ』とも呼ばれている。
試合開始が迫る中、赤城は竜司に声をかける。
「今回こそリベンジさせてもらう、安西」
「おう、ゴリ! 今日も楽しもうぜ。負ける気はさらさらないけど」
「ゴリって言うな!」
赤木と竜司はトレセンや公式試合、練習試合を通して何度も鎬を削った間柄であった。
2年前の兄の敗北、昨年の自身の敗北。それらのリベンジに赤城は燃えていた。美濃島の応援団には兄の姿もあり、ボルテージは高まるばかりである。
「フン! 今度こそ勝たせてもらう」
「ま、純に勝てるもんならやってみるんだな。うちの壁はでかいぞ?」
「無論、『ぬりかべ』、『狂犬』の硬さは充分知っている」
そう言ってニヤリと笑う赤城。
「だからこそ燃えるってか?」
「勿論」
「そう簡単にやられるとでも?」
「思わん。しかし……」
両者の視線がぶつかる。互いに引かない強い気持ちが言の葉に乗り、重なった。
『俺たちが勝つ!』
福岡支部最強クラブ決定戦の火蓋が落とされた。
4-3-3で臨む鷹取と4-5-1で臨む美野島。
中盤のセンターハーフを中心に中央、サイド、あらゆる場所から攻め立てる鷹取に対し、徹底したサイド攻撃でゴール前の赤木にセンタリングを集める美野島。
県トップクラスの鷹取に対して自分達のサッカーを貫くことができるチームは少ない。そして、美野島はその数少ないチームの一つであった。
美野島はチームとしての戦術、ゲームプランが全員に浸透されていた。各々が己のやるべきことを認識し、確実に、チームの勝利のためにプレイできる集団は強い。
マークを引き連れながら右サイド奥まで進んだ美野島の選手がセンタリングを上げる。
ゴール前、待ち受けるのは赤城。小学生離れした身長を生かした空中戦に対抗できる選手は福岡県内でも数少ない。
だが、その数少ない選手が鷹取にはいた。
CBの魚島純が赤城に身体をぶつけながら必死に競り合う。体制を崩された赤城はうまくミートすることができない。力なくゴールに飛んだボールをGK秀吉が危なげなくキャッチする。
「おら、やられらたやり返せ!」
俊敏な動きで前線へフィードを送る秀吉。ピンチを脱したことで、ピッチ横に並んだ応援団から歓声が沸く。
「よっ! さすが『ぬりかべ』!」
「鷹取の守備の要!」
「純くんさすが!」
歓声に照れたのか、ポリポリと右手でオカッパ頭を掻きながら、魚島純は左手で小さくガッツポーズをとる。
「赤城くんは僕が止める。やるぞ!」
6年生にして170を超える身長、がっしりとした骨格、その上にあるアンバランスな童顔とオカッパ頭。少し内気な少年の決意は、声が小さすぎて誰にも届いていなかったが、その気迫は確かに仲間に伝わっていた。
魚島純は1年生の頃から学年で1番背の高い少年であった。
縦だけでなく横にも大きかったため、ダイエット目的で親に入れられたのが鷹取キッカーズである。
身体は大きいものの、ボールコントロールの上達が遅く、俊敏性にも欠けた純は同じ学年の中でもなかなか試合に出ることができなかった。自分より小さなチームメイト達に簡単に抜かれる日々は、純にとって辛いものであった。
そんな純が唯一活躍できるのはヘディングだった。誰も届かない高さのボールを自分だけが打つことができる。それは純にとって唯一誇れるものであった。
ヘディングの強さを買われて徐々に試合にも出れるようになっていったが、相変わらずヘディング以外は冴えない日々が続く。
このまま続けていけるのか、そんな悩みを抱えていたある日。紅白戦でやらかし、校庭の隅で泣いていた純に声をかける者がいた。
「ドンマイ。そんなに落ち込むな」
「竜司くん……けど僕のミスで失点しちゃったし……」
「いやいやちゃんとヘディング競り合って止めてたじゃねーか」
「ヘディング……うん。僕はヘディングしかできてない。でっかいだけで、それ以外はなんにもできてない。陰で『ぬりかべ』って言われてるのも知ってる」
そう涙を流す純。大きな身体の内側には弱気な少年がいた。純の肩に手を回し、竜司は言う。
「ぬりかべ? いいじゃん。ゴール前にでかい壁があったら鉄壁だぜ? 純がゴール前にいるだけで相手は怯むんだ。ちょっとくらい他が苦手でもそれ以上の強みがあればいんじゃねーか? 自信を持てよ!」
「自信なんて持てないよ……」
「いいか、自信ってのは自分を信じるって書くんだ。自分を信じるだけの努力をすりゃ、自信なんてすぐに持てるさ」
「僕だって努力はしてるよ……けど、全然うまくならなくて……自信なんて持てないよ」
「じゃあ努力が足りないんだな」
あっさりと己の努力を否定した竜司に、内気な純といえども気分を害し、表情を強張らせる。自分なりに努力はしてきたし、なんでもできる竜司に自分の気持ちなど分かるはずがない、という思いもあった。
だが、竜司はそんな純の様子に気に掛けることなく畳みかける。
「はっきり言うぞ。俺はお前よりはるかにうまい。けど、間違いなく俺の方がお前より練習してる! 俺の前で努力してると言うんなら俺より練習してから言ってほしいな」
そう言って己のやっているトレーニング内容を教える竜司。その密度、費やされる時間――全てをサッカーに捧げてるとすら言える竜司の姿勢を聞き、純は己がいかに甘かったかを知った。
「なんで竜司くんはそんなに頑張れるの?」
「俺の夢は目標は世界で活躍できるサッカー選手になることだからな。まぁサッカーが好きだからうまくなれるんだったら苦じゃないし、一つ一つ目標を達成していくのって楽しいぜ」
「世界で活躍なんてすごい夢だよね」
「夢はすごくていいんだよ。夢はできるできないじゃない。自分の可能性の最高のものを目指せばいんだ」
純は驚いた。これほど明確に同級生から夢について聞いたことは初めての経験だったからだ。竜司の表情からは、誇張や迷い、照れといった感情はなんら感じ取れず、そこにあるのは強い意志だけだった。
(竜司くんは真剣に夢を目指して行動している。僕は、僕は同じくらい、いや、それ以上に頑張ってきたか?)
その問いの答えが見つからず、純は竜司に問う。
「僕も夢を持てば変われるのかな?」
「持てばいいじゃん? 夢なんてどんなものでもいいんだ。夢を持って、そのために目標を立てて、努力を続ける。それだけだぜ」
「それだけってゆうのが難しいんだよね。それに、怖いよ。努力してもなんにも意味がないことだってありえるし……」
「そうだな。夢が実現するかなんて誰にも分からないからな。先が見えないのってほんと怖いと思うんだ。俺が聞いたサッカー選手の話で、夢とは少し違うけど……ある選手が大我しちゃったんだ。で、ずーっとリハビリして、何度も諦めかけたけど、サッカーが好きで努力を続けて、1年以上かけてまたピッチに戻ることができたんだって」
「1年以上も……すごいね」
「うん。すごいと思う。けどさ、その選手はその後も何度も怪我をしたんだ。そのたびに頑張ってピッチに戻ってきた。その選手が言ってたんだ。努力が必ず報われるかなんて誰にも分からないけど、努力をしなけりゃ絶対に報われる日は来ないってさ」
そう言った竜司の顔はどこか誇らしげだった。
「二度とサッカーができない怖さと比べりゃ、夢を追い続ける怖さなんてはるかに幸せだぜ? 仮に報われなくても、自分が努力したことは誰よりも自分が知ってんだ。それって生きてく
上でめちゃくちゃ大事なことだと思うんだよな」
そう言って笑った竜司の顔を見て、純は自分もこんなふうに笑える人間になりたい、そう思ったのだった。
足の長さを生かしてボールを刈り取った純。
奪うや否や右足からのロングフィードを左サイドに送る。1ステップで正確なロングフィードを蹴ることができるようになったのは竜司の練習に付き合った成果であった。
竜司の言葉を受け、自分なりに抱いた夢のために立てた目標を達成するために努力を重ねてきた。
俊敏性を高めるためにフットワークの練習を毎日行い、欠かしたことはない。今でも自信はないが、ボールコントロールも人並みになった。
竜司にアドバイスを受けて始めたロングキックは、今では純の武器の一つとなった。
竜司の背中は相変わらず遠いけれども、そこを目指すのは自分だけではなく、共に目指す仲間もいる。
純のロングフィードに反応した左ウイングの修人が美野島陣営を切り裂く。たまらずファールで止めた美野島。
フリーキックのチャンスに前線へ駆け出す純。
「高さでは誰にも負けない! 僕は竜司くんと日本一になる!」
唇からこぼれたのは純の夢。その夢の道を進みながら、純は今日も跳ぶ。
高い打点は強烈なシュートとなり、美濃島のゴールに突き刺さった。
福岡支部予選決勝。前半5分。鷹取先制。
第12話『川上修人』を一部修正しました。
→魚島純を追加。