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全日福岡支部予選準決勝③

 全日福岡支部予選準決勝はハーフタイムに入った。


 ピッチの左右に分かれた両チーム。その雰囲気は対照的であった。プラン通りにゲームを運んだ鷹取と、エースを抑え込まれた美濃島。


 攻撃的なラインの押上げとオフサイドトラップありきの守備戦術というハイリスクハイリターンのゲームプランであったが、確かな手応えが鷹取ベンチに活気を生んでいた。


 一方美濃島の雰囲気は真逆。


 攻めてはいる。惜しいシュートもある。しかし、いずれ決まるという雰囲気はなく、そのプレイに余裕はなかった。

 攻めてはいるものの、実際は攻めさせられている。そんな雰囲気が選手達の表情を暗くさせていた。


 その要因は明確であった。エース赤城の不振である。


 美濃島は優勝候補に挙げられていることからも、決して赤城だけのチームではない。レギュラー陣の実力は福岡支部でトップクラスである。

 だが、チームの大黒柱は明らかにエースの赤城であり、その赤城の輝きが消されると、チーム全体にその影響が波及してしまう。飛び抜けた選手を持つチームだからこその弱みであった。


 赤木は責任感の強い少年であり、自身が抑え込まれた責任を痛切に感じていた。額に流れる汗の量がそれを物語っている。気負った表情のまま、赤城は口を開いた。


「みんなごめん、後半はきっと決めてみせる! 俺があいつをぶち抜けば一気にチャンスになるはずだ」


 その強い語気とは裏腹に、赤城の表情には焦燥が強く出ていた。


 その表情が、美濃島の置かれた状況を物語っていた。悲壮さすら感じられるその言葉に、チームメイトがごくりと喉を鳴らした時であった。 


「赤城、一人でしょいこむな」


 苦しんでいる子供に手を差し伸べるのが大人の仕事。そんな気持ちで口を開いた美濃島の監督。少年サッカーの指導歴は既に30年を超える好々爺である。


「お前一人の出来で勝敗が決まるんじゃない。サッカーはチームスポーツだ。仲間を信じることも大事なんじゃないか?」

「監督……」

「いいか、正直向こうの8番は厄介だ。ありゃ天才って奴じゃな。技術とセンスだけで見たら小学生じゃ飛び抜けておる」

「それじゃあどうすれば……」

「簡単な話だ。それ以外で勝てばいい。赤城、お前が飛べばあの小僧が天才だろうとなんだろうと絶対に勝てん。負ける土俵で勝負するな。勝てる土俵で勝負すればいい。どうだ、できるか?」


 赤城は迷いを抑え込むかのように、一瞬瞼を閉じた。白旗をあげ、負けを認める――そんな気持ちになった。だが、脳裏に浮かんだのはこれまでチームで過ごしてきた日々。己のプライドとチームの勝利を天秤に掛ける。答えは明白であった。


 その目を開いた時、赤城の迷いは消えていた。


「はい! 美濃島はここで終わるチームじゃありません! 俺はできることをやります!」

「ふむ、その心意気やよし。後半の作戦を説明するぞ」





 後半開始早々、試合が動く。


 これまでトップに入っていた赤城がトップ下の位置に入る。その意図をすぐに把握した竜司が大声をあげる。


「キャプテン、9番のマークお願いします!」


 その声が合図かのように、ゴールから遠ざかった場所にも関わらず、美濃島は赤城の頭を目掛けてボールを入れ始めた。

 そもそも高さで赤城に対抗できる選手など鷹取にはいない。飛び抜けた高さで競り合いをことごとく制する赤城を経由して、そのボールがサイドに振られる。

 中を経由してからのサイド攻撃はそうそう簡単に守れるものではない。美濃島のセンタリングがゴール前に入る。

 そこに飛び込むのは充分な助走をつけた『博多の摩天楼』。


「やらせるか! ぐ!! が!?」


 素早く赤城の通るコースに身体を入れるも簡単に吹き飛ばされる竜司。

 身を挺し、なんとか作れた僅かなロスによって竜司は赤城のバランスを崩すことに成功した。ヘディングシュートの勢いが消され、鷹取GK正司がなんとかボールを抑える。


「正司くんナイスセーブ! ありがとう!」


 正司に声をかけ、身体に付いた土を払い落としながら、竜司は赤城を見た。


「いってて、なんとかギリギリってとこか。けど、このままだとまずいな」


 その表情には前半終わり際に浮かんでいた焦りは微塵も見られなかった。

 決まりこそしなかったが、俄然ゴールの匂いを醸し出す美濃島陣営。


「高さでは俺が上だ! 美濃島は負けない!」


 ピッチに響き渡る赤城の咆哮を聞きながら、竜司はキャプテンの相川に合図を送る。


(迷いはないってか。だが。それがいい! 燃えてきた! 少し早いけどこっちも仕掛けさせてもらうぞ!)





 美濃島が流れを掴み始めた後半5分。ポストプレイで溜めをつくった赤城のパスを、MFが受けて振り向こうとした瞬間であった。

 突然それまで最終ラインにいたはずの竜司がチャージを仕掛け、そのボールを奪いとる。竜司が上がり、その動きに連動し、空けたスペースに相川が下がる。


 ボールを奪った竜司は減速することなく、一気に加速。前半は終始ロングフィードに徹していた竜司の予想外な動きに美野島の対応が遅れる。


 この時竜司は僅かに左サイドへ進路を寄せた。前半は終始左サイドを使って攻撃していた鷹取。そのタクトを握っていたのが竜司であった。


「そんなに左サイドに自信があるのかよ!」


 そう言いながら寄ってくるのは美野島のDF陣。彼らは思いこんでいた。鷹取の攻めは左サイドを使ってくる、と。


「そう思ってもらうために……前半があったんだよ!」


 小声で呟いた竜司がキックフェイントを一つ入れた瞬間、全員の意識が左サイドに振られる。しかし、ボールは竜司の足元から離れず、右足のアウトサイドで中央に向けて進路を変える竜司。更に加速し、一気に中央突破を図る。


 ゴールと竜司の間を遮る美野島の選手は僅か2名。


「ここで取る!」


 一人目をスピードの緩急のみで抜き去り、二人目は細かなステップで重心をずらし、スピードを落とすことなく抜き去る。

 慌てたGKが飛び出してくるが、その動きを冷静に見ながらゴール右下隅へ優しくボールを流し込む。


 場内にどよめきが起こる中、右手を天に上げた竜司の周りに鷹取イレブンが集まり、祝福をする中、赤城の声が響き渡った。


「試合はこれからだ! 集中しろ! 勝つぞ!」


 美野島の大黒柱は赤城。赤城が諦めない限り、美野島は諦めない。

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