ラストマッチ
師走の冷たい空気に包まれた東京味の素スタジアム。N2リーグ年間順位6位の福岡は、同3位の千葉とのプレーオフ決勝に臨んでいた。
勝利すれば初の年間順位6位からのN1昇格。N1復帰を目指し、シーズン最後の試合に全力を注ぐ福岡であったが、N1クラブ規模の予算を持つ千葉の戦力に防戦一方となっていた。
地方の小規模クラブである福岡と千葉では、個々の戦力において明確な壁が存在した。
だが、選手、サポーター、スタッフ、福岡に関わる者たちは諦めていなかった。
個々の実力で負けようと、クラブの規模で負けようと、彼らは諦めない。
彼らは諦めの悪い人間の集まりであった。なぜなら彼らのエースであり、象徴は「決して諦めない男」と呼ばれ、「三度復活した天才」、「かつての日本の至宝」とも呼ばれる男であったからである。
若かりし頃は日本の未来を担うと嘱望され、10代で海外クラブと契約した。だが、その後数度の大怪我を負って今ではN2リーグの地方クラブにいる男。何度もメスの入った膝は常に爆弾を抱え、重ねた負傷で身体のバランスも狂っている。それでも卓越した技術、センスは今なお健在。特に勝負のかかった時間帯に神がかり的なプレイを魅せる男。
それが福岡のエース、安西竜司という男であった。
スコアレスで迎えた後半アディショナルタイム。このままスコアレスで終了すれば年間順位で上位に立つ千葉の勝利となる。福岡が最後に得たCKのチャンス。最後のプレイとなるであろうセットプレイのため、福岡の選手達はほぼ全員がゴール前に上がってくる。
キッカーは安西竜司。
30代後半になる安西の身体はボロボロであった。年齢からくる衰えだけではない。3度もメスを入れた膝以外にも身体中に小さな故障や傷を抱えている。そこに加えてプレーオフの過密日程によって蓄積された疲労。
(正直もう足は限界。けど、これが最後のチャンスだ。もう一回N1に行くためにも、もってくれよ、相棒)
福岡から東京まで駆けつけてくれたサポーター達が固唾をのんで見守る中、安西は最後の力を振り絞って右足を振りぬいた。
誰もが見落としていたプレーヤーの動き、彼につながる唯一のコースを、安西だけが把握していた。
右足から放たれたボールは安西の人生で最高の放物線を描く。
人生最高のクロスであった。そう確信した瞬間、軸足の左足が二度と聞きたくない音をたてた。
ボールはノーマークであった福岡GK山田の頭に吸い込まれ、一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声を生んだ。
四度目となる膝の激痛をこらえきれず、安西はピッチに崩れ落ちる。
痛む膝に気をつけつつ、上を向いた安西は静かに右手を突き上げた。
「我が人生に一片の悔いなし、ってね」
そこには確かな絶望と苦痛があった。だが、歓喜がそれらを凌駕した。人生最後のプロとしてのキックは、安西が追い求めてきた最高のキックであったから。
最高のキックを最後に蹴れた。
(ああ、もっとあんなキックを蹴りたかった)
疲労と痛み、それらを打ち消すほどの充足感に包まれながら、安西はゆっくりと意識を手放した。
お久しぶりの方、お久しぶりです。
初めてお読み頂いた方、はじめまして。
ゆっくりゆっくりとしたペースになると思いますが、どうぞお付き合いよろしくお願い致します。