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噴き出した真っ赤な血しぶきが風にのって、吹き荒れていく中………アクトリスが勝ち誇ったように笑った。
「なっ」
首をかききられて、さらには真っ赤な血が噴き出しているのに、アクトリスは全く意にも帰さず七美の髪を力任せにつかむとそのまま地面に叩き付けだ。
「っぅく………キミは………人間かい?」
地面に叩きつけられた顔を歪めながら問いかける。そんな七美へと回答だとばかりに、アクトリスはもう一度七美の顔を持ち上げると、地面に叩きつけた。
「つつつぅぅぅぅぅ」
七美の顔に幾つもの擦り傷が出来ている。
「何を馬鹿なこと聞いているんだ? オレ様が人間かだって? 人間な訳ないだろう。オレ様は、エデンを取り込んだ、知的生命だ」
七美の風によって切り裂かれたはずの首は既に傷口が塞ぎきっている。
「オレは、歴史上、初めて人間を超えた、新人類だぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アクトリスは空に向かって、風を切り裂くかのように雄叫びを上げていた。
「オレ様が、新時代のアダムとなるのだぁぁぁぁぁ」
新時代のアダムね………。
それはまた、なんとも大きな話だ。
でも、こんな人間を人間とも思わず、エデンもエデンとも思わないような奴になんて、誰も始祖になんてなって欲しくない。
「あなたが、アダムだというのなら………」
着地する瞬間、羽津香はぐるりと体を反転させ、足ではなくて、手を地面につけた。
そして、風の力を掌に集めて、一気に爆発だぁぁぁぁ!
「一体誰が、イブだというのですか?」
加速した体でアクトリスの頭目掛けてニーキックで突っ込んでいく。
もちろん、首を切り裂かれても死なない敵だ。
羽津香のニーキックが見事に決まって、首があらぬ方向に曲がってしまっているけど、そんなことは彼にとっては、全然大した事じゃないらしい。
「誰がイブか、だって?」
いやらしく唇を歪めているアクトリスと羽津香の膝をつかむとそのまま羽津香を地面に叩きつけた。
上手く受け身を取ることが出来ずに、頭から叩きつけられる。
「そんなのは決まっているだろうが。この新人類となったオレ様に、人間などふさわしくない。唯一いるとすれば………そうだ、エデンでありながら自我を有している唯一の存在事例、清風だ」
「な、あな、あな、ななな、あなた、何を、破廉恥な事を言っているのですか! 清風は羽津香と一生を共にするのですよ。何を寝取ろうとしているのですか、この変態っ!」
羽津香が猛犬のように歯をむき出しにしながら吠えると、余裕顔のアクトリスが憎らしい顔を思いっ切り寄せ付けきた。
「ふん。負け犬は吠え続けていろ。所詮、お前は口で言うだけだ。本当に清風を好きで、救い出したいのなら、方法は分かっているはずだろう」
コンコンと羽津香の額に埋まっているエデンの真紅石を叩きながら、アクトリスが問いかけてくる。
「エデンを封じ込めた風の術の主である、天使王、クリスティーナ・七美を殺す。そうすれば、清風を封じ込めている風の術は解除される。なあ、そうだろう?」
アクトリスはそう言うと、羽津香と七美の首を片手ずつで同時に締め付けてきた。流石、人間を超越したと豪語しているだけのことはある。
そのまま首がへし折られてしまいそうな握力だった。
「かっぁ」
「へっっぉ」
羽津香も、七美も、息をする事すらままならない。
それどころか、首の血管を無理矢理押さえつけられているため、酸素のみならず、血液も上手く潤滑していない。
視界が白く染まっていく。
呼吸がまるで蚊が鳴いているかのようにか細いものへと変わっていく。
聴覚が麻痺して、何も聞こえなくなってくる。
「さあ、死ね、天使王。そして、目覚めて、オレ様と新人類を作ろうぜ、清風ぁぁぁぁ!」
人を固陋としながらプロポーズなんて、最低最悪だ。
でも、まさに死に神の鎌が首筋に突きつけられているかのようなこの絶体絶命の危機を逃れ出す術は、今はない………。
このままだと、羽津香も、七美も、アクトリスに殺されてしまう。
「!?」
視界も、聴覚も、無くなっていた。
でも、まだ顔には触感が残っていた。
風が羽津香の頬を通り抜けていった。
それは、アクトリスのように禍々しくもなく、七美のように凛としてもなく、何処か大人しい風だった。でも、ただ大人しいだけの風じゃない。
その奥に、誰よりも強い決意を秘めた風だった。
「はいやぁぁぁ」
そんな風を遮って、何処までも真っ直ぐで隙間のない風が突き抜けてきた。




