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清き風の物語~見守っているからね~  作者:
第二章:学園潜入調査
14/50

2-7


 空いた窓から気持ちの良い夜風が張り込んでいる。

 風にゆらゆらと舞っているカーテンの向こうには既に寝静まった城下町が見えていた。

 深夜に近いだけあって、城下町の灯りは少なくなっている。

 ゆっくりと静かに扉を閉めて、羽津香は足音を立てないようにして、ベットへと近寄っていく。

 吐息さえ聞こえないような静けさ、細心の注意を払って一歩一歩を踏み出している。

 右手に握り締めたのは媚薬の入った瓶で、左手に握り締めているのは膜貫通ようの張り子だ。

 ベットの淵までたどり着いた。

 ベットの中で寝ているのは、羽津香のご主人様にして、この国の国王様でもある、クリスティーナ・七美。

 普段の国王として毅然とした姿や、ことある事に羽津香をけりつけてくるドSな顔からは全く想像が付かない安らかな寝顔がある。

 枕元には可愛らしいぬいぐるみがいくつも並べられていて、そのうち一体は胸元でギュッと抱きしめている。

 本当、普段の顔とは似ても似つかないよ。


「ほらぁぁ、はつかぁ、ボクの~~~足を、おなめなさ~~い~~」

「って、夢の中で羽津香に何をやらせているのですか!」


 この変態国王っ!

 良いこと、良く覚えておいてよ、羽津香とそんな百合百合な関係をして良いのは、清風だけなんだからね。

 幾ら、国王と主席メイドだからってやって良いことと悪いことがあるんだからね!

 ここは一刻早く作戦を実行させないと駄目だ。

 羽津香は右手にに握り締めていた媚薬のふたを開けると、七美の口元へと運んでいく。

 この薬は即効性らしいから、一口飲んでしまえば後は体が勝手に火照っていくらしい。

 羽津香が、清風以外の女の人と百合百合しちゃうのはちょっと嫌だけど、これも清風の封印を解くためなんだ。

 さあ、後少しで媚薬が七美の口元に流し込まれるって、その瞬間に、


「はれれ?」


 突如として視界が反転してしまった。

 そのまま受け身を取ることも出来ずに頭から地面に叩きつけられてしまい、激痛が走り抜けた。


「全く、キミは、毎回毎回懲りないね。その正体不明な薬も高かったんじゃないのかい?」

「あああああ、裏商店街会長さんお勧め媚薬が~~~。羽津香の給料二ヶ月分が~~~」


 七美に投げられた瞬間に、手に持っていた媚薬が滑り落ちて行ったみたいだ。

 高級カーペットの布地が超高級媚薬を驚異の吸引力で吸い取っていく。


「はあ、それでは、キミは二ヶ月ただ働きを頑張ってくれたまえ」


 七美は寝起きだと感じさせないぐらい機敏な動きでベットから降りると、椅子にかけてあったカーデガンを羽織って、ベランダへと出て行った。


「はあああ。羽津香は何時になったら、七美の処女を奪うことが出来るのでしょうか?」


 媚薬を飲んでいない七美に寝技で勝てるわけがない。

 左手の張り子を床に置いて、羽津香も七美のようにベランダへと出て行った。


「それはきっと一生無理だよ。ボクの処女が亡くなってしまえば、エデンである清風の封印が解かれてしまうのだよ。是が非にも守り抜いてみせるさ」

「羽津香は清風を七美の風の術から助け出すためにも、絶対に処女を奪い取って見せます」


 かつてサルティナからエデンへと孵化してしまった清風の話はしたよね。

 世界を破滅に導くと伝承されているエデンになってしまった清風を、王家に代々伝わる秘術で強引に封印したのが、この憎たらしい七美なんだ。

 七美に負けてしまったために清風は今も、暗くて光なんて一切届かない空間に閉じこめられているんだよ。

 十字架に貼り付けられて、世界中から隔離された異世界に独りぼっち。

 でも、清風を閉じこめているのが王家に代々伝わる風の術なら、その風の術を破るための方法も代々伝わっていた。

 その方法こそが、術者の純潔性を奪うことだった。

 だから、羽津香はこうして幾度となく七美に夜這いを仕掛けているのだけど、一回も上手くいかな。


「まあ、ボクの処女の話はこのさい置いておこう。ボクだって一応は年頃の女の子だ、処女と連呼するのは恥ずかしいよ」

 

 何を今さら恥ずかしがるの?

 夢の中で、羽津香に足を舐めさせようとしていた変態さんの癖にぃぃ。


「それに、羽津香のその顔。どうやら、潜入捜査の中で進展があったみたいだね。状況を報告してくれ。本当は、羽津香もそのために来たのだろう?」


 羽津香は、七美の横まで進み出ると寝静まり始めた城下町を眺めていた。


「リティルダ・詩杏と接触して、彼女がサルティナを狙っている理由を突き止めました」

「へえ。潜入一日で、大した成果じゃないか。でも、キミならその場合、ボクの命令など無視して、リティルダと交戦を始めて、例のサルティナの少女を助け出すものだとおもったいのだけどな」


 確かにいつもの羽津香なら、何が何でもリティルダに連れ去られたプリセマリーを助け出していたはずだ。

 でも、辛いことに、羽津香の友達はもう、プリセマリーだけじゃなくなっていたんだ。


「潜入捜査の中で一人の少年と出会いました。彼の名前は、イフエティー・真瀬と言いまして、どうやら生まれながらにして心臓が弱いらしく、彼の体はもう命の限界に近づいておりました。そして、リティルダとイフエティーは互いを漢名で呼び合うほどの絆で結ばれているのです」

「……それが、今回のサルティナとどういう言った繋がりがあるというのかい?」


 病院から出てきたリティルダが語ってくれた真実。

 それは羽津香にとってあまりにも残酷な選択を突きつけてきた。迷うことなく真実を語り続けるリティルダの気迫に負けてしまいそうになっていた。

 羽津香は小さく吐息を吐き出して、ゆっくりと瞳を閉じた。


「リティルダは、イフエティーの体を治すために、強靱な肉体を持つサルティナから彼に心臓を移植しようとしておりました」


 一度死んでサルティナとなってしまった体は普通の人間とは比べモノにならないぐらいに強大な力を得てしまう。

 それがサルティナが化け物として人々から恐れられる理由の一つになっているのだけど、どうやらアクトリスはそんなサルティナの特性に目を付けたみたいだった。

 彼の言っていた研究とはすなわち、サルティナの肉体を普通の人間に移植する事だった。

 確かにその技術が確立されれば、イフエティーのように生まれながらに欠陥を持ってしまった人たちにとって希望になるかもしれない。

 でも、そんなの、移植元となるサルティナの事なんて何も考えていない横暴も良いところだよ!


「へえ、それは凄くいい話じゃない」


 話を聞き終えた七美は感心したとばかりに呟いていた。


「七美……何って言いました?」

「キミは、あれかい。例のサルティナの少女を助け出せば、イフエティーという少年を見殺しにすることになる。一方逆を選べば、今度はサルティナの少女を見殺しにすることになる。どちらかを選ぶことが出来ずに、ただ立ち止まることしか出来ないでいる」


 夜風に飛ばされてしまわないようにカーディガンを握り締めながら七美も、羽津香みたいに城下町を見下ろしていた。

 その目にあるのは、まるで子供を見守る母親のような優しさに満ちあふれた慈愛の眼差しだった。


「……そんな所です。七美でしたら、どちらかの友人を選ばなければならない場合、どうしますか?」

「決まっている、そんな状況なら何もしない。リティルダのやりたいようにやらせるだけだよ。なんなら、キミの潜入捜査も今日限りで打ち切るよ」

「やっぱり、七美は……プリセマリーを見殺しにするのですね」

「この国に害をなすサルティナを殺して、国民を一人救えるのだから素晴らしい事じゃないか」


 ………分かっていたよ、七美がそう言う奴だってね。

 羽津香は手加減無く、握り締めた拳で七美に殴りかかったけど、元騎士の国王様は羽津香の本気をいとも簡単に受け止めてしまった。

 流石、エデンとなった清風を封じ込めただけの事はある。


「……七美の言っている事が正論ですね。でも、おかげで羽津香の進むべき道に迷いを振り切れましたわ」


 拳を下ろして、羽津香の大切な友達を守るために、羽津香は羽津香の信じる道を突き進んでいく。


「何故、キミは間違っていると分かっている道を敢えて、突き進むのだ?」

「正しい道は七美が進んでくれます。だから、あたしは七美が進めない誤った道から二人を救える道を探してみますよ」


 寝室に備え付けられている鏡。

 そこに羽津香の顔が映し出されていた。真紅の宝石が薄暗い部屋の中でも綺麗に煌めいている。

 そして、鏡に映る羽津香の顔は、ルティルダや、七美に負けないぐらいに決意に満ちていたんだよ。



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