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清き風の物語~見守っているからね~  作者:
第二章:学園潜入調査
12/50

2-5


 閉ざされた扉の向こうの出来事は見ることが出来ない。

 音も聞こえてこない。

 果たして、イフエティーが今、どんな状態なのか羽津香は知ることも出来ない。

 ただ、扉の前で両手を握り締めて立ちつくす事しかできない。

 どれだけの時間が過ぎたのかな? 

 閉ざされ続けていた病室の扉がついに開かれて、まぶしいぐらいのさらさら金髪を持つ白衣の男性が奥から出てきた。


「アクトリスさん、イフエティーはっ、イフエティーは大丈夫なのですか?」

「おっと、そんなに詰め寄らなくても大丈夫だよ、可愛い子猫ちゃん。なんとか、彼は一命を取り留めたよ」


 病室の奥から出てきたのは、今日の昼休みに出会ったアクトリスだった。

 自己紹介の時に彼がイフエティーの主治医だって名乗っていたことを覚えていたから、真っ先に連絡することが出来た。

 アクトリスはすぐに駆けつけてきてくれた。

 彼の行動は早く、まるでこれまで何度も経験しているかのように、入院の手続きから何まで済ましてくれた。

 出会ったばかりの羽津香を口説こうとしてきたから、軽薄な奴かと思っていたけど、優秀なお医者さんなのは間違いないみたいだ。


「良かったです~~~」

「全くだぜ。折角、研究の成果が出てきた所なのに、こんな所で死なれたら、全てが無駄になってしまう所だったからな」

「………研究の成果?」

「そうさ。イフエティーの病気を治すための研究さ」


 アクトリスはそう言って羽津香を病室の中へ招き入れてくれた。

 イフエティーはまだ意識を取り戻していないみたいで、瞳を閉じて安らかな吐息を繰り返している。

 ベットの横に備え付けられている椅子に座って、羽津香は優しくイフエティーの髪を撫でた。


「イフエティーの病気って、どのようなモノかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「彼は産まれながらにして、心臓に欠陥を抱いている。時折、発作を起こして、こうして意識を失ってしまうのさ」

「…………それは、治るのでしょうか?」

「今の医学じゃ、解明されていない。だから、俺が治療方法を研究しているのさ」


 羽津香から少し離れた所に立っているアクトリスは他人事のように肩をすくめていた。

 真っ白な病室に、真っ白なシーツに包まれたイフエティー。

 彼が倒れた理由は心臓の欠陥が理由らしい。

 でも、羽津香の眼はしっかりと見た。

 イフエティーの吐き出した血が路面を真っ赤に染め上げているのを。


「心臓の欠陥が理由で、あれほどの血を吐き出すモノなのでしょうか?」

「ああ、そっちの方か。それは、心臓じゃなくて、俺の実験が原因だろうな。流石にやりすぎたせいか、こいつの体の内側はもうボロボロみたいだ。早い所、治療方法を見つけ出さないと、先に死んじゃうかもしれないな」


 まるで道ばたの花がもうすぐ枯れてしまいそうだってぐらいの気楽さで、あっさりと白状された。

 大切な友達を、そんな実験台みたく扱われて黙っていられる羽津香じゃない。

 椅子が倒れるのも気にせず一気に立ち上がり、アクトリスを睨み付ける。

 アクトリスは「おお~、怖い」と戯けてみせるだけで反省の色なんて一向に見せていない。

 こんな奴に少しでも感謝してしまったなんて、一生の不覚だ。


「あなたは、人の命を何だと思っているのですか!」


 静かな病室に羽津香の怒声が響き渡る。


「ヤレヤレ、キミはまるで、病人から切り離したガン細胞のように不要な存在だね。キミがあの清風の関係者じゃなければ、今すぐこの場で潰している所だよ」


 窓は開いていないはずの病室で風が流れる。

 無風の空間で産まれた気流はアクトリスの右手に集まっていく。

 イフエティーが寝ている病室で、戦いなんて出来るわけがない。


「真瀬っ!」


 ボーガンに矢を装填したかのような張りつめた緊迫感の中に、新しい声が響き渡ってきた。

 羽津香とアクトリスがそろって入り口の方を見ると、そこに立っていたのは、ショートカットの天才美少女だった。


「あなたは、たしか………リティルダ・詩杏っ!」


 予想外の登場に驚いた。

 でも、少し考えてみれば、当たり前だったかもしれない。

 今日の昼休みに、イフエティーはリティルダの事を大切な友人だって言っていた。

 それは話を聞くだけでも感じ取ることが出来たぐらいで、羽津香と清風の絆にも負けないぐらいの、強い繋がりだった。


「あっ」


 羽津香がいることをリティルダは想定していなかったみたいだ。

 羽津香と目が合うなり気まずそうに視線を逸らしてしまった。

 でも、心臓発作で倒れてしまったイフエティーの事は気になって仕方ないみたいで、昼休みのように羽津香の前から逃げ出したりはしないみたいだ。


「………あなた達は、親友なんですね」


 ここは変な意地を張っても仕方ない所。

 羽津香は小さくため息をつくとリティルダが立ちつくしている出入り口に向かってゆっくりと歩き出した。

 リティルダはすぐさま病室の中に入ってきて、意識を失ったままのイフエティーに抱きついた。

 何度も何度も大切な親友の名前を泣き叫びながら、涙を零している。

 そんな二人を背にしながら病室を出て行こうとする羽津香とアクトリスの視線が合ってしまった。


「アクトリスさん、羽津香はあなたを許したりいたしませんよ」

「お前なんかに許されなくたって、構わない。俺はただ、自分の研究成果が出ればそれで良いんだよ」

「なら、その研究も羽津香が止めて見せます」

「ふん。やりたいなら、ご自由に。でも、それはイフエティーを見殺しにするのと同意義だぜ」

「………いいえ、違います。あなたを止めて、イフエティーも助け出す未来を羽津香は見つけて見せます」


 これ以上アクトリスと話もお互いが分かり合う事はなさそうだ。

 羽津香は、それ以上は何も言わずに、ゆっくりと病室を出て行ったんだ。

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