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02-2

「ご無沙汰しております」

 驚かせないよう、ひな壇の下、彼女とやや距離をおいた場所からレミンは声をかけた。辺縁の姫君は、なんの反応も示さない。

「覚えておいでですか、公爵? ハイカイネン伯爵レミン・ヴァリスです」

 微動だにしない。ぼんやりと宙に視線を置く表情は、心ここにあらずといった様子だ。

「もう二年も前のことですが、一度お会いしたことがあるんですよ。 ―――公爵?」

 まわりの人々が、彼女に声をかけるレミンに気付きだす。

 それらの目を感じながらも、レミンは軽く身体を傾け、そっと囁く。

「―――カナデ、さま?」

 ぴくりと、辺縁の姫君のまぶたが震えた。

 自分に話しかけているのだとようやく気付いたのか、彼女は顔を持ち上げた。

 遠くを漂っていた焦点がレミンへ結ばれようとしたとき、眉間に強いしわが寄った。苦しげに、身体が前のめりになる。

 アーニキから聞いたばかりの話を思い出す。月の痛みなのかもしれない。

「お加減が優れないのでは?」

 もちろん、これに対する返答はない。レミンは近くにいた給仕を呼び止める。辺縁の姫君の具合が良くないことを伝え、居室へ退ってもらうため女官を呼ぶよう頼んだ。

 こんなところにいらっしゃったんですか。現れるなりそう口走った女官の呟きに、レミンはこみ上げるものを感じた。女官すら辺縁の姫君を軽んじているのか。

「ほう。王宮でそなたを見かけるのは、何年振りであろうな」

 居室に戻る彼女の背中を見送ったとき、そんな声が耳に飛び込んできた。

 振り返ると、思いがけない人物がこちらを見つめていた。

 国王ライコである。

 レミンは慌てて礼を取った。ライコはそれを解かせ、続ける。

「公爵がやって来たときに顔を見たきりか。昔は足繁く通っていたというに」

「ここしばらくは、所領で過ごしておりますゆえ」

 二年前、辺縁から姫君がやって来るため、多くの魔術師が王都でその捜索にあたった。彼女が王都に降り立つとは判っても、予見では王都のどこにいつ現れるのかまでは判らなかったからだ。保護した辺縁の姫君を一刻も早く王宮に向かわせるため、転移魔術を得意とする魔術師に召集の命が下った。

 命令を受けてレミンは王都に赴き、幸運にも辺縁の姫君と出逢えたのだが、彼女との気まずい別離にあれ以来、王都を避けていた。

 所領にこもっていた理由は、それだけではなかった。

 転移魔術を使って大聖堂に彼女を連れなかったため、教会と王宮から強く叱責された。辺縁の姫君になにかあってからでは遅い、だからこその転移魔術だろう。貴族だから許されると思っていたのか、と。

 命令を破ったため、もちろん―――それをあてにしたわけではないが、褒美もない。

 あのとき、酔客に絡まれる辺縁の姫君を見つけ慌てて馬車を降りたのが災いした。

 ポケットから魔法陣を描くチョークを落とし、豪快に踏み砕いてしまったのだ。

 ならば他の手段によってでも魔法陣を描くべきだったと責められて、そしてそれは確かにそうだと、何故そのことに気付かなかったのだろうと、あとになって思った。

 加えて、鼻もちならない貴族たちとの付き合いもあった。

 辺縁の姫君を王宮に連れたことで、田舎貴族がいい気になってと厭味を言われ、あからさまな当てこすりに神経はすり減り、疲労ばかりが溜まっていった。

 もしもレミンがただの貴族で魔術師でなければ、そういった貴族からの当てこすりはなかっただろう。

 貴族は、自身で魔術を行使しない。家もしくは個人で魔術師を抱え、彼らに術を行使させる。魔術は行使させるものであって、行使するものではなかった。

 王立魔術学院にまで通って魔術を修めたレミンの存在は、ある意味異端だった。顔なじみの貴族もいるにはいるが多くはない。ほとんどの貴族はレミンを白い目で見る。蔑みと嘲りをぎりぎりのところで見せる貴族たちとのやりとりは、表面的な付き合いであっても気持ちを荒ませてしまう。

 だが所領にはレミンに偏見の眼差しを向けるような者はおらず、領民からは魔術が使える領主ということで頼られてすらいた。

 所領のゆったりした時の中に浸っているほうが、心地よかった。

 王宮や教会からの強い風当たり、貴族たちの妬みと白眼視。

 逃げるように王都を避けていた。

 だからこそ、王宮に現れたレミンの姿はそれなりに目立っていた。

 ライコはレミンを上から下まで眺めやる。

「時にそなたは、まだ独り身であったな」

「は」

「そうか。よろしい。ふむ。―――では、決まりだ。公爵を妻にせよ」

「―――は、い?」

 思わず了承の返答をしそうになったレミンは、自分の耳を疑った。ライコの腕を腰に巻きつけている令嬢も、きょとんとしている。

 その場の皆も、王の発言に呆然と言葉を失っていた。

「リュシアン公爵と結婚をするのだ。そなたには公爵をここに連れて来たという経緯(いきさつ)もある。先程も見つめ合っておったではないか。縁があるのだ。一刻も早く公爵と結婚するがいい」

「し、しかし陛下……」

「陛下。リュシアン公爵には王太子殿下をお産みあそばすという予見がございます」

 戸惑うレミンの横から、王弟ミカが説く。

 ライコは鬱陶しげに弟を振り返る。

「あの予見は外れだ」

 ミカは凍るように息を呑んだ。

 息を呑んだのはミカだけではない。その場の誰もが、さっと表情を変えた。

 主語をぼかした噂話で話題にのぼったことはあったが、ライコが予見を否定したのは、これが初めてだった。

 未来を幻視する予見者は、フィザーン草創期から長く存在している。王朝が変わっても、彼らの予見は裏側からこの国を支えていた。

 さすがにまずい発言だったと気付いたのか、ライコは咳払いをした。

「いますぐ産むわけではあるまい。あんな公爵では面白味もなにもないではないか。伯妃となって環境も変われば、予見どおりになるやもしれん」

 レミンは固まったまま、なにも言えなかった。

 辺縁の姫君を厄介払いしたがっているのは明らかだった。邪魔な存在を押しつけながらも、都合次第で奪う算段までつけて。

 助けを求めるようにミカを見ると、苦い顔をしながらも、それ以上の反対はしてくれなかった。

「フィザーンを思うのなら、即刻公爵を妻とせよ」

 ライコの通る声が、大広間に響き渡る。

「皆も祝うがいい。今日はめでたき()き日である」

 ライコの声に合わせ、人々からも歓声があがる。誰もがこの成り行きに戸惑いを覚えながらも、顔に笑顔を貼りつけていた。

 隠者と果てた辺縁の姫君と、異端者魔術師伯爵。

 可もなく不可もない組み合わせだ。

 辺縁の姫君を押しつけられたのが自分でなくて良かったと、貴族たちはただそれだけを思って安堵をしている。

 その向こうには、額に手をやって脱力するアーニキの姿が。

 レミンはなにも言えないまま、祝いの輪からも外れたその場で、混乱と困惑に立ち尽くすしかなかった。

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