01
審問官カンクネン子爵は、奏音が月の痛みで寝込んでいる間にやって来た。
出迎えのため玄関広間に立ったレミンの肩を、現れた子爵はにこやかにぽんと叩く。
「久しぶりだな、元気にしてたか? 冬くらい王都でのんびりすればいいのに」
「王都でのんびりなんて、できるわけないだろ?」
毎晩の夜会や観劇、賭け事、音楽会に時間を追われるのは目に見えている。日中は日中で、仕事の合間にサロンでの社交が詰めこまれる。レミンの場合、陰湿な視線に晒されることはもちろん覚悟しなければならない。
まあな、と子爵は否定しない。
カンクネン子爵はレミンよりふたつ年上の男だった。魔術師貴族と白い目で見られがちなレミンと親しくする、数少ない貴族のひとりである。
彼が審問官に選ばれたことに、レミンは内心驚いていた。子爵はそんな男ではないが、審問に手心を加えるのではと疑心暗鬼になりそうなものなのに。
子爵はレミンの周囲から玄関広間へと視線をめぐらせる。
「なんだ?」
「噂の奥方殿はどちらかな、と」
「ああ。寝込んでるよ。今日明日はひとに会える状態じゃないと思う」
「……はぁん。もしかして、例の激痛か」
「まあね」
月の激しい痛みさえなければ、いまも国王の寵愛を受けていたかもしれない。予見どおり、王太子も生まれていたかもしれない。レミンはふと、そう思った。
「相変わらずなのか?」
「ああ。ごくたまに痛みの軽いときがあるらしいけど、それでも一日は寝込むかな」
「そっか。話せるようには?」
これには首を振った。
階上の客室のほうを眼差しで示す。
「部屋をあたためてある。ゆっくりしていってくれ。案内は」
「ああいいよ。いつもと同じ部屋だろ? あとで王都の話でもしてやるよ」
レミンは頷き、子爵と別れて居間へと向かった。
服を着替えて居間に下りてきた子爵は、手に一通の書状を持っていた。やけに恭しく渡された書状の封蝋には、国王親書であることを示す、二頭の天馬の印章が捺されてあった。
開けてみると、それは半年後、夏至の日に催される、王朝開闢三百年を祝う宴への出席を命ずる書状だった。
「出席を命ず、か」
奏音とともにコイヴァリンナに移ってから、一度も王都に足を運んでいない。
もともとがコイヴァリンナ中心の暮らしだったが、辺縁の姫君を妻女とした立場では、ずっと引きこもるわけにもいかないのだろう。
自然苦い顔になったレミンに、子爵は念を押すように言う。
「表向きはこの書状を届けに来た、ってことになってるんだから、絶対に来いよ。陛下の親書なんて知らないって欠席するなよ。おれと一族の首が飛ぶ」
「ああ」
そう返事はするものの、胸の底に重たい澱が溜まるのを感じた。
回復時期にあるとはいえ、奏音はまだああいった席に出られる状態ではない。
小さな雫をひとつひとつ集めるようにして、奏音は胸の内に深く透明な世界を取り戻しつつある。荒れすさみ凍てついた彼女の内面は、そうやって少しずつ潤い還っているのだ。その潤いから、きっと言葉は生まれる。
あともう少しで、言葉は戻る。言葉が戻ればきっと、喜びも楽しみも深まる。
けれど、それはいまではない。半年後でも早すぎるかもしれない。
一年半をかけてようやく心が開いた。いまが大事なときなのだ。無理を強いたくなかった。
レミンはテーブルを挟んだ向こう、一人掛けソファでくつろぐ子爵に目を遣る。
「それで。裏の任務はどう遂行する? おれを縛り上げて、なにか吐かせるのか?」
「まさか!」
子爵は吹き出した。裏の任務とは、レミンの真意をはかることだ。
「みんなが期待する答えを引き出すために来たわけじゃないよ。おれはただ、ここでしばらく過ごして、お前たちのことを見守るだけ。それでなにを感じるのか、なにを知ったのか報告するだけさ」
「みんなが期待するようなことなんて、なにもないんだけどな」
「なにもなくても『審問官』ってのを派遣することに意味があるんだよ。それだけで貴族たちの不安はなんとなく消える。あ、待てよ。そうは言うが、おれだってちゃんと仕事はするから油断はするなよ」
「油断もなにも……、ま、忠告はありがたく聞いておこう」
「とりあえずは、一年半ぶりの再会に乾杯だ」
子爵は王都から持ってきた果実酒の入ったグラスを掲げた。レミンも掲げ、口に運ぶ。
「!」
喉が焼けるようなその強い酒は、王都で流行っているものなのだと、飲んだあとで子爵は笑った。




