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久遠の夜 千夜の果て  ―――辺縁の姫君  作者: トグサマリ
【第四章 オーロラの洗礼】
17/44

01

 審問官カンクネン子爵は、奏音が月の痛みで寝込んでいる間にやって来た。

 出迎えのため玄関広間に立ったレミンの肩を、現れた子爵はにこやかにぽんと叩く。

「久しぶりだな、元気にしてたか? 冬くらい王都でのんびりすればいいのに」

「王都でのんびりなんて、できるわけないだろ?」

 毎晩の夜会や観劇、賭け事、音楽会に時間を追われるのは目に見えている。日中は日中で、仕事の合間にサロンでの社交が詰めこまれる。レミンの場合、陰湿な視線に(さら)されることはもちろん覚悟しなければならない。

 まあな、と子爵は否定しない。

 カンクネン子爵はレミンよりふたつ年上の男だった。魔術師貴族と白い目で見られがちなレミンと親しくする、数少ない貴族のひとりである。

 彼が審問官に選ばれたことに、レミンは内心驚いていた。子爵はそんな男ではないが、審問に手心を加えるのではと疑心暗鬼になりそうなものなのに。

 子爵はレミンの周囲から玄関広間へと視線をめぐらせる。

「なんだ?」

「噂の奥方殿はどちらかな、と」

「ああ。寝込んでるよ。今日明日はひとに会える状態じゃないと思う」

「……はぁん。もしかして、例の激痛か」

「まあね」

 月の激しい痛みさえなければ、いまも国王の寵愛を受けていたかもしれない。予見どおり、王太子も生まれていたかもしれない。レミンはふと、そう思った。

「相変わらずなのか?」

「ああ。ごくたまに痛みの軽いときがあるらしいけど、それでも一日は寝込むかな」

「そっか。話せるようには?」

 これには首を振った。

 階上の客室のほうを眼差しで示す。

「部屋をあたためてある。ゆっくりしていってくれ。案内は」

「ああいいよ。いつもと同じ部屋だろ? あとで王都の話でもしてやるよ」

 レミンは頷き、子爵と別れて居間へと向かった。


 服を着替えて居間に下りてきた子爵は、手に一通の書状を持っていた。やけに恭しく渡された書状の封蝋には、国王親書であることを示す、二頭の天馬の印章が捺されてあった。

 開けてみると、それは半年後、夏至の日に催される、王朝開闢(かいびゃく)三百年を祝う宴への出席を命ずる書状だった。

「出席を命ず、か」

 奏音とともにコイヴァリンナに移ってから、一度も王都に足を運んでいない。

 もともとがコイヴァリンナ中心の暮らしだったが、辺縁の姫君を妻女とした立場では、ずっと引きこもるわけにもいかないのだろう。

 自然苦い顔になったレミンに、子爵は念を押すように言う。

「表向きはこの書状を届けに来た、ってことになってるんだから、絶対に来いよ。陛下の親書なんて知らないって欠席するなよ。おれと一族の首が飛ぶ」

「ああ」

 そう返事はするものの、胸の底に重たい(おり)が溜まるのを感じた。

 回復時期にあるとはいえ、奏音はまだああいった席に出られる状態ではない。

 小さな雫をひとつひとつ集めるようにして、奏音は胸の内に深く透明な世界を取り戻しつつある。荒れすさみ凍てついた彼女の内面は、そうやって少しずつ潤い還っているのだ。その潤いから、きっと言葉は生まれる。

 あともう少しで、言葉は戻る。言葉が戻ればきっと、喜びも楽しみも深まる。

 けれど、それはいまではない。半年後でも早すぎるかもしれない。

 一年半をかけてようやく心が開いた。いまが大事なときなのだ。無理を強いたくなかった。

 レミンはテーブルを挟んだ向こう、一人掛けソファでくつろぐ子爵に目を遣る。

「それで。裏の任務はどう遂行する? おれを縛り上げて、なにか吐かせるのか?」

「まさか!」

 子爵は吹き出した。裏の任務とは、レミンの真意をはかることだ。

「みんなが期待する答えを引き出すために来たわけじゃないよ。おれはただ、ここでしばらく過ごして、お前たちのことを見守るだけ。それでなにを感じるのか、なにを知ったのか報告するだけさ」

「みんなが期待するようなことなんて、なにもないんだけどな」

「なにもなくても『審問官』ってのを派遣することに意味があるんだよ。それだけで貴族たちの不安はなんとなく消える。あ、待てよ。そうは言うが、おれだってちゃんと仕事はするから油断はするなよ」

「油断もなにも……、ま、忠告はありがたく聞いておこう」

「とりあえずは、一年半ぶりの再会に乾杯だ」

 子爵は王都から持ってきた果実酒の入ったグラスを掲げた。レミンも掲げ、口に運ぶ。

「!」

 喉が焼けるようなその強い酒は、王都で流行っているものなのだと、飲んだあとで子爵は笑った。

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