運だけで空腹の強敵に勝ち、何故か爆速出世しました
新しい防具と小剣を揃えた翌朝、僕とアイリスは街の冒険者ギルドへと向かった。 冒険者として活動するには、身分証明となる冒険者カードの発行が必要らしい。
建物の扉を開けて中に入ると、店内には多くの冒険者たちが行き交っていた。 受付の女性に案内され、身元登録のために能力測定を行う部屋へと通される。
台座の上に置かれていたのは、澄んだ光を放つ魔水晶だった。 「この水晶に手をかざしてください。あなたの潜在能力や数値を測定します」
受付の指示に従い、僕は緊張しながら魔水晶に手を触れた。 その瞬間、水晶の内部で眩い光が不規則に明滅を始めた。 光は増幅し、熱気を帯び、内部の数値を示す目盛りが限界を超えて上昇する。 耐えきれなくなった魔水晶は表面に亀裂が入り、熱線を放って停止した。
「測定不能……!? これほどの数値を弾き出すなんて……!」
受付の女性が目を見張り、周囲の冒険者たちの間に困惑の声が広がる。 しかし、出力された用紙に印字された結果を見た受付は、複雑な表情を浮かべた。
「あの……測定不能と出たのは『運』の値だけのようです。攻撃力、防御力、素早さ、魔力……それ以外のステータスはすべて『1』ですね」
総合的な評価の結果、僕に与えられたランクは最低のEランクだった。 ちなみに、ひと通りの経験を積んでいるアイリスはDランクだ。
評価欄の数字を見たアイリスは納得がいかない様子で首を振った。 「あり得ません。ルーク様のあの神技のような身こなしが、すべて1であるはずがありません。きっと記憶喪失の影響で、一時的に魔水晶の測定に乱れが生じているだけです」
アイリスは自分が目撃した光景を固く信じているようで、どれだけ説明しても聞く耳を持たなかった。 そして再び「師匠」と呼ぼうとしたため、僕は必死になって固辞した。 話し合いの末、妥協案としてアイリスは僕を「ルーク様」と呼ぶことで納得した。(僕が教えられることは何もないし、師匠って呼ばれるのは困るよね)
手渡された冒険者カードは、倒したモンスターの記録やクエストの達成履歴、獲得した経験値や現在のレベルが自動で更新される便利な魔導具だった。 カードに表示されている僕のレベルは、当然ながら「1」である。
◇
冒険者登録を終えた僕たちは、ランクを上げるためにクエスト掲示板へと向かった。 Eランクの掲示板に並ぶ紙の中から、アイリスが選んだのは街の外にある畑からのクエストだった。
【クエスト名:モンスターの討伐】
【ランク:Eランク対象】
【内容:町の外にある農園を荒らすモンスターの討伐】
「街の近くにある農園で、作物を荒らす害獣の討伐クエストですね。畑を荒らすジャイアント・ラット程度なら、それほど強い相手ではないでしょう」
掲示板からクエスト受注票を剥がし、僕たちは受付で手続きを済ませて農園へと向かった。報酬は依頼主である農園主からの銀貨5枚だ。
昼過ぎに現場へ到着すると、農園の管理人が出迎えてくれた。 管理人の話によると、モンスターが現れるのはいつも周囲が暗くなってからの夜間であり、昼間は姿を見せないのだという。 僕たちは管理人とともに夜を待ち、暗くなった農園で張り込みを行うことにした。
やがて陽が落ち、夜の闇が辺りを包み込んだ。
暗闇の奥から、草木を押し分ける重い足音が近づいてくる。 姿を現したのは、想定していたジャイアント・ラットとは大きく異なる存在だった。
赤く不気味な皮膚と鋭い爪を持つ巨大な悪魔型の猛獣――Cランクモンスターのブラッド・フィーンドだった。 レベルで言えば51から100に相当する相手であり、本来ならレベル1のEランクの冒険者が立ち向かってよい存在ではない。
「どうしてこんな場所にブラッド・フィーンドが……!? ルーク様、危険です! 一度撤退してギルドに救援を求めましょう!」
アイリスが即座に退避を提案する。 その時、後ろで恐怖に震えていた管理人の女性が、涙目になって僕たちの服の袖に縋りついてきた。
「そんな……! 今逃げられたら、丹精込めて育てた作物が全部ダメになってしまいます! お願いです、どうか、どうか農園を助けてください!」
人から目の前で必死に頼み込まれると、断れないのが僕の性分だった。 生活の糧を失いかねないと涙を流す女性を前にして、見捨てることなど僕にはできない。
僕は戸惑いながら買ったばかりの小剣を抜き、震える手で構えた。 「わ、分かりました……僕にできるか分かりませんが、やってみます……!」
(倒せなくても追っ払えればラッキーかな)
相手は格上のモンスターであり、そもそも僕は戦い方すら知らない。 僕が剣を構えて立ち向かおうとした、まさにその時だった。
闇の中から足を踏み出してきたブラッド・フィーンドは、僕の目の前で急激に膝の力を失い、そのまま前のめりに倒れ込んだ。 地面に激しい音を立てて倒れ込み、微動だにしなくなる。
長期間にわたって食糧にありつけず、空腹の限界を抱えたまま歩き回っていたモンスターは、獲物である畑にたどり着いた瞬間にエネルギーが尽き、倒れてしまったようだった。
「え……倒れた……?」
呆然とした僕だったが、相手は危険なモンスターだ。 目を覚ます前に止めを刺さなければ大変なことになる。 僕は必死の思いで倒れたモンスターの背中に飛び乗り、手にしていた小剣を両手で握りしめて首筋へと突き刺した。
命を絶たれたブラッド・フィーンドは、静かに光の粒子となって消滅した。 と同時に、僕の懐に入れていた冒険者カードが淡い光を放った。
恐る恐るカードを取り出して確認すると、表示されていたレベルが「1」から一気に「55」へと跳ね上がっていた。 それに伴い、各ステータスも「55」へと大きく上昇している。 本来ならパーティで挑むべきCランクモンスターを単独で撃破したことで、莫大な経験値がリアルタイムで加算されたのだ。
「えっ!? レ、レベルが55になってる……!?」
僕が驚愕の声を上げると、一部始終を見ていたアイリスは感極まった表情で駆け寄ってきた。
「当然ですルーク様! あえて相手を限界まで引きつけ、目に見えない圧倒的な圧迫感で精神を屈服させ、動けなくなった一瞬を逃さず止めを刺す……! あの格上の猛獣を1撃で仕留めたのですから、レベルが跳ね上がるのも当然の理です!」
「いや、ただお腹が空いて倒れただけにしか見えなかったのですが……」
「謙遜なさらないでください! ルーク様の真の強さを、改めて思い知らされました!」
アイリスの勘違いは留まることを知らなかった。 モンスターが消え去った跡には、赤く輝く美しい宝珠が転がり落ちていた。
「綺麗な宝珠ですね……何か貴重なドロップ品かもしれません。街へ戻って詳しく鑑定してもらいましょう」
「そうですね、そうしましょう」
◇
街へと戻った僕たちは、ドロップした宝珠の価値と詳細を確認するため、魔導書を扱う店へと足を運んだ。
カウンターに宝珠を出すと、店主の男はメガネの位置を直しながら目を見開いた。
「お、おお……! これは『極炎の宝珠』ですね! しかもCランクモンスターが残した最高品質、レベル100の代物ですよ!」
店主の解説によると、宝珠は武器や防具に属性を付与するだけでなく、魔法を習得する際の媒介として使用できるらしい。 魔導書と対応するレベルの宝珠を組み合わせることで、術者の体に魔法を定着させることができるのだという。ただし、習得の試練を行うと宝珠自体は消滅してしまうそうだ。
「レベル100の『極炎の宝珠』があれば、炎属性におけるレベル100の魔導書と合わせることで、魔法を習得することができますよ」
店主の言葉に促され、僕は試しにレベル100炎魔法の魔導書を購入し、宝珠をセットして習得の試練を行った。 宝珠が眩い光を放ち、僕の冒険者カードに新しい項目が書き加わる。
【習得魔法:極大炎界呪】
本当に炎属性魔法を覚えてしまった。 しかし、浮かれたのも束の間、カードの注記を見た僕は青ざめることになった。
【発動不可:必要レベル未達(必要レベル:100以上)】
「あの……覚えたのはいいのですが、レベルが足りなくて使えないみたいです」
モンスターを倒してレベル55になったとはいえ、必要な条件はレベル100以上だ。今の僕のレベルでは届いておらず、覚えた魔法を発動することができなかった。
落胆する僕を見て、店主が親切に提案してくれた。 「お客様の現在のレベルは55ですからね。こちらのレベル50対応の宝珠と魔導書でしたら、今すぐ問題なくお使いいただけますよ」
店頭に並んでいたレベル50の宝珠を追加で購入し、中級炎魔法の魔導書と合わせて試練を行った。 カードの表示が新しく書き換わる。
【習得魔法:火炎弾】
【使用可能(必要レベル:50以上)】
「これなら使えそうです! ちゃんと習得できました!」
僕は今時点で使える攻撃魔法を手に入れ、僕はほっと胸を撫で下ろした。
◇
その後、僕たちは今回のクエスト完了を報告するために冒険者ギルドへと向かった。
受付でクエスト達成の報告を行うと、依頼主である農園主からあらかじめ預かられていた報酬として、銀貨5枚が手渡された。
続いて確認のために冒険者カードを提示すると、カードのデータがギルドの魔導機器に照合され、受付の女性が目を見開いた。
「えっ……!? ブラッド・フィーンドの単独討伐記録と、レベル55への上昇が確認されました……! Eランクの登録からたった1日でレベル55ですか!?」
レベル55はCランクに相当する領域だ。 受付の手によって登録情報の更新が行われ、僕の冒険者ランクの欄が『E』から『C』へと2段階飛びで正式に書き換わった。
「す、凄いですルーク様! Eランクの登録からわずか1日でCランクへ跳ね上がるなんて、前代未聞ですよ!」
たった1回のクエストでレベルが爆上がりし、ランクアップを果たした謎の少年の噂は、瞬く間にギルド内に広まった。
周囲の冒険者たちが好奇と驚愕の視線の視線を向けてくる中、僕は居心地の悪さに身を縮めるのだった。




