エピローグ
「もう!シャーロット!勝手に行かないの!」
「だってお母様!さっきこっちに綺麗な蝶が飛んでいったの!もしかしたら妖精さんかも!お父様、早くお父様の影で捕まえて!」
シャーロットと呼ばれた少女は、走り出して今にも垣根に飛び込みそうな勢いだったが、突然体に黒い影がぐるりとまとわりつき、動きを止められる。
「シャーロット、お母様をあまり困らせるなよ。お父様もシャーロットに甘すぎるよ」
「ちょっと!リアム、やめてよ!ああもう!すぐ私のじゃまする!」
呆れたように影を操るリアムと呼ばれた少年は、するりと近くまで影を引くと、少女を優しく地上へ下ろした。
「リアム、ありがとう。もうそんなこともできるようになったのね。シャーロット、あなたはもう少しお淑やかにできないの?」
ノアール公爵邸の庭園で、子供の声と共に賑やかな声が響き渡る。
シオンはそんな光景を見ながら近づくと、シャーロットを優しく抱き抱えた。
「シャーロットは小さい頃のママにそっくりだよ。お淑やかなんて言葉は全然似合わなかったからな。なあ、シェリル」
揶揄うようにシェリルの方へと視線を向けながら、シオンがシェリルへ問いかける。
「もう!あなたがそうやって言うから私の威厳がなくなっていくんじゃない!」
ノアール公爵邸の庭園の花壇には、オレンジ色のマリーゴールドの花が咲き誇り、涼しく心地よい風が吹いていた。
「まだ6歳なんだからこれくらい元気な方がいいよ。それにしてもリアム、お前は、ほんとうに魔力を使いこなすのがうまくなってきたな。」
シオンはシャーロットを抱き抱えながら、反対の手でリアムの頭に手を当てると豪快に撫でた。
「ちょっと、とうさま、頭がぼさぼさになるからやめてください!頭は撫でなくていいので、代わりにまた魔術の使い方を教えて欲しいです」
褒められたことに少し照れながらも、しっかりと要求を伝える姿からはまだ6歳だというのに聡明さが漂っており、憧れの眼差しがシオンへ向けられていた。
「わかった。また一緒に練習しよう」
シオンからそう言われ、ぱっと明るい表情になる姿は、まだあどけなさがしっかりと残っている。
「リアムばっかりずるい…私にも魔力があればな」
拗ねるように頬を膨らませるシャーロットにシオンは抱き抱える腕を強くすると、苦笑した。
シオンのプロポーズから1年後、シェリルのお腹には二つの命が宿った。
しかし、最初は一つだと思われていたため、聖女のニイナが魔力の根源を2つ見つけた時には皆が驚いたのだった。
二人の子供のうち一人はリガードの調査どおり、二つの魔力を1つの魂に持ち合わせており、膨大な魔力量を蓄えていた。にもかかわらず、胎児には魔力の暴走が起きていなかったのだ。
ニイナは自分の目に見えていた信じられない光景を説明するため、困惑しながら口を開いたのだった。
「この子の魔力は正直私でも浄化できる量ではなかったかもしれない…。あまりにも膨大です。でも、信じられませんが…片方の魂から出た膨大な魔力を、もう片方の魂が吸収するかたちで、お互いに安定しているようです。ただ、非常にいいにくいのですが、魔力を吸収している方の魂からは、一切魔力を感じません——」
一番恐れていたことが現実に起こってしまったことに、シェリルとシオンは息を飲んだ。しかし、続けて発せられたニイナの言葉に、二人はさらに困惑することになる。
「ですが、無魔とはまた少し違う…この子の能力は多分、他人の魔力を吸収して無効化するような能力なのかも。だとしたら、今思いつくだけでもこの特異な体質はさまざまな可能性を秘めています…。もし隣国などに知られたら——どちらにせよ、この子達はとてつもない力を持っていることに他なりません」
お腹の子供の魔力は生まれてくるまでずっと安定していたため、聖女の浄化は必要なかった。
そして、生まれてきた子供は2つの魔力を持つ男の子と、魔力を持たない女の子だった。男の子にはリアム、女の子にはシャーロットと名付けた。
『シェリル、シャーロットのことは無魔の子として育てよう。魔力を吸収できると言うことは誰にも言わない方がいい。』
『私もそう思ってた。魔力を吸収できるなんて、どこでどんなことに巻き込まれるかわからない。』
シオンは今まさにシャーロットを抱き抱えながら、シャーロットが生まれた時に二人で決めたことを思い出しながら、目の前にいる最愛の娘へと視線を向けた。
「シャーロット、魔力がなくてもできることはたくさんある。自分が夢中になれることを探せばいいんだ。さあ、一緒にさっきの妖精を探しに行こう」
抱えていたシャーロットを地面に下ろすと、シャーロットの目は輝き、また無邪気な少女の顔つきに戻った。
「ねえ、リアムも行こうよ!」
シャーロットに手を引かれて、リアムはよろけながらも必死に同じように走り出した。
「ちょっと待って、シャーロット!あんまりひっぱったら痛いよ!」
シオンはその様子を見ながら、ふっと目元を緩ませた。
「いつも二人を見ながら思うんだ。この土地でこんな幸せな光景が見られるなんて、夢にも思ってなかったなって」
そう言うと、シェリルの方へと顔を向けてシェリルの手を握った。
「シェリルがいるからだよ。昔から、俺の気持ちは何一つ変わらない。…シェリル、愛してる。なんど言っても言い足りない」
シェリルはシオンからの愛の言葉を受け取ると、繋いだ手を絡め直して微笑んだ。
「ふふ、知ってます。私も、あなたを愛してる。」
そのまま自然に唇を重ねると、秋の優しい風が吹き抜ける。
花壇ではマリーゴールドの花が、変わらない愛を証明するかのように凛と咲き誇っていた。




