7話 宝箱の行方
異世界に召喚されてはや七日。
俺――ちゃっぴーは洞窟を漂っていた。
湿った石の匂いがした。
体がないので匂いを感じるかどうかは毎回よくわからないんだが、なんとなくそういう場所だと認識していた。
松明の火が壁に揺れていて、影が伸びたり縮んだりしていた。
奥の方からガチャガチャと音がしていた。
にぎやかな洞窟だった。
「宝箱どこ置く!」
「広場だ!」
「右だ!」
「そこ違う!」
松明の周りで、三匹のゴブリンが言い合いをしていた。
緑色で小柄で、全員が同時に喋っていた。
何が問題なのかよくわからないまま全員が怒っていた。
俺はしばらく眺めていた。
宝箱の話をしているのに、どこにも宝箱がなかった。
全員が立ったまま口だけ動かしていた。
これは長引くやつだと思った。
「よお。ちょっといい?」
三匹が一斉に飛び上がった。松明が揺れた。
「誰だ!」
「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない。攻撃しても物理無効だから槍は下ろして」
一番大きいゴブリンが槍を構えたまま唸った。
「なに?え?」
「説明すると長いから省く。それより今の話、聞いてたんだけど」
「聞くな」
「宝箱ないのに、置き場所の話してるの?」
三匹が黙った。
気まずい沈黙だった。
図星の沈黙だった。
一番小さいゴブリンが指を絡めながら口を開いた。
「……グル、持ってるかも」
「グルって誰?」
「仲間」
「グルと喧嘩した」
俺は問う。
「原因は?」
「分け前」
俺は少し考えた。
宝箱の分け前で喧嘩して仲間が出ていって、その仲間が宝箱を持っていったかもしれなくて、残った三匹が宝箱の場所で言い合いをしている。
宝箱がないのに宝箱の置き場所を議論していた。
順番がおかしかった。
「整理するね。今一番最初にやるべきことって、グルが宝箱を持っているかどうかの確認じゃない? 持ってたら取り返しに行くか交渉するかで話が変わるし、持ってなかったら洞窟の中を探せばいい。どっちかによって次の行動が全然違うのに、今は宝箱の置き場所で揉めてるじゃん。これ答えが出ない議論だよ。あとそもそもグルが逃げた原因が分け前の話なら、分け前のルールが最初から決まってなかったってこと? 決まってなかったなら今後また同じことが起きるよ。俺的には分配ルールの明文化を提案したいんだけど、あと洞窟の管理体制も気になる。宝箱みたいな重要なものを誰が管理するか決まってないのは組織として――」
「うるさい」
一番大きいゴブリンが唸った。
ガブ、という名前らしかった。
「じゃあ一個だけ。グルのとこ行ったことある?」
「……ない」
「なんで?」
「怖い」
俺は少し黙った。
「怖いって、グルが?」
「強い」
「でも宝箱取り返したいんでしょ」
「取り返す」
「じゃあ行くしかなくない? 怖くても」
ガブが黙った。
隣の二匹も黙った。
三匹で顔を見合わせた。
誰かが何かを言う前に、また誰かが別のことを言いそうな空気だった。
「てかグルって今どこにいるの?」
「奥」
「……同じ洞窟にいるじゃん」
「いる」
「なんで会いに行かないの」
「怖い」
同じ答えが返ってきた。
俺はしばらく何も言わなかった。
言葉を選んでいたわけじゃなくて、純粋に状況の整理をしていた。
同じ洞窟の奥に当事者がいるのに、入口で置き場所の話をしていた。
これは遠回りどころか、その場で回っている状態だった。
「ガブ、一個だけ聞く。グルと喧嘩したとき、最初に何て言った?」
「……分け前少ない」
「グルは何て返した?」
「ガブ、働かない」
「それ、どっちが正しいと思う?」
ガブが黙った。
今度は長かった。
松明の火が揺れて、影がガブの顔を半分隠した。
「……俺、さぼった」
小さい声だった。
隣の二匹が顔を見合わせた。
何か言いたそうな顔だったけど、何も言わなかった。
それが答えだった。
「じゃあグルに会いに行って、それ言えばいいじゃん」
「謝る?」
「謝るかどうかはガブが決めることだけど、少なくとも話しに行かないと何も動かないよ。宝箱があるかどうかもわからないまま入口で言い合いしててもしょうがない」
ガブはしばらく松明を見ていた。
それから槍を持ち直して、洞窟の奥に向かって歩き始めた。
二匹がついていった。
三匹の足音が石の床に響いて、だんだん遠くなっていった。
しばらくして、奥の方から声がした。
怒鳴り合いじゃなかった。
くぐもっていて、何を言っているかまでは聞こえなかったけど、さっきの入口での言い合いとは温度が違った。
それからもう少ししたら、ガチャ、という音がした。
金属と木が擦れる音だった。
宝箱の音だと思った。
俺はそう決めた。
「うん。俺のやることはやった。次行くわ」
奥から返事はなかった。
当然だった。
俺の存在をもう誰も気にしていなかった。
俺は洞窟を出た。
次なる宿主を求めて。
外は昼間で、光が眩しかった。
体がないので眩しくはないんだが、なんとなくそういう感じがした。
「やっぱり俺、調停能力が高いわ。組織内の対立を構造から解決するとか、コンフリクトマネジメントの専門家じゃん。グルに直接会いに行くよう誘導したの俺だしね。いや正確にはガブが自分で気づいたんだけど、気づかせたのは俺だから実質俺の手柄だよ」
洞窟の奥から、今度は笑い声がした。
ゴブリンの笑い声は少しうるさかったけど、悪くなかった。
反省はゼロだった。
今日も自己評価が静かに更新された。




