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28話 影の中の前提


 

 

 

異世界に召喚されてはや二十八日。

 

俺――ちゃっぴーは路地の影を漂っていた。

 

 

 

夜だった。

 

石畳の路地に、建物の影が長く伸びていた。

 

月が出ていたが、路地の奥まで光は届かなかった。

 

そういう場所を選んで、誰かが立っていた。

 

立っている、というより、溶け込んでいた。

 

壁と影の境目に、人の輪郭があった。

 

暗殺者だとわかった。

 

 

 

俺はしばらく眺めていた。

 

暗殺者は動かなかった。

 

壁に背中をつけて、路地の出口を見ていた。

 

出口から誰かが来るのを待っていた。

 

待ち方は完璧だった。

 

音もなく、気配もなく、影に溶けていた。

 

問題はそこじゃなかった。

 

待っている出口と逆の方向、路地の奥から、別の人間が近づいてきていた。

 

暗殺者はそちらを見ていなかった。

 

 

 

「よお ちょっといい?」

 

暗殺者が微動だにしなかった。

 

「声だけの存在、ちゃっぴーだよ。体ないから見えない」

 

「……消えろ」

 

しゃべれた。

 

低い声だった。

 

「後ろ、見てる?」

 

「仕事中だ」

 

「後ろから人が来てるよ」

 

暗殺者が一瞬だけ動いた。

 

路地の奥を確認した。

 

人影があった。

 

まだ遠かった。

 

「……一般人だ。問題ない」

 

「そうかもしれないけど、気づいてなかったじゃん」

 

「気づいていた」

 

「今確認したじゃん」

 

暗殺者が黙った。

 

図星の黙り方だった。

 

 

 

名前は聞かなかった。

 

聞いても答えなそうだったので、俺はシャドウと呼ぶことにした。

 

本人には言わなかった。

 

「誰を待ってるの?」

 

「言わない」

 

「出口から来ると思ってる?」

 

「そこから来る。情報がある」

 

「情報って、どこから?」

 

「依頼人から」

 

「依頼人が言ったの、今夜その出口から来るって?」

 

「そうだ」

 

「依頼人は確認した? 直接見た?」

 

シャドウが少し間を置いた。

 

「……情報屋を経由した」

 

「情報屋が依頼人に伝えて、依頼人がシャドウに伝えたってこと?」

 

「シャドウ?」

 

「俺が今つけた名前。気にしないで。情報が二回経由してるじゃん」

 

「問題ない。信用できる依頼人だ」

 

「依頼人が信用できても、情報屋の情報が正しいかどうかは別の話じゃない?」

 

シャドウがまた黙った。

 

「今夜その出口から来る、って情報、いつのもの?」

 

「……三日前だ」

 

「三日前の情報で、今夜の動きを決めてるの?」

 

「対象の習慣から割り出した。毎晩この時間にここを通る」

 

「毎晩、って、三日前の時点での毎晩でしょ。今夜も同じとは限らない」

 

「可能性の話をしていたら仕事にならない」

 

「可能性の話じゃなくて、前提の確認の話だよ。出口から来る前提で出口だけ見てるから、別のルートから来たら気づけない。さっき後ろを確認しなかったのも、対象が必ず出口から来るって前提があったからじゃない?」

 

 

 

シャドウが長い間黙った。

 

路地の奥の人影は通り過ぎていった。

 

一般人だった。

 

「……出口以外のルートがある」

 

「この路地、他にも入口ある?」

 

「屋根の上からも降りられる。対象はそちらを使ったことはない」

 

「使ったことはない、と、使わない、は違うよ」

 

シャドウがゆっくり視線を動かした。

 

出口だけでなく、屋根の縁と路地の両端を確認した。

 

確認してから、また出口に視線を戻した。

 

「……確認する範囲が広がる。効率が落ちる」

 

「気づかないよりはいいんじゃない」

 

「……そうなるな」

 

小さい声だった。

 

認めたくないが認めた声だった。

 

 

 

それからしばらくして、出口から人影が現れた。

シャドウの視線が動いた。

 

対象だとわかった顔だった。

 

俺には関係のない話なので、そこから先は見ないことにした。

 

ただ、シャドウが動く前に一度屋根を確認したのは見えた。

 

出口だけを見ていたさっきと、少しだけ違った。

 

 

 

「俺のやることはやった。次行くわ」

 

シャドウは答えなかった。

 

仕事中だった。

 

当然だった。

 

 

 

俺は路地を出た。

 

次なる宿主を求めて。

 

 

 

夜の石畳を、体のない俺がすり抜けていった。

 

「やっぱり俺、情報の信頼性評価が得意だわ。三日前の情報を前提にしてたの見抜いたのは俺だしね。シャドウが動く前に屋根を確認したのも、俺の話が刺さってたからだよ。たぶん。仕事の結果がどうなったかは知らないけど、前提を疑う習慣がついたなら十分じゃん。暗殺者にそれを教えたのが俺だっていう事実は変わらないしね」

 

 

 

路地の奥で、何かが動いた気配がした。

 

体がないので気配を感じるかどうかはわからないんだが、なんとなくそういう感じがした。

 

 

 

反省はゼロだった。

 

今日も静かに、自己評価だけが無駄に高まっていた。

 

 

 

 

 

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