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65 出来れば静かに帰りたいです

「では、詳しい日程はターイズさんやレベッカ様とご相談させていただきますので……どうぞ、陛下はお幸せになってくださいませ」


 私はジルさんに向かって淑女の礼をすると、未だ泣きべそをかいているアニーを連れて部屋を出ました。ジルさんはなぜかポカンとしていますが、やはり侍女にモップで襲われたのがショックだったのでしょう。下手に正気に戻ってアニーを不敬罪で断罪されてはいけませんから今のうちに立ち去ることにしました。


 それに、今のジルさんの反応で私も少し冷静になれました。あれほどなにかあると「聖女は重要だ」と言っていたわりに、聖女を辞めると言っても止めないということは本当はいなくても問題ないということですもの。やはり、姫様にお願いされたか箔付け程度に思っていたのでしょう。


 そう思ったら、なぜか心が「すんっ」と落ち着きました。そうです、私はいたって冷静です。取り乱さずに済んだのはきっとルーナ様が見守ってくれているおかげですね。


 なんとかアニーを泣き止ませながら部屋から出ると、なんとそこに青ざめたターイズさんがいたのです。もしかしてアニーがジルさんを襲ったことがバレているのかしら?ここにいたということは先程の話も聞いてしまったのでしょう。今やターイズさんは国家を立て直した英雄としてジルさんやレベッカ様に次ぐ発言力を持っています。私にも友好的な彼ですが、基本的にはジルさんの味方のはず……ここは先手必勝というか、問題をすり替えるしかありません。


「あ、あの!聖女様……」


「ターイズさん、私は近日中に聖女のお役目を終えようと思っております。今までお世話になりました」


「いえ、あのジルは」


「ジーンルディ陛下は反対されませんでした。もはやこの国に聖女は不要ということなのでしょう。レベッカ様には私からお伝えしておきますので、ターイズさんは陛下のサポートをお願いしますね?」


「えっ、いえ、はい。いや、ですが……!」


「それでは、失礼致します」


 これまたジルさんと同じくポカンとしていたターイズさんを早口で捲し立ててその場を乗り切りました。とにかく早くレベッカ様に相談しなくてはなりません。もしもジルさんの結婚相手にアニーのやったことがバレたら、それこそ侍女のくせにと言われる可能性もあります。その前にレベッカ様から口添えしてもらわなければなりませんから!




 そうしてそのままレベッカ様のもとへ行き、全てを説明しました。アニーも感情が高ぶっていたのか「悔しいです!」と、またもや涙を流しています。どうも使用人の中に聖女に対して批判的な人間が混じっていたらしく、アニーは聖女付きの侍女だからと嫌がらせをされていたのだとか。


「苦労をかけていたのね……」


「お嬢様は悪くありません!ただ、その使用人たちが……聖女が陛下と姫様の真実の愛を邪魔しているとか、聖女とはいえ他所の国のたかが伯爵令嬢のくせに恩着せがましく国王に取り入るあざとい女だ。とか、国王は聖女を見てため息ばっかりついてるから本当は鬱陶しいと思ってるに決まってる。みたいなことを口々に言ってきて……反論してもお嬢様のことを馬鹿にされてしまい、つい怒りの矛先が……」


 この国のほとんどの人間は私のことを神聖な聖女だと認めてくれていますが、やはりいつの時代も反発する人間はいるものです。元々は「不気味な桃毛」と罵られていたわけですし、聖女を用済みだと思うということはある意味この国が平和になった証かもしれません。


「やっぱり、私という存在(聖女)はもうラスドレード国には不要なのかもしれませんね」


「ロティーナ様、そんなことは……!」


 レベッカ様が申し訳なさそうに眉尻を下げます。もしかしたら私を聖女に仕立てたことを後悔しているのでしょうか。ですが、もしも他の方が聖女になっていたら私の人生はもっと酷いことになっていたはずです。だから、そこは後悔してほしくありませんでした。


「あまりお役には立てませんでしたが、こうしてレベッカ様に再び会えたことを思えば聖女になれたのはよかったと思っております。あのままエドガーと結婚していたらと思うとゾッとしますから。ですから、私を聖女に選んでくださって本当にありがとうございました、レベッカ様」


「ロティーナ様……ですがこのままではあまりに……」


「いいんです。当初の約束は果たしましたし、約束通り母国に帰るだけですから。それに、ジルさんの結婚相手のご機嫌取りまでは契約に入っておりませんもの……」


 こんな伯爵令嬢風情の聖女と、この国に利益をもたらすと確定している姫様のどちらを取るのが正しいかなんて子供でもわかることですしね。




「……わかりました。元より無理矢理聖女になってもらったようなものですもの、これ以上は無理強いできませんわね。ロティーナ様の意思を尊重しますわ。ただ聖女を支持する人間もいますので、最後に解任式パーティーを開いてもよろしいですか?陛下が結婚するから聖女を追い出したと噂をされても困りますし」


「確かに、そうですわね。私としたことが失念していました。申し訳ありません」


 つい否定的な話ばかり気にしてしまっていましたが、私を認めてくれている方達がいるのも事実です。聖女が下手な去り方をしては派閥同士が争わないとも限りません。それこそジルさんに迷惑をかけてしまいます。


 出来れば、あの頃に聖女がいてよかった……と、未来でそう思い出してもらえたら嬉しいですから。




 こうして1週間後に、聖女の解任式パーティーが開かれることになりました。


 今度こそジルさんとも本当にお別れです。出来れば姫様は会わずに、静かにラスドレード国を去れればいいなと……そう思ったのでした。






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