53 毒を含む微笑み(ルーナ視点)
ラスドレード国に念願の聖女を迎えたはずの翌日。そこにいるはずの聖女の姿は部屋になく、辺りは騒然としていた。
聖女の為に用意した部屋には争った形跡があり、家具やベッドは破壊されていて一部が真っ赤に染まっている惨状となれば驚くのも当たり前だ。そしてそれが血ではなくワインだとわかっても安心は出来なかった。なぜならば依然聖女は行方不明のままであり、誰かが聖女を襲ったのが明白であったからだ。
そして使用人たちの証言から王太子が聖女を襲ったのだとあっという間に知れ渡り、ラスドレード国の国民は怒りをあらわにすることになるのだが……。
「どうなっているんだ!聖女をどこにやった?!」
「あ、あの女は……僕の誘いを断ったとんでもない女なんです!せっかく僕が妻にしてやろうと思って、優しくしてやったのに……!」
事実を知ったラスドレード国の国王が周りの目も気にせず額に青筋を立てて自身の息子であるアヴァロン王太子を怒鳴り付けていた。この人は良くも悪くもすぐに感情を顔に出してしまう。
やっと手にいれた聖女が王太子のせいで行方不明となれば仕方ないかもしれないが、アヴァロン王太子の言い訳も酷いものだった。
「そして逃げられたのか!お前が勝手に聖女との結婚式をするなどと言ったせいで人手が集められ警備が手薄になったのだぞ!いつの間にかジーンルディにまで逃げられた!この責任をどうとるつもりだ?!
さらにお前は────ルーナのところへ行ったな?」
国王の地を這うような低い声に王太子の体がビクリと揺れる。王太子もすでにわかっているはずだ。国王が1番怒りを感じているのは聖女やジーンルディを逃がしたことではないと。
「見たのか、ルーナの体を。あれほど近寄るな言ったはずだぞ」
そう、それはわたしの体を見たことだ。国王が狂気じみた執着をするわたしの体を。
「そ、それは……。違うんです!誤解で……」
父王のその気迫に本気で怒っているのがわかったのかアヴァロン王太子の顔色がだいぶ悪い。いくら執着しているとは言え、まさかここまでとはきっと思っていなかったのだ。たかが愛妾だからと深くは考えていなかったのだろう。
「えぇ、王太子はわたしの体を見ましたわ。陛下にしか見せたことのない生まれたままのわたしの体を隅々まで見たのですわ」
「ル、ルーナ……!」
部屋の隅でずっと様子を窺っていたわたしはそっとふたりに近づいた。国王がわたしの姿を見て「おぉ、ルーナ!ルーナ!」と手を伸ばす。その姿は滑稽で、まるで蜜を得た獣のようにも見えた。わたしはこの男のその手を初めて自ら受け入れてやったのだ。
伸ばされた手を包むように握ってやっただけで国王は喜んだ。本当なら指先ですら触りたくなんかない。だが、わたしに異常なまでの執着を見せる憎いだけの男を最後くらいはわたしの息子の為に活用しようと思った。
昔、国王が「まるで月の女神の化身のようだ」と言ったあの頃を再現するかのように、わたしはふわりと微笑んで見せる。
そんなわたしの姿を見て王太子と国王は目を見開く。いつもは愛想笑いすらしないわたしが微笑んだだけで国王は頬を染めたが、次の言葉にその表情を険しくした。
「……陛下、王太子は就寝中のわたくしの体に覆い被さりわたしを慰み者にしようとなさりました。わたしが只の愛妾だから、父の物は自分の物だとおっしゃって無理矢理暴こうとなさったのです。以前からわたしの体に興味があり欲しくて気が狂いそうだったとも……。
女に飢えていらっしゃったみたいですわね。そして、わたしの一糸纏わぬ姿をご覧になられたのです。わたしとても怖かったですわ……」
妖艶な笑みと共に国王にしなだれかかって見せる。ここへ連れてこられてから初めて国王に甘える態度を見せてやった。
その姿に挑発されていると感じたのか王太子が思惑のままに口を開く。こんな浅はかな男が次代の王ではどのみちこの国は廃れていくだろうなと思ったら可笑しくて涙が滲んできた。国王はそれを見て見事に誤解してくれているようだけど。
「あ、あんな爛れた化け物のような体の女などに誰が……!」
多分わたしを罵ったつもりなのだろう。だがそれは間違いである。わたしの体の秘密を知るのは国王のみ。毒を盛った王妃ですらわたしの体にどんな変化が起きたかは知らないのだから。只、毒が上手く効かなくて死ななかったとしか認識していなかったのだ。
それなのに、王太子はわたしの体の秘密を知っていた。それはわたしの言葉が真実であると言う確信たる証拠でもあった。
「……アヴァロン、きさまぁぁぁ……!」
「ひぃぃぃ!!」
国王がここまでわたしに執着するのは、王妃の毒の効果だと知ったらここの王族はどんな顔をするかしら?
国王は元々わたしにご執心だったがここまでじゃなかった。だがあの毒の香りに1番あてられたのは国王なのだ。本格的な症状が出る前に他の毒で相殺したけれどあれから国王は異様なまでにわたしに執着している。
わたしの体に触れていいのは自分だけだと。月の女神のような微笑みを見せてくれるならなんでもすると。そう懇願するほどに。
毒の症状は酷くはならないが良くもならない。その独占欲は我が子でもあるはずのジーンルディの存在に嫉妬するほどだ。
だから、もうひとりの息子だって例外じゃない。
占星術師がこっそりと連絡してくれた内容にわたしは嬉しかった。ジーンルディが自分で生きる道を見つけた今、もう薬が手に入らなくてわたしの体が朽ち果てようとかまわない。生き続ける目標は達成されたのだから。
すべてはこの日のために。わたしが母親としてあの子のために出来ることを……。
だからわたしは国王の耳元で悪魔の囁きを口にした。
「ねぇ、陛下。わたし、王太子の存在が怖いの……どうかわたしを守って下さい。────アヴァロン王太子を殺して?」と。
国王の目に映るルーナのその姿は、この世のなによりも美しかった。




