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48 わたしの闘い(ルーナ視点)

つい指をわきわきと動かして聖女様を抱き締めようとするわたしとそれを阻止しようとする愛息子のジーンルディが攻防戦を繰り広げていると、ターくん……今はターイズだったわね。が咳払いと共にわたしたちの間に割り込んできた。この子もすっかり大きくなったわねぇ。



「ルーナ様、申し訳ないのですがあまり時間がありません。実は聖女様は王太子に襲われそうになった所を逃げてこられたんです。ジルが牢から逃げ出したこともそろそろバレているかと……。たぶんここにも追手がやって来ます」


「あらあら、そうだったのね。きっとあの王太子の事だから聖女様と無理矢理にでも既成事実を作ろうとしたんだわ。本当にあの王太子はナルシストの自信家で思い上がった能無し阿呆のくせに、まさかジーンルディのお嫁さ……いえ、聖女様を襲おうとしたなんて許せないわ!」


まったくあの王太子は何から何まで下衆な父親にそっくりだ。わたしはターイズとジーンルディを押し退け、聖女様の手をそっと握った。今度はジーンルディも邪魔をしてこなかった。


「聖女様、占星術師の言葉についてはご存知ですね?なぜ聖女様が異国へ連れてこられたのかも……」


「はい……。聖女は“呪われた王子”を滅する存在だと言われました……」


聖女様の手は、かすかに震えているようだった。それはそうだろう。この子は少し前までは普通の女の子だっただろうに、突然にこんなことに巻き込まれてしまったのだから。


「そうですね、ただその意味はあなた様が考えていらっしゃる意味とまったく違う可能性があるのですわ」


「えっ……?」


そしてわたしはジーンルディにそっくりだと言われる笑みを浮かべると「このことはまだ誰も知りません。もちろん、“呪われた王子”であるジーンルディ本人も。……ぜひ、聖女様ご自身でその真実を確かめて下さいませ」と聖女様に耳打ちをした。


わたしの言葉に驚いた顔をした聖女様が何か問おうと口を開きかけたが、扉の外から慌ただしい足音が聞こえてくる。来るのが早いのよ、この部屋への抜け道も見つけられない能無しのくせに。


 まぁ、ジーンルディが逃げ出したとなればわたしの所に必ず来ると思っているんでしょうけれど。


「あらあら、もう追手が来たようだわ。さぁ、早く……その古い暖炉の中に抜け道があります。そこを通れば聖女様に真実を教えてくれる方がいらっしゃる秘密の場所にいけますよ。少し汚れてしまいますけど許して下さいね」


「で、でも、ルーナ様は……?!」


「わたしは大丈夫。これでも長年国王の愛妾などやっておりますから、それなりに対処法は心得ておりますわ」


そうして聖女様たちを暖炉の中に押し込め、全てを覆い隠すように今は使われていない暖炉の飾り扉を閉めた。こっちの抜け道は久しぶりに使うけれど《《あの方》》ならきっと出口を開けておいてくれるはずだわ。









***







「おい!ここに出来損ないと聖女を匿っているんだろう?!早く出せ!」


荒々しく扉を開け、なにやらボロボロの王太子が部屋に入ってきた。まるで罠にでもはまったかのようなその姿に思わず笑いそうになってしまう。こいつらの前でなんか決して笑みを見せたりしないけれど。


 ジーンルディと聖女様のどちらがやったのだろうか?もし、もう一度会えたら教えてもらえるかしら……。


「あらあら、王太子殿下ではありませんか。こんなところに何のご用です?ずいぶんと汚れてらっしゃいますけれど……それにお尻から血がでていますよ?」


「う、うるさい!ふん、相変わらず愛想の無い顔だ!王太子である僕が来たんだから笑みのひとつも見せられないのか!」


わたしはこれまで、息子であるジーンルディとその友達の子の前以外で一切笑みを見せていない。あの王族のせいで愛想笑いすら忘れてしまっていたから。あぁ、さっきは楽しかったわ。だってもう2度と会えないかもしれないと思っていた我が子に会えたんだもの。


「申し訳ございませんが、ご自分の父親の愛妾を慰み者にしようとなさる方に見せる笑みなど持ち合わせておりませんのよ。……お父様に言いつけない代わりにもうわたしの部屋にはこない約束はどうしましたの?」


「な、生意気な……!ちょっと父上に気に入られているからって調子に乗るなよ!」


ワナワナと怒りに震える王太子だが、この男はジーンルディが旅立った直後にわたしを襲おうと寝床に侵入してきたことがあるのだ。なんだったかしら……そうそう「父上の物は僕の物」とか「最近父上が渡ってこないから寂しいだろ?」とか言いながらわたしの上に覆い被さってきたのだったわ。気持ち悪かったのよねぇ。


ジーンルディがいないから簡単だと思ったようだけど、わたしの《《秘密》》を知って尻尾を巻いて逃げたくせに今さらよく吠えること。


「あらあら、ではお父様にそうおっしゃってくださいな。物珍しい灰眼の愛妾を慰み者にしようとしたら王妃様の毒のせいで醜くなっていたので襲えませんでした。と」


そしてわたしは王太子の前で着ていた衣服をするりと脱ぐ。生まれたままのわたしの体を見て王太子の顔が盛大にひきつった。


「ひぃっ……!」


「言えませんよね?だってわたしに近づかないようにお父様から言われてるのにまた忍び込んだのですもの。お父様の物だと言われているわたしの肌を見たんですもの。……お仕置きされるのはどちらかしら?」


わたしは突然の病に侵され臥せっていることになっている。それも、特殊な薬がないと生きられない体だと。


それは概ね正しいだろう。ただ、病とは少し違う。


わたしは嫉妬にかられた王妃にとある毒を盛られた結果、こんな体になってしまったのだから。



それは飲んだら最後、異性から血や肉の欠片、髪の毛一本すらも求められてしまう特別な毒だった。飲んだ者の匂いに感化された異性は異常な程にその人間を求め出す。その欲求はだんだんと酷くなり肉を食いちぎられ血を啜られ、骨の欠片も残らなくなるらしい。とある媚薬から品種改良されたその毒は拷問用らしいが、あの王妃はそれだけわたしを憎んでいるのだろう。


ただ、わたしはすぐさま食事の味の変化に気付いたおかげで毒の摂取はごく少量だった。それに毒の効果には相性もあるらしくジーンルディには効かなかったことだけが幸いした。だが、あきらかに周りの男たちの態度が変化しだしたのを見て……わたしは毒の効果を打ち消すための別の毒を飲んだ。


その毒は体内の内臓を腐らせ、蝕んだ。だがその腐った臭いがあの毒の臭いを打ち消してくれたのだ。


代償として、胸から下の肌……腹の部分が醜く爛れてしまったけれど。誰かに食われて死ぬなんてまっぴらごめんだし、わたしがそんな死に方をしたらきっとジーンルディが気に病んでしまうかもしれない。それに、わたしの死に方はもう決めてあるのだから……。


 ただ、わたしの命がジーンルディを脅すための人質にされているのだけが申し訳無かった。でも《《まだ》》だ。この命を最大限に使うのは今ではない。


「誰かをお探しのようですけれど、こんな姿のわたしとふたりきりの所を誰かに見られたら困るのはあなたではなくて?こんな腐った体を求めた罪で、お仕置きされるがいいですわ」


国王陛下は最低な人間だが、まだわたしに執着している。わたしとの間に産まれた子供は殺そうとするくせに、だ。だからか理由をつけては薬を手配してくれるのだ。


特殊な薬とは腐敗止めである。しかも生きている人間に使える腐敗止めとなればかなり希少だし入手ルートも限られているはず。国王の金はほとんどがわたしの体を繋ぎ止めるために使われているといえるだろう。それが愛情だと言えば言えなくもないが……。だがこんな体になっているなんてジーンルディに言えるはずもない。それでなくても心配ばかりかけているのに、真実を知ればあの子はわたしの側から離れなくなってしまう気がしたから。


……でも。と、ジーンルディと聖女様の事を思い出す。


今のジーンルディなら、自分の運命とも戦えるだろうと思えるのだった。







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