29 どうやら嵌められたようです
パタン。と、静かに扉を閉める音が響いたかと思うと「うふふ」となんとも甘ったるい声が耳に届きました。……あれ?一瞬だけ意識が遠のいた気がしましたが、いつの間にか戻っていますね。ただ、体はピクリとも動かないし目も開けられません。その分聴覚が敏感になっているのか、アミィ嬢の声がやたらハッキリと聞こえてきます。
「あー、おっかしい!ほんと馬鹿な女ね。あんたみたいな不気味な桃毛がマジで聖女になれると思ってたのかしら。こんな毒入りのお茶にも気付かずに簡単に口をつけるなんてざまぁないわ!モブ女が調子に乗るからこんなことになるのよ!あんたなんか、悪役令嬢ですらないんだから!ププッ……!まぁ、今時の流行りはピンク頭の女はバカで調子乗りで絶対に破滅するって決まってるもんね!」
少し興奮しているのかわずかに飛沫が飛んできます。そして早口でそう捲し立てると私が倒れて体を預けているソファーを足で蹴りつけたのか、がん!と振動が伝わってきました。しかし、所々に意味のわからない単語がちりばめられているのですが……モブ?とか、悪役令嬢?それにピンク頭は破滅とか……なんのことでしょうか?まぁ、きっと全部私のことを貶している言葉なんでしょうけれど。
それにしても、まさかアミィ嬢にざまぁをされるとは思いもしませんでした。毒を盛られるなんて油断していたと言われても仕方ないかもしれませんが……。いえ、だからその可能性も考えてお茶に手をつけずにいたのにジルさんのせいでつい飲んでしまったんじゃないですか!まんまと謀られた気がしてなりません。これは絶対にお茶を飲むように誘導されたに決まってます。
「ねぇ、ほんとにこれであたしを聖女にしてくれるのよね。あなたから来た手紙の通りにしたわよぉ?」
そんな考察中に聞こえてきたのは甘ったる過ぎて溶けた砂糖のようにべとつきそうな声と衣擦れの音でした。これだけでアミィ嬢がジルさんに寄りかかって抱きついているのが手に取るようにわかります。ジルさんが鼻の下を伸ばしてるのかもと想像すると殴りたくなりますが。
と言うか、私が出したのとは別の手紙?をアミィ嬢宛に出していたようですね。また私に内緒でなにかしていたんですか……そうですか、私は蚊帳の外ですか。うん、やっぱりぶん殴ってやりましょう。手を組むって約束したのに……私を巻き込んだのに……勝手なことばかりするジルさんなんて本当に大嫌いです。
「もちろんさ。君の美しさにオレはメロメロなんだからね。でもそのためには色々と裏から手を回して手続きをしなくちゃいけないけど……大丈夫、オレが必ず君を輝かしい未来に導くよ。だからオレを信じて?」
……あぁ、もう見なくてもわかります。今、ジルさんはぜったい胡散臭い顔をしてますよ。全財産を賭けてもいいです。こんな胡散臭すぎる声色を聞いて素直に信じる人がいるはずがな……。
「嬉しいわ!きっとあなたなら絶対にあたしの本当の魅力をわかってくれると思っていたのよ!!うふふっ!やっぱりこっちがあたしの真のルート……ううん、あなたが本当の運命の人だったんだわ!」
おっと、信じる人がいましたね。あんなに胡散臭そうな声色なのにすんなり信じるなんてアミィ嬢ったら案外間抜けなのかもしれません。……というか、ルート?とはなんのことでしょうか。それにしてもジルさんが運命の人とはどうゆうことでしょうか……アミィ嬢の運命の相手は隣国の王子なのではなかったのですか?
「じゃあ、まずはこの書類にサインしてくれる?」
「なぁに、これぇ?」
今度はガザガサと紙の束の音が聞こえてきました。その合間にもアミィ嬢がジルさんに甘えるようにしなだれかかっている雰囲気の音がやたらと聞こえてきたせいで妙にモヤモヤとしてしまいます。
あぁ、もう!なんで男性ってこんなあからさまな態度の女性が好きなんですかね?!アミィ嬢の魅力に堕ちていなかったとしても、やっぱり男の人はアミィ嬢みたいな女性が好ましいのでしょうか。綺麗で可愛てくて甘え上手で……私には無い魅力を全て持っている人。それがアミィ嬢なんですもの。
「これは、君がこの公爵家と縁を切るっていう書類だよ。でないと君が聖女として功績をあげる度にここの公爵家に報償金が入ってしまうんだ。どうせならそのお金も全部君に入るようにしてあげようと思ったんだよ。お金なんていくらあっても困らないだろう?……君には使いきれない程の金貨の山が似合うよ」
「確かにお金はいくらであっても欲しいけど……。でも、公爵令嬢でなくなったら……」
珍しくアミィ嬢が戸惑っているようでした。やはり公爵令嬢としての立場をなくすのは惜しいと思ったのでしょう。かなり好き勝手していましたものね。
「心配いらないよ。いいかい、計画はこうだ。
まず君は公爵家と完全に縁を切る。“アミィ”と言う令嬢はこの国から姿を消すんだ。
そして君はこの聖女とすり替わるのさ。この国にいる間だけ我慢すればいいだけだよ。しばらくは顔を隠して異国に行くためのお清め期間だとか言っておけばいい。異国にさえ行けばオレの権限で聖女の髪の毛の色なんてどうとでも言いくるめるからね。それに、聖女になれば王族と同じ……いや、それ以上の権力と地位を手に入れられるんだよ。たかが公爵令嬢の地位なんかなんの価値もないさ。君は貴族のしがらみから解放され唯一無二の存在になるんだ」
その瞬間。戸惑っていたはずだったアミィ嬢は「あぁ……っ!やっぱりあたしはヒロインだからドラマチックな展開になるんだわ……!これであたしは幸せになれる……!」と叫びました。たぶん、歓喜の身震いをしたのでしょう。見えてなくてもわかるくらいにアミィ嬢の興奮は凄まじいものでした。
「唯一無二の存在……!そうよ、それこそあたしの求めるものだわ。そしてそれこそがあたしに相応しいものなのよ!やっぱり正しいルートだとウルトラハッピーエンド確定なのよね!うふぅ!!
……でも、この桃毛女はどうする気なの?一応まだ生きてるんでしょ?体の自由を奪う薬なんて希少な物なんか使わずにさっさと殺せばいいのに!あぁ、なんて邪魔な女がなのかしら!?」
「まぁまぁ……それは大丈夫だよ。誰にも気づかれずに闇に葬る事なんてオレには簡単だしさ。ただ、君の手を汚したくないからこんな薬を使っただけで本当は早く始末したくてしょうがなかったんだよ。周りの人間はこの桃毛女は異国へ行ったと信じて疑う事はないから安心して」
ぐいっ!とアミィ嬢がジルさんに近づいた気配がしました。たぶん、ふたりはこれ以上無いくらい密着しているでしょう。ぴったりと寄り添う姿を想像すると居心地が悪い気がします。
「本当に信じていいんでしょうね?もしあたしを嵌めたらあなたも道連れにしてやるから!」
「ご褒美に君をくれるなら、悪魔にだって魂を売るよ」
「うふふ……!じゃあ、ちゃぁんとこの女を消してくれたら、あなたの望みを叶えてあげてもいいわ……」
チュッ。と言うリップ音がやけに大きく聞こえ、アミィ嬢のクスクスと笑う声が響きました。
この続きなんか聞きたくない。そう思っても耳を塞ぐ事も出来ずやたらと不快な気持ちで時が過ぎるのを待ったのでした。




