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五十一夜 ゆらゆらと ふるべ〔振袖がどうして長いのかの件〕

 〔天文十七年 (一五四八年)九月二十日〕

 あと十日で十月になる。

 四月と十月は衣替えとなり、居間に俺が着る冬服がズラリと並んでいた。

 数年前まで中根家なら祖父のお古を仕立て直していたのだが、去年の秋から俺は派手に動き過ぎた為に織田一門衆に列せられた。

 正月から夏まで出来合いものに家紋を刺繍させて間に合わせてきたが、熱田を代表する方が出来合いものでは恥ずかしいらしい。

 お抱えの呉服屋では、上級武士が着る衣服を仕立てられない。

 そこで母上は今年四月に神宮で着る衣装を持ってきた呉服『桔梗屋』に注文を出した。

 桔梗屋の武田(たけだ)-忠兵衛(ちゅうべい)は、張り切って多くの反物を持ってきて、母上に見せた。

 一番に目に付いたのが、『辻が花染』と呼ばれる辻が花で描かれた鮮やかな反物であった。

 お値段が二桁も違う。

 普通の衣装は単色の反物に刺繍で絵柄を描いてゆく。

 反物に絵柄が描かれている『辻が花染』が目に付く。

 俺は落ち着いた藍色の反物を選んだが、母上が『辻が花染』が気になった。

 俺は白い反物に『友禅染』で単色の絵柄を描いた物が欲しいと忠兵衛に要求したが、忠兵衛が首を捻った。

 友禅染めを知らないらしい。


 俺が簡単に友禅染めを説明すると、糊を使うことに驚かれた。

 詳しい『辻が花染』の技法を忠兵衛も知らなかったが、糊を使うことを知っていた。

 糊を使うと言ったところでピーンときた。

 この『辻が花染』は糊技法と搾り技法のミックスだ。

 俺は絵師から絵具を借りに行かせて、台所に場所を移して理科の実験をして見せた。

 糸をぎゅうと絞った箇所は布を染めても、そこだけ染まらない。

 これが『辻が花染』の基本だろう。


一方、糊を混ぜた絵の具で一部だけ数色の色で、いくつかの三角形を描いた。

後は、蒸し器に入れて蒸すと定着する。

洗っても簡単に落ちない。

これが『友禅染め』の基本だ。


最後に、白い反物に蝋を三角形に塗り、全体を染めてみせる。

お湯で洗うと、蝋を塗った三角形が白く残っている。

何度も塗り分けることで多彩な色を染めることがきる。

これが『蝋結(ろうけつ) 染』の基本だ。


具体的なデザインは地元のおばあちゃんに任せていたので知らないし、どうやって多彩な色を定着させたかも知らないが、色々と混ぜて彩色すると、鮮やかなハンカチや(さらし)が完成し、地物の名産品として売る商材となった記憶が蘇る。

『辻が花染』の淡い色合いも悪くないが、『友禅染』の鮮やかな色合いも華やかだ。

麻の反物は中根村の特産品の一つであり、村人と桔梗屋と組んで色々な反物を作ったらしい。

その反物で作った衣装がずらりと並ぶ。

直垂(ひたたれ)狩衣(かりぎぬ) (武家用)、水干(すいかん)衣冠単(いかんひとえ)浄衣(じょうえ)白衣(はくえ)と、その成果が目の前にあった。

 

 俺が一番気に入っているのが、神宮で着る白衣だ。

 侍女や女中が着る小袖に袴を締めたような衣装であり、シンプルで動き易い。

 気楽さが一番だ。

 しかし、先日の重陽祭(ちょうようさい)などでは、俺も烏帽子を被り、儀式用の狩衣を着て出席した。

 上着はぶかぶかの上に、差袴は足を隠すほど長い。

 動き難い、歩き難い。

 小祭(しょうさい)は、まだ良い方だ。

 大祭(たいさい)になると、衣冠単という全身を覆うような衣装となる。

 夏場は地獄だ。

 元服もしていない見習い神官の俺は、淡い藍色である筈だが、熱田明神の生まれ代わりが藍色ではまずいということで赤を身に纏っている。

 元服すると、自動的に千秋季忠と同じ黒になるらしい。

 千秋季忠は、今すぐでも黒にしたい。

 何故か知らないが、中祭(ちゅうさい)では身分を問わず浄衣は白となる。

 祭服のすべてに貴重な絹が使われている。


城や出掛けるときは水干を普段着として利用している。

よく着るので、水干は三種類もある。

どれもデザインが派手であった。

俺の侍女が総入れ替えでベテランがいなくなり、城のことは母上の侍女を頼っている。

当然、そこには母上の意見がくみ取られた。

母上の好みで決められた結果だ。

千代女やさくら達も気にいっている。


「鮮やかに波打っている赤が見事です」

「千代女様、私もこんな衣装の小袖を着てみたいです」

「さくら、無理を言ってはなりません。この『蝋結染(ろうけつぞ)め』という技法は、魯坊丸様が考えられた新しい技法です。ロウ染めの小袖などはどこにも売っていません」

「そうでした」

「紅葉はどれが気にいった」

「私はこちらの友禅染めの狩衣です。色とりどりで華やかであり、魯坊丸様にお似合いです」

「そうだな」

 

 楓を除く、千代女とさくらと紅葉が新しい衣装に興味をもって話していた。

 楓は着物に興味がないらしい。

母上との話が終わる忠兵衛が、こちらに来て俺の前に跪いた。


「魯坊丸様、お願いでございます。この反物を一手に桔梗屋にお任せ下さい」

「最初から熱田と津島の呉服商に卸すつもりだ」

「そうではなく。この桔梗屋のみに卸して頂けませんか」

「独占か」

「お願いいたします」

 

 独占させても俺にメリットがない・・・・・・・・・・・・あっ、そうだ。

 鍛冶師集団である金山衆に旋盤(せんばん)を造らせるつもりなのだが、基本構造以外はまったくわからない。

 職人にすべて丸投げして開発してもらうのだが、手始めとして手機織(てばたお)りから豊田(とよだ)-佐吉(さきち)の豊田式木製人力織機を注文している。

 豊田式木製人力織機は、地元産の布はこれで作っています感を出す為に、豊田さんがレプリカを分けてもらった。

 展示館には、信長の火縄銃と一緒に人力織機が並んでいた。

 人力織機の説明案内を俺が制作することになり、経費削減で設計図の説明看板を俺が書いた。

俺は設計図をコピーできるくらいに詳しくなったのだ。

 再現した設計図を金山衆に渡して、人力織機の製造を依頼した。

木工を扱う大工職人と鍛冶師が一緒に頭を抱えた。

 今後、新たに雇う新人の登竜門に人力織機の制作させることにしようと、金山衆の親方と話している。

 次々と完成してくるであろう人力織機の費用が割と掛る。

そこで俺は閃いた。


「桔梗屋、金山衆が造る人力織機を買って中根村で反物作りの工房を運営しろ。そこでできた反物のみ、染め技法で染めて売ることを許可する」

「人力織機を買えと」

「その工房を運営するのは桔梗屋だ。そこでできた反物をどう扱うは桔梗屋に任せる。それならば、独占を認めよう」

「やらせて下さい」

「任せたぞ」

 

 人力織機は安くない額になるだろう。

 独占で儲けた銭をそこに投資してもらおう。

 これで金山衆の金策もできた。

 しかし、問題は袖の長さだ。


「千代。水干の袖の長さが、今の奴より長くないか?」

「魯坊丸様は織田家一門です。あまり短いものは恥ずかしいと考えられます」

「どうして、こんなに長いんだ」

「袖を振ると邪気が払え、運気が上がるからです」

「邪気?」

「鎧にも、肩に大袖がございます。邪気は払って身を守ってくれるのです」

「他にも幸運を運ぶ意味もあります」

 

 話の横から紅葉が付け加えてくれた。

 古今和歌集に「色よりも香こそあはれと思ほゆれ 誰が袖ふれし宿の梅ぞも」とあるが、その袖がふれるとは、幸運を運んでくる意味らしい。


「実際は、衣服の袖の形に作った袋を二つひもで結び、香料を調合した匂い袋のことを「誰が袖」と言います」

「紅葉は物知りだな」

「いいえ、魯坊丸様ほどではありません」

「では、この袖の小さい直垂は何だ?」

「こちらは鎧直垂といい、鎧の下に着る直垂です。戦場では、長い袖は邪魔にしかなりませんから」

「普段着として着るのはダメか」

「駄目でございます。袖はゆらゆらと振るえるのがよいのです」

「ゆらゆら」

「はい、ゆらゆらです」

 

 あっ、何となくわかった。

 神宮の早朝、太鼓を合図に拝殿に上がって大祓詞(おおはらえのことば)の祝詞を詠む。

 そこには、「布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)」という払い一節がある。

 俺は「ゆらゆら」を波のようなものと考えていたが、布瑠部という宝を振り動かすことを、「由良由良ゆらゆら」と玉の鳴り響く音を鳴らすことを意味するらしい。

 ゆらゆらと動かすことが邪気を払うならば、袖がゆらゆらを動くことも邪気を払うに通じるのではないだろうか?

 そう考えれば、正月の振袖の袖がやたらと長いのも納得だ。

 公家の袖が長いのもその辺りであり、大名もそれを真似る。

 だから、高貴な人ほど袖も長くなるのか?


「千代、邪気払いは俺に関係ない。袖を短くならないか?」

「無理です。魯坊丸様はまだ元服しておりません。普段着の狩衣は魯坊丸様の意見を取り入れて、奥方様が短めに依頼されましたが、元服後は直垂と同じ長さになるそうです」

「マジで?」

「奥方様からそう伺っております」

 

 NOぉ、狩衣だから短いのじゃなく、普段着だから短めだったのか。

 絶望した。

 袖なんて邪魔なだけだよ・・・・・・・・・・・・そう言えば、時代劇で肩衣(かたぎぬ)という袖を切った衣装になっていたな。

 肩から袖をスパーンと切った人は偉大だよ。


あとがき

 肩から袖を切った方は誰でしょうか?

 答えは、織田信長です。

 実務で、袖が邪魔になって切ったのかもしれません。



◉武田-忠兵衛 呉服『桔梗屋』の主人オリジナル

時代劇で「桔梗屋、お主も悪よのぉ」と言われますが、その元ネタが『一休さん』なのかは微妙ですが、越後屋が出ないときは、桔梗屋になっておりました。

一休さんの呉服『桔梗屋』の主は、桔梗屋 利兵エ(衛)と言います。

桔梗屋を調べますと、明治22年(1889年)創業の和菓子店・桔梗屋が、昭和43年(1968年)に発売した山梨県の名物土産『桔梗信玄餅』に行き着きます。

信玄餅は、武田信玄が戦に持参していた切り餅が原形となり、山梨県の銘菓で、金精軒の「信玄餅」と桔梗屋の「桔梗信玄餅」が有名だそうです。

呉服屋でピーンときた、『桔梗屋』と武田と縁があるようなので、姓を武田としました。

利兵エ(衛)も面白いネタがないかと探しましたが、ございません。

そこで神宮前の忠兵衛白鳥店のご飯が美味しかったので忠兵衛としております。

第一巻では、名前を出すほどのシーンなので桔梗屋としか出ていません。

 

■室町末期の衣装

色々と面倒な作業でした。

趣味で調べていただけですけど、頭がパニックになります。

直垂には、邪気を払う菊文様を施すことがあり、また振袖には厄除け・厄払いの意味があります。

正月の振り袖が長いのも、厄払いや良縁を引き寄せる願いが込められているためです。

しかし、戦場で袖が長いのは邪魔でしかありません。

そこで鎧直垂という袖が短い直垂が考案されたようです。

色々な直垂をみて感じたのは、官位が高い方ほど長い袖をしており、下級武士は実用性を重視して、ほどほどの長さの袖に収めていたのではないかというのが私の推測です。


本編では、長々と説明すると、小ネタばかりが続き小説のリズム感が失われるので省いていましたが、補完小説なので紹介させて頂きました。


直垂姿の公家

https://www.iz2.or.jp/fukushoku/f_disp.php?page_no=92


直垂

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E5%9E%82


鎧直垂 (紅地桐文散錦直垂)

https://www.c-able.ne.jp/~mouri-m/cgi-bin/syuzouhin.cgi?n=24


装束の種類(直垂)

http://www.kariginu.jp/kikata/1-6.htm


神官の装束

https://www.nippon.com/ja/views/b05212/


神職と神社 まめ知識

http://www.kariginu.jp/kikata/sinsyoku.htm


「神主さんの服装」袴の色で位がわかるって本当?

https://hotokami.jp/articles/111/



格衣

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%BC%E8%A1%A3


狩衣

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%A9%E8%A1%A3


水干

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%B9%B2


浄衣

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E8%A1%A3

 

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