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四十一夜 天王祭と服部家のちょっかい

 〔天文十七年 (一五四八年)夏六月十四日夜〕

天王祭、車河戸(くるまこうど)と呼ばれる船泊め場から五百個の提灯に火を灯して、五艘の巻藁船(まきわらぶね)(提灯船)が天王川を渡った。

俺が見た天王祭は天王川ではなく、天王公園の細長い池に浮かんだ巻藁船であった。

五ツ屋台に灯された五百個の提灯が美しく輝いていた。

案内ガイドが「あの信長様も橋の上からご覧になった」と言っていたのを思い出した。

何の因果か、戦国時代にやってきた俺は津島の大橋家から信長兄ぃも見た天王祭に招待された。

天王橋はまだ架かっていない。

あの細い池でなく、津島湊の脇に据えられた車河戸から五艘の巻藁船が動き出した。

五艘の巻藁船は津島五か村である堤下(とうげ)米之座(こめのざ)今市場(いまいちば)筏場(いかだば)下構(しもがまえ)が独自に作ったらしく、屋台の形も様々であり、また提灯の数も疎らであった。

あの独特な形は江戸時代にでも整っていったのであろう。

細長い横笛の音色が流れ出し、それに合わせておはやしの太鼓も鳴り出した。

天王祭は宵祭(よいまつり)の前夜からはじまり、祭りの無事を祈願して花烏帽子を被った(ちご)が町を回る児打廻(ちごうちまわし)が行われる。

七歳までは神の内と呼ばれるからだろうか?

神様の依代として児が選ばれ、地面に足をつけないよう、肩車をされて各車屋を出発し、車河戸で船上奏楽を行った後、行列は津島神社へと向かい、神社の拝殿前で三度打ち廻しを行って終える。

翌朝に神官らが神輿を担いで町を歩きく神輿渡御(みこしとぎょ)が行われる。

神霊が神輿や船に乗って巡幸する様子を指している。

渡御祭や神幸祭、お旅、お出でとも呼ばれ、これはスサノオノミコトが病魔を集めて回ったのを再現しているのであろう。

厄を集めた神輿が巻藁船に載せられて、厄を川へ流す。

それが天王祭である。

護衛のさくららも騒がしい。


「魯坊丸様。沢山の提灯が鮮やかで凄いです」

「これが津島の祭か」

「楓もそう思うでしょう」

「闇夜に沢山の提灯に彩られて綺麗ですね」

「紅葉もそう思いますか。千代女様はどう思われますか」

「さくら、落ち着け。私も楽しんでいる。だが、護衛の本分を忘れるな」

「も、もちろんであります」


俺の横に母上、その横にくら姉上とその子供らが並ぶ。

船は川の流れに任せて、優雅に下っていた。

明日、十五日の朝に津島の車河戸に戻され、能人形を載せた車楽舟に様変わりして、神社方の御御所に向かう。

その前にフンドシ一丁で天王川を泳いで渡り、神域の結界を開く儀式があるらしい。

そうして児も神輿も神社に戻される。

母上は明日の神輿還御(みこしかんぎょ)も見たいと駄々を捏ねているが却下だ。

俺は熱田の神官であり、津島の神官ではない。


「母上、今回は諦めて下さい」

「魯坊丸が頼むならば、何とかなるでしょう。くらの方もそうおっしゃっておられます」

「無理を通すと高く付きます。いずれは縁も深くなり、津島神社より招きを受けた時は一緒に見に行きましょう」

「絶対ですよ。絶対の絶対ですよ」


神事が大好きな母上と約束させられた。

熱田神宮と津島神社に確執は存在しないが、色々な意味でライバルである。

まず、熱田神宮は、草薙ノ剣をご神体として祀り、尾張氏の守り神だ。

一方、津島神社は、スサノオノミコトを主神として祀り、疫病などを払う。

熱田を信仰するのは中心とした北朝の武士が多く、津島は南朝と縁が深い事から南朝の武士が多い。

織田弾正忠家を支えてきた津島衆は、熱田衆の追い上げに苦慮している。

その中心である俺を亡き者にすれば、熱田の勢力を削ぐ事ができる。

そんな不埒な事を考える輩もいない訳ではない。

さらに言えば、織田家を支えてきた津島衆は、筆頭の堀田家とくら姉上が嫁いだ大橋家である。

この二家に反発する家もある。

反織田家の筆頭が服部家だ。

中でも、津島から南に下った市江島の荷之上城(にのうえじょう)を居城にする服部(はっとり)-左京進(さきょうのしん)-友貞(ともさだ)は今川方と称し、長島一向衆の傘下にある。

津島商人にとって長島の僧侶はお得意さんだ。

長島一向衆と争いたくないので放置されており、小さな小競り合いを繰り返している。

織田信光叔父上が石山御坊と酒同盟を結ぶと、長島一向衆はどうでるか?

長島一向衆を織田方に引き込めれば面白いと思うのだが、どうなるかはまったくわからない。


「母上。津島衆は織田弾正忠家の支援者ですが、熱田衆の味方ではありません」

「其方は織田一門でしょう」

「俺は織田一門に数えられていますが、熱田衆である事に変わりません。寧ろ、熱田衆の神輿です。禄に護衛も付けられない津島神社の奥に母上を連れて行けません」

「津島神社が何かするのですか?」

「神社の関係者は何もしませんが、手薄な所を襲ってくる不埒者は多いのです」

「仕方ありません。今回は諦めます」

「そうして下さい」


今朝、勝幡城で田屋宗時を信実叔父上に紹介し、周辺で自由に動く許可を貰った。

しかし、宗時には津島の土地鑑がない。

どうしたものか?


「千代、短期間に土地鑑を養う方法があるか?」

「普段から散策するくらいです」

「散策か」

「こちらのどこかを拠点にして、周辺を探らせては如何でしょうか?」

「そうするか」


前回は竹千代救出というイベントがあったが、今回は特にない。

大橋家に戻った俺は、くら姉上の夫の大橋(おおはし)-重長(しげなが)に困っている事はないかと尋ねた。


「困っている事ですか」

「難しい問題でなく、ささやかな問題でもよい。寧ろ、簡単な方がよい」

「簡単なと言われましても・・・・・・・・・・・・おぉ、そうです。大殿が美濃・三河と続けて負けた事で、織田弾正忠家の行く末を不安に思う者が多くなっております」

「津島衆でか?」

「商人らは大殿や信長様、そして、魯坊丸様に期待しておりますが、商家は分家が商っている事が多うございます。本家は武家筋です。我が屋でも分家が商家を営んでおります。その本家筋では、負け続きの大殿に不安を抱いております」

「岡崎城を陥落させて、ご破算になったのでなかったのですか?」

「先だっての戦で岡崎松平家に寝返られましたので、無かった事にされて、寝返りを模索する者が出てきております。特に、荷之上城の友貞から誘いが来ているとか」

「荷之上城の友貞ですか」

「少し引き締めたいのですが、証拠もないのでは何ともできません」

「わかりました。少し探らせてみましょう」


友貞に呼び掛けられた者が身の潔白の為に、織田方の重長に知らせているらしい。

それ自体も偽装工作かも知れないと、重長は考えている。

両属は生き残る処世術(しょせいじゅつ)だと教えられた。

しかし、本気の両属か、見せかけの両属かで意味が違ってくるので放置できない。

重長には簡単に探る術がなく、彼らの動きを注意深く観察し、怪しい所がないかを監視している。

これは宗時らがどこまで探れるかを試すのに丁度よい物差しとなる。

俺は宗時を呼んだ。


「魯坊丸様、お呼びに預かりまかりこしました」

「ずっと訓練では飽きている者もいるだろう。護衛はどうであった」

「よい気分転換になったと思います」

「その序でに、大橋家の頼み事をやってみぬか」

「頼み事でございますか」

「津島衆の動向を探る仕事だ。荷之上城の服部友貞が寝返りの工作をしているらしい。津島の警邏と違うが受けてくれるか」

「お受け致します」

「それは助かる。だが、間違っても命を粗末にするような真似は禁ずる。見つかった場合は大橋家より当家の身の潔白を立てる為に探っていると言えばよい。余程の事がない限り、見逃してくれよう」

「寝返りを決めて、何らかの策謀がバレそうな場合とかですか」

「無い事を祈っておる」

「その方が宜しいですな。皆、喜ぶ事でしょう」

「喜ぶのか?」

「実を言いますと、音羽家より織田家の待遇がかなり良いと聞き及んでおり、どこの家から派遣するかで揉めました」

「そうなのか?」

「幸い、我が家から送る事と決まりましたが、一人前の者は警邏の仕事と聞くと嫌がります。ですから、今後伸びてくる者を選んできました。忍び働きができると聞けば、喜ぶ事でしょう」

「それはよかった」

「田屋家の当主から機会があれば、伝えて欲しい伝言を預かっております」

「何だ?」

「田屋家では、忍び働きができる者を揃えております。御用の時はお声を掛けて下さいとの事です」

「相判った。機会があれば、声を掛けよう」

「ありがとうございます」


音羽家は熟年者と若輩者が多かったが、田屋家は若者が多かった。

だが、熟年者の中に薬草と毒に精通した者がおり、彼らには警邏の仕事から半解放して、薬草と毒草の栽培を命じている。

毒草だって取り扱いを間違わなければ、薬草となる。

そして、熱田の酒造所の周りには罠や鳴子などの仕掛けが施されており、その様々な知識を聞くのが楽しい。

警邏なら一線を退いた熟練者も悪くないと思っていた。

しかし、田屋家は若者を多く送ってきた。

熟練者は二名のみであり、その二人も宗時の補佐とはっきりわかる。

皆、伸び盛りの若者であり、千代女のしごきにも熱が入る。

付き合わせているさくら達も必死だ。

忍びとしての質は田屋家の方が良い者を派遣してくれた。

先物買いだ。

今後、俺が忍びを多く使うと読んでいるみたいだ。

あながち間違いではない。

堺衆の件で懲りた。

情報はやはり自分で集めないと駄目らしい。

田屋の当主の見立ては正しい。

いずれは縁ができるかも知れないとか考えながら、忍び働きの期間は一ヶ月と告げて、宗時を下げた。


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