吸血姫は、涙を隠す
「……ここ、は……」
見知らぬ天井。
何で、私はここにいるのかしら。
頭が回らず、ただボウっと天井の木目を見る。
「目覚めたのね、アウローラ」
聞き慣れた声に首を動かせば、そこにいたのはエミルだった。
……ああ、夢じゃないのか。
そう思ったら、涙が溢れた。
重い両手を上にあげて、顔を包む。
「……ど、どうしたの? 傷が痛む?」
エルマが慌てたように問いかけてきた。
それに、首を横に振って応える。
……夢だったら、良かったのに。
里を、家族を、あんな形で失ったことが。
ヴラドが、私たちを殺そうとしたことが。
全部全部夢で、悪夢を見たとノックスと笑い合えていたら良かったのに。
「……大丈夫。ごめんね、感情が追いつかなくて」
無理矢理、袖で涙を拭う。
……泣くな。泣いている場合じゃ、ないだろう。
だって、まだ終わってない。
「あれから、どうなったの?」
「ノックスといい、貴女といい……」
そう呟いて、エルマが溜息を吐く。
「ノックスは先に目を覚ましたわ。それで今、貴女たちの里の人たちと今後について話し合っている」
「そう……」
体を起き上がらせた。随分と重い。
「ノックスからの伝言。話し合いは済ませておくから、目を覚ましても貴女は寝てて、だって」
「いいえ、起きない訳にはいかないでしょう。私も当事者だもの」
「アウローラがそう言ったら、今の状況を私の口から説明しておいてだって。……そうしたら、貴女は動かないから、って」
エルマは小さく笑った。
「……流石、ノックス。貴女の性格をよく理解しているわ」
溜息を吐きつつ、再びベッドに寝転んだ。
それだけで、体が随分と楽になる。
「まず、貴女たちの今後の話ね。ノックスが、この街に残りたいと申し出た。……そして街は、貴女たちが何であれ歓迎するということで決まったわ」
被害を慮って、あえて感情を出さないようにしているのか、淡々とエミルは説明してくれた。
「……何であれ、って……」
「……聞いたわ。貴女たちのこと。吸血鬼と人の混血の末裔ということを」
「……ごめんね。ずっと、黙っていて」
「何で謝るの!? むしろ、謝られたことの方が怒るんですけど」
「でも……」
「知らずに始まった関係とは言え、そんなことで関係が終わるほど短い付き合いでも浅い付き合いでもなかったわ。貴女が何であれ、私は貴女の友達のつもりだけど?」
「……エルマ……っ!」
「むしろ、吸血鬼って言われて納得。物語の吸血鬼も、超絶美形って描写があるもんね。怪しい美しさ……滾るわー。次の創作インスピレーションがどんどん湧いて来る!」
「……エルマ……」
彼女らしい感想に、再び彼女の名を呟いてしまった。
勿論、先程とは違うニュアンスで。
「話を戻すわね。他の街の被害状況は調査中。今分かっているのは、この街だけでなく他の街も同じように魔物の襲撃に合ったみたい。とりあえず、一つ隣の街は全滅していたそうよ」
ギュッとシーツを掴む。
そうでなければ、感情をそのまま吐き出してしまいそうだった。
きっと、エルマもそう。
淡々と話す割に声は震え、まるで感情を逃すように何度も呼吸を繰り返していた。
おかげでいつもよりゆっくりとした口調で、頭の中に説明が入り易い。
「街の復興もあるから、調査団に人員をそんなに割けないのが実情。とりあえず復興を優先させ、街の防衛体制を見直しつつ、少しずつ周りの街へ街へと調査団を派遣する。それが、街の方針みたい」
「……よく分かったわ。ありがとう、エミル」
「お礼を言うのは私の方よ。正直、貴女たちが街に来てなければ、私もカミルも死んでいたかもしれないわ。街だって、どうなっていたか……。だから、本当にありがとう」
「お礼を言われるほどのことは……」
「したわよ。……聞いたわよ、街から魔物を追い払う時に貴女とノックスが大活躍だったらしいじゃない。貴女たちが戦っていなかったら、もっと被害が拡大していたと思うわ。だから、本当にありがとう」
抱きついてきたエミルの背をポンポン、と叩く。
「貴女たちが、無事で良かった……本当に心配したんだから」
「ありがとう。……何だか、心配してくれる人がいるって、こそばゆいけど良いものね」
エミルが帰った後、入れ替わりで医師が診察に来てくれた。
結果、その場で退院が決定。
医師は私の回復力に驚嘆していたけれども、吸血鬼としては当たり前のこと。
むしろノックスが過保護なだけだと思う。
……多分、寝てれば治った筈だし。
そのまま、ノックスが滞在している家に向かった。
家の場所を、ノックスは病院に伝えておいてくれていた。
今日中には完治すると、ノックスも分かっていたのだろう。
「おかえり」
「ただいま……それから、お疲れ様」
荷物を放って、出迎えてくれたノックスに抱きついた。
「……皆は、何て?」
顔を上げて、彼に問いかける。
瞬間、背中をさすっていた彼の手が止まった。
「里から連れてきた人たちも、街に住むことを了承してくれたよ」
「そう……それなら、明日からは復興のお手伝いね」
彼から離れて、ソファーに向かって歩き出す。
放り出した荷物を回収しようとしたら、彼が先に回収して適当なところに置き直してくれていた。
小さくお礼を言いつつ、彼と横並びでソファーに座る。
「ああ……復興で街の人たちに顔を売る半分、街の防衛で恩を売るってところだな。既に街として機能していないから、割とすぐ溶け込めそうだけど」
「機能していないって……この街、そんなに被害が大きかったの?」
「というよりも、街の重職に就いている人とか富裕層が逃げ出したから。いずれ戻ってくるかもしれないけど……まあ、外の様子を見る限り、逃げ切れた奴はいなかっただろうけど」
「この街に残っていたら、生き残れたかもしれないのにね。……なんて、そんなことはどうでも良いか」
そう呟きつつ、思わず冷めた笑みが溢れる。
「それよりも、里から連れ出した人たちが、街に馴染み易い状況ということを素直に喜ぶべきね」
「ああ。俺には、彼らを里から連れ出した責任がある」
責任を感じる最大の理由を、彼は口にしない。
ぼかすように言ったそれらしい理由が、虚しく耳に響く。
「……。間違えないで。貴方だけの責任もじゃない。私にも責任がある」
だからこそ、踏み込んだ。
このまま、彼だけに背負わせるのは真っ平御免だったから。
「いや……それは……」
「私は、貴方の何? 家族じゃなかったの?」
そっと、彼の頬に手を置きながら顔を近づけた。
「勝手に線引きしないで。絶対に、貴方だけに背負わせないわ。貴方が独りで抱え込もうとするのならば、それを奪うまで。……独りで決着をつけに行くのも辞さないわ」
彼の目が、一瞬にして鋭くなる。
けれども、怯まない。怯んだら、私たちの間に埋められない溝が生まれるような気がした。
「……ヴラドは、俺の兄だ」
「そうね。私の義兄でもあるわね」
「……身内の恥は、身内で雪ぐべきだ」
「いつの間に私たちは離婚したのかしら?」
「そうじゃない! そういうことじゃなくて……君にまで、背負わせたくない」
「貴方が復讐の鬼になるのであれば、一緒に鬼となって地獄を歩きましょう。貴方が罪を被ると言うのであれば、私も共に償いましょう」
彼の睨みを、微笑みで受け止める。
「……愛する、背の君。共に歩けるのであれば、それに勝るものはないのよ。だから貴方が認めずとも、勝手に隣を歩くわ。例えそれが煉獄であっても、喜んで」
やがて、諦めたように彼が溜息を吐いた。
「……敵わない」
そっと、私の肩に彼は頭を乗せる。
まるで、寄りかかるように。




