吸血鬼は、取引をする(2)
「吸血鬼、という存在を知っていますか?」
突然の問いに、誰もが困惑したような表情を浮かべる。
「え、ええ……。知っています。物語に登場する、空想上の存在ですよね?」
代表して、エイシャルが答えた。
「吸血鬼は、決して空想上の存在ではありません。何千年か前には、実在していました」
「……すみません、それがこの事件と何の関係が?」
「私たちの故郷は、黄昏の森の奥にあります。今回の事件で壊滅状態、私の両親を含めた里に住む三千人近くが亡くなっています」
「……それは、ご愁傷様です」
ノックスの言葉は、エイシャルの問いに対する答えになっていない。
けれども、エアシャルは神妙な面持ちで呟く。
他の面々も、被害の大きさに顔が強張っていた。
「その被害者を含め、故郷に住む者は皆、その吸血鬼の末裔です。……尤も、私と私の婚約者以外は人間に近いですが」
シン、と場が静まり返る。
一体何を言い出すのか、という呆れ半分、怒り半分、といったところか。
「……正直、信じられん。英雄の言葉じゃなかったら、タチの悪い冗談を言うためにわざわざ呼び出したのかって、席を立っていたな」
ダンが苦笑を浮かべている。
「そうですね。……ノックスさん。仮にその末裔が実在するとして、人と何が違うのですか?」
「あまり人と変わりませんよ。能力的には、人よりも少しばかり力が強くて、魔力が多い。体質的には、血を飲む必要があることと、長生きすることぐらいかと」
「……物語で描写される吸血鬼の特徴と、一緒ですね」
「そうですね。ですが、全く同じという訳ではありません」
小さく、エイシャルは首を傾げた。
艶やかな彼の髪が、サラリと僅かに風に乗って浮かぶ。
「例えば吸血ですが……物語の中では、吸血鬼同士で血は飲めない、と説明されています。ですが私たちは、里の住人同士で血を分け合うことが可能です」
恐らく、人間の血が混じっているからでしょうね、と小さく彼は呟いた。
「それから、長生きとは言っても、百五十年ほど。人と比べれば長いのでしょうが、物語にある通り、永遠とは言えません」
「そうですか……」
「……なあ、英雄。さっき、お前は『私と婚約者以外は、人間に近い』って言っていただろう? つまり、お前は何なんだ?」
ダンの言葉に、ノックスは苦笑した。
「私と婚約者も、人と吸血鬼の混血です。ただ……真祖と呼ばれる、純粋な吸血鬼と同等の力を持っています」
「……つまり、膨大な魔力、超人的な怪力、人の生き血を啜り、永遠の命を生きるモノ……そういうことですか?」
「人の生き血は不要です。それだけは、里の者たちと同じですね」
ザワリと場が騒めく。それをおさめるように、エイシャルが再び口を開いた。
「……真偽のほどは、置いておきます。それで、その話が犯人と何の関係があるのでしょうか?」
「……今回の事件の犯人は、我が里の者。もっと言えば、私の兄です」
先ほどとは比べ物にならない程、場が騒めいた。
「つまり、吸血鬼には魔物を操る力があると!?」
今まで黙って会議の進行を見守っていたシオンが、糾弾するようにノックスに問いかけた。
「兄は、純粋な吸血鬼ではありません。先に申した通り、真祖は私と私の婚約者のみ。そして真祖である私たちにも、魔物を操ることはできません。……できるのであれば、この街を襲わせる前に、森に返していましたよ」
「だが、それは我々の目を欺くために……」
「何故、欺く必要が?」
「それは……この街に住むため……に」
「何故、欺いてまで、この街に住む必要が?」
「それは……」
「……落ち着け」
ダンが、シオンに言い聞かせるように呟く。
ビリリとした威圧感が、場を包んだ。
結果、それ以上シオンが問いを重ねることはなかった。
「……それで? お前は、その兄を討伐するつもりはあるのか? それとも、兄を庇い、赦しを請うためにこの会談に臨んでいるのか?」
「庇う? まさか……」
ノックスが嘲笑と共に、吐き捨てる。
「兄は、里の怨敵。私の家族を含め、里の者たちは皆、彼に殺された。……当然、庇い立てするつもりは毛頭ない。むしろ、私たちは彼の居場所を突き止め次第、始末をするつもりだ」
先程までの丁寧な口調をかなぐり捨てた、荒々しいそれ。
彼の背中からは、思わず膝を折りそうなほどの威厳が放たれていた。
「始末をするまでの間、あるいは永続的にこの街に住みたいと」
「ああ。先にも言った通り、里は壊滅状態にある。生き残った人数で里を復活させるには、相当時間がかかるだろう」
一瞬、ノックスはカミルを見た。
「……それに、この街の防衛力は先の戦いで落ちている筈だ。……知り合いを見捨てるというのも、気持ちが良いものではない」
「そこ言われちゃうと痛いですねー。吸血鬼の真偽はともかく、彼らが実力者であることは証明済みです。里の防衛力向上のためにも、彼らを迎え入れるべきでは?」
それまで黙っていたヴァズが進言する。
「だが……もし、吸血鬼が本当のことだとして。万が一、彼らが暴走したら、抑えが効かなくなるぞ」
それに反論するように、シオンも口を開いた。
「そもそも暴走される前に、次に魔物が来たら、街は終了ですよ。どっちにしろ、風前の灯火じゃないですか?」
シオンとヴァズが、皆を置き去りにして議論している。
そんな中、カミルが口を開いた。
「お前って、ほんっっとうに良いやつだな」
「……信じるのか?」
「お前たちが、吸血鬼だってこと? そりゃ、な。お前が、そんなしょうもない嘘をつく訳がないだろう」
曇りのない瞳に、爽やかな笑顔。
それらを向けられて、流石にノックスも一瞬呆気に取られた。
「そ、そうか……。それでも、怒っていないのか? これまで、ずっと黙ってたのに」
「俺たちに危害を加えた訳じゃないし、友だちだから何でも話さなきゃならない、なんてことないだろう? それより、俺たちが心配だから街にいたいだなんて、良い奴以外の何者でもないと思うけど……」
「カミルさん、貴方は彼が怖くないのですか?」
シオンの問いに、カミルは笑った。
「コイツの力で助かったのに、俺が怖がってどうするんですか。……今回の件で怒りがあるとすれば、犯人と、さっさと自分だけ逃げ出した奴らに対してだけですよ」
その問いに、エイシャルとダンが笑った。
「それ言われちまうと、俺らは何も言えねえな。なあ、エイシャル?」
「そうですね。……ノックスさん。貴方は何故、わざわざ全てを明かして下さったのですか? 単なる英雄として、黙って移住を申し立てることもできたのに」
「後から露見するよりも、先に話しておいた方が良いと思ったまでです。……隠そうにも、時が経てばいずれ露見しますから。それでもし、この街に受け入れられないのであれば、私たちは他の地を探すまでです」
「参った。そうなったら、どの道、この街は終わりだな。次あの大群の襲来があった時に、守り切りようがない」
「ですが、彼らがその犯人を討伐すれば……」
「討伐するまでの間、どうやって防衛する? さっき、こいつも言っていただろう? 居場所を突き止めて、ってな。現状、近隣の街は全滅、増援の見込みはない。こいつらが居場所を突き止める間に魔物の襲来があれば、その時点で終了だ」
シオンの言葉に、ダンが笑いながら反論した。
「自警団の団長として進言する。街の防衛のために、彼らの移住は受け入れるべきだ」
ダンの進言に、エイシャルは目を瞑る。
その様子を、周りは固唾を飲んで見守っていた。
「先に問わせて頂いた通り、貴方は黙っていることもできた……にも関わらず、わざわざ全てを明かして下さった。その誠意を、私も信じたい。貴方がたが犯人を追い続ける限り、私も貴方がたを歓迎したいです」
ヴァズが、エイシャルの言葉に拍手を送った。
シオンは渋々といった表情だったものの、それ以上の反論はなかったらしく、同じく拍手を送っていた。
「ありがとうございます。……では、街の人たちにも明かしたいと思います」
「我々は、貴方の申し出を受け入れましたが?」
「ええ。ですが、街の人たちはそうでない。後から露見して、背中を狙われることだけは避けたいです。……互いのためになりませんから」
「……分かりました。では、皆を集めましょう。といっても、殆どこの役場にいますけど」
……結果、街の人たちも彼らを受け入れた。
勿論、戸惑いの声はあった。
けれどもそれ以上に、英雄を求める声が大きかったのだ。
人間ならば、無条件で信じられるか。
彼らにとって、それは最早あり得ないことだった。
……上層部が、我が身可愛さに逃げ出したが故に。
それに対して、ノックスたちは英雄。
自ら危険な場に身を置き、彼らを守った。
逃げ出した卑怯者と、英雄。
そのどちらに天秤が傾くかといえば……後者だった。
加えて状況が、ノックスたちを拒絶することを許さない。
外には魔物が蠢き、いつ再び襲われるか分からないからだ。
ノックスたちがいなくなれば、果たしてどうなるのか。
多くは、死ぬだろう。
そのことを、彼らはよく理解していた。
だからこそ、人間かどうかなど、些事でしかない。
生き残るための、糸。
例えそれを齎したのが何であれ、糸は糸だ。
人間でない者に、理不尽な死を迎えたくないと縋ることは罪なのか。
彼らは、それを否定し、糸を掴む。
そうして、ノックスたちが街に移住することが決まった。




