吸血鬼は、取引をする
目が覚めると、知らない天井が映る。
横を見れば、アウローラが眠っていた。
「ノックス、起きたのか……具合はどうだ?」
カミルが心配気に問いかける。
「大丈夫だ。……ずっと付いてくれていたのか?」
「エルマと交代してたから、ずっとって訳じゃない。街の英雄様たちだ……皆、様子を気にしてる。けど、流石に全員で押しかけたら邪魔だろ? だから、俺とエルマが代表者ってことで」
「そうか……」
「お前たちが連れてきた人たちは、俺の家で休んで貰ってる。狭くて申し訳ないが」
「否、助かる。突然、済まない」
「いやいや、お前が俺たちの街を救ってくれたことに比べれば、何でもないだろう」
ノックスは苦笑を浮かべつつ、起き上がった。
「……込み入った話かもしれないが、あの人たちってお前の同郷か?」
「ああ、そうだよ。……俺たちの故郷は、今回の件で壊滅。生き残ったのは、彼らだけだった」
「それは……悪い。言いづらいことを聞いた」
「気にするな。どうせこれから、この街の人たちに話す必要がある」
「……どういうことだ?」
「できれば、俺たちをこの街に住まわせて貰いたい。正直、故郷は壊滅状態だ……期間限定でも、この街に住まわせて貰えた方が、まだ安全なんだ」
「そっか……そうなると街役場なんだろうけど、今機能してないからなー」
「あんな事件の後だ、それもそうだろうな」
「いや、多分ノックスが思ってるのと、ちょっと違うぞ。一番の原因は、街役場の上層部とか富裕層が、こぞって事件が起こってすぐに逃げたんだ」
ノックスは一瞬、驚いたように目を見開いていた。
「……そうか。それは……残念だな」
そして、絞り出すように呟く。
「全くだ。戦えとは言えないが、まさか見捨てるとはなあ。残念、としか言いようがない。……それはさておき、そんな訳で街は混乱している。とは言え、すぐに解消されるとも思えない。だから、俺のところで何人か知り合いに当たってみるけど、あまり期待はしないでくれ」
「ありがとう。……だとすると、そうだな。この事件の犯人の情報も話したい」
「そりゃまた、随分と大きな話だな。……分かった、少し待っててくれ」
ニコリと笑って請け負うと、カミルは部屋から出て行った。
ノックスはその背を見送ると、アウローラに視線を向ける。
幸いにも、傷はない。表情も、穏やかだ。
ホッと、彼は安堵の息を吐いた。
……吸血鬼ならば、あの程度の傷は完治する。
頭ではそう分かっていても、感情は別だ。
彼女が怪我をした時、血の気がひいた。
同時に、ヴラドへの怒りで目の前が真っ赤になった。
そしてあの時の怒りは、今なお胸の内で燻っている。
怒りを抑えるように、彼はゆっくりと息を吐く。
そして気持ちを切り替えると、静かにアウローラの様子を見守っていた。
それから陽が沈む頃、カミルが戻って来た。
ノックスが思っていた以上に、戻りが早い。
「今すぐ会わせてくれってさ。自警団と街役場の暫定トップがそれぞれ待ってるよ」
「……それは、凄いな」
「俺がっていうより、お前だからね。街の英雄様の話だから、とりあえず聞いておいた方が良いだろうって結論」
「そうか……カミルも一緒に来るか?」
「……俺、偉い人たちと同じ部屋とか無理なんだけど」
「そうか。できれば聞いておいて欲しいが……無理強いはしない」
「ノックスがそんなこと言うなんて、珍しいな。……しゃあねえ、行ってやるよ」
「恩に着る」
「あ、ノックスがいない間の看病役としてエルマを呼んでおいた。……と、噂をすれば……」
丁度そのタイミングで、エルマが病室に現れる。
「噂って、なあに? まあ、どうせ碌でもないことでしょうけど」
エルマの言葉に、カミルとノックスは揃って苦笑した。
「いやいや、言葉の綾だって。丁度、お前が来るって話をしていただけ」
「そう? ……ノックス。アウローラは私が看ておくから、存分に話し合いをしてきなさいな」
「助かる。それじゃ、カミルは借りてくぞ」
「私のじゃないけど、どうぞご自由に」
「……俺の扱い、酷くない?」
ボヤくカミルを引っ張って、ノックスは待ち合わせの場所に向かう。
そこは、街の中で数少ない無事な建物だった。
「ノックスさん、ようこそ。お待ちしておりました」
建物に着くと、慌てたように一人の男が出迎えた。
「こちらこそ、ご多忙なところ時間を頂き感謝しています。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
建物の中には、多くの人がいた。
誰もが薄汚れ、それでも目を輝かせてノックスを見ている。
彼らから『英雄様だ』という小さな呟きや『ありがとうございます』という感謝の言葉が聞こえて来た。
「皆、避難して来た人たちです。元は街役場だったので、襲撃の際に避難所として解放したんです」
「そうだったんですか……」
進むたびに段々と人の往来が減っていき、やがて扉の前で足を止める。
「こちらです」
そう紹介してから、彼は扉をノックした。
すぐに「どうぞ」と言う声が聞こえて来て、彼が扉を開く。
「ノックスさん、ようこそ」
そう言ったのは、部屋の奥に座る人物だった。
「エイシャルと申します。暫定的に役場の責任者を務めさせて頂いています。横に控えるのは、同じく役場で働くヴァズとシオンです」
学者然とした姿なのだけれども、今はあちこちがよれていて、疲れているという印象が強い。
「俺は、ダンだ。自警団の団長をやらせて貰ってる。申し訳ないが、自警団からは俺だけだ」
「ご多忙なところ、お時間を頂きありがとうございます。私の名前は、ノックス。よろしくお願いします」
「ノックスの友人、カミルです」
「どうぞ、そちらにお掛け下さい」
「では、お言葉に甘えて」
「……あまり固くならないでください。カミルさんから聞いているかもしれませんが、本来の私はただの中間管理職です。街一つ任せられるような権限を持っていません……でしたが、不幸な事故が重なって、こんな偉そうな席にいる訳です」
「そうだぞ。俺も、正直混乱している」
「……警備隊も、ですか?」
「身内の恥を晒すようだが、多くは上役たちの護衛としてついて行っちまったんだよ」
ノックスの問いに、ダンは顔を顰めながら吐き捨てるように応える。
「ああ……そうだったんですか」
「それよりも、今回の件は本当にありがとうございました。貴方たちのおかげで、沢山の命が助かりました」
「その内の一人は、俺だな。危なかったところを、救われた。本当にありがとう」
エイシャルとダンが揃って頭を下げた。
「顔を上げてください。当然のことをしたまでです」
「いいえ……街の住民ではないのにも関わらず、貴方たちは命を賭して、街を守って下さいました。街を取り纏める者として、感謝をしなければなりません」
「そうだな。あの魔物たちは、いずれもここ最近、類を見ないほど強力な奴らだった。……俺らじゃ、歯が立たなかったんだ。お前みたいな腕の立つ人が助力をしてくれたこと自体、奇跡みたいなもんだ」
二人の言葉に、ノックスは静かに頭を下げた。
「……今日は更に、犯人の情報を頂けると伺っていますが……」
……少し回り道になるが、一から説明する。
そう、彼は前置きをしてから始めた。




