90羽:黒天に響け、誓いの音
「……は?」
「どういうこと?」
鳴守の宣言を受け、恭介と加恋が間の抜けた声を上げる。
元々【黒天鳴音】は反能研に近い立場で暴れていた、はぐれ者の寄せ集め集団だ。こうして真っ向から衝突し、あまつさえ『災厄破片』持ちの能力者を匿おうとしようものなら、能研が放っておかない。鸚哥だけでなく、まとめてお縄になっても仕方がない立場だ。
「俺は彼女に救われた。それに応える義理がある」
「お前の都合だけで何を……」
「別にこのチームを率いてくれって訳じゃねぇ。ただ彼女が困ったときに、俺らを使ってくれればそれでいい」
「なるほどね」
鳴守と鸚哥を無効化した後、光の合流前に彼らのケアをしたのは藍音だ。
『災厄破片』の効果は消えない。
それに呑まれてしまう瀬戸際に、藍音の能力『癒しの輪』が彼を救った。既存の能力の効果を受け付けないはずの【禁忌】の”特性”ではあったが、【黒天鳴音】のメンバーの力も借り、なんとか一時的に抑え込むことには成功していた。今は少しこの場を離れ、成子と一緒に待機している。
すでに決定事項だとばかりに告げる鳴守。
それに一定の理解を示したのは光だ。鳴守はばかだが、考え方は至ってシンプル。問題解決に一直線な彼の提案に、合理的な光はいち早くその狙いに気付く。
「要は、藍音 クラウンを能研に引き入れて、彼らのチームを『災厄破片』を匿う隠れ蓑に使えってことさ」
「……!!」
「お、あんたとは気が合いそうだなぁ。どうだ、うちの参謀役にでも」
「ありがたいお誘いだが、私も多忙でね」
「はっ! そいつは残念だ」
「友人としてのお招きであれば、そのうちお邪魔しよう」
どうやら鳴守も、大分調子を取り戻してきたようだ。
能研の幹部クラスを相手に、平然と勧誘を行っている。うまくあしらったようにも見える光だが、その顔には笑みも浮かんでいる。本来もっと対立しているべき立場なのだが、すっかり毒気を抜かれてしまった。元々鸚哥のように拘束していなかったのも、鳴守がチームとして全面降伏の宣言をしたからだった。
能研としては、別に鳴守に忖度する必要はない。
毅然とした態度を取り、今までの分を含めて、即拘束しても何らおかしくはなかった。ただそうなると、加恋ほか他のメンバーは必死の抵抗を行うだろう。そのリスクを回避し、強力な戦力となる鳴守らを、ある程度自由に動かせる立場になるというのであれば、一考の余地はありそうだ。
また鸚哥の扱いに関しても、上手い落としどころかもしれない。
光の元で切り取った『災厄破片』の保管ができない以上、ある程度鸚哥とセットで管理する必要がある。しかし、一度は除籍扱いとなった彼女を無理やり能研に戻しても、それは不自然だ。本部や他の区に変に目は付けられたくない。
そこで登場するのが【黒天鳴音】。
彼らも別に今までと何か変わったことはしなくていい。いつも通り適当に集まり、くだを巻いてだべるだけ。面と向かっての能研への反抗は許されないだろうが、能研の目が届かない、はぐれ者達の監視には役立つだろう。そういう場所にしか出回らない情報もきっとあるはずだ。
そして、その中に『災厄破片』の存在も紛れ込ませる。
もし、仮に今後暴走するようなことがあれば、その時は能研は通常の任務通り対応して、何食わぬ顔で彼らを切り離せばいい。全ては彼らがやったことだと。そこまで含めての、鳴守の提案だ。
「最終判断の権限は恭介にある。どうするかね?」
「俺は……」
鳴守の狙いは分かった。悪くない提案だ。
ここで能研としての意地、使命を優先させたとしても、得られるものは少ない。藍音のことはもちろん、まだ確定ではない。その前提を確定させるのは、恭介の仕事であろう。
「分かった。その条件を呑もう」
「はっ! 決まりだな」
「ただ、藍音 クラウン。彼女の了承が取れたら、だ」
「その辺はお前がうまくやれ。おい、行くぞ!」
もうこの場には用はないと、チームのメンバーに撤収の指示を出す。
一人もじもじとしているのは、鸚哥である。すでに拘束は解かれており、彼女を縛るものは何もない。ただその脚は、一考に動こうとしなかった。
「ああ、そうだ。君にかかった【禁忌】だが、今だったら切り取れる。本当にそのままにしていいのかい?」
「……!」
「ああん?」
去ろうとする鳴守への提案は、光からのものだ。鸚哥の体がびくっと跳ねる。
鸚哥から切り取った時と同じく、鳴守にかけられたそれも、対処は可能だという。能力と持ち主の引き合う力は強い。それと同じく、かけられた能力が切り取られれば、その能力の元、つまり今鳴守が持っている玉に吸収されていくだろう。
「はっ! ヒーローのパワーアップはお約束だろうが! それに、今はメンバーの助けがあれば、問題なく抑え込めるしな」
「そうかい、愚問だったようだね。失礼した」
能研の立場で言えば、放っておくのは危険だ。
『災厄破片』の管理はまかせても、それまで放置する必要は全くない。しかし、『災厄破片』との共存を意識するのであれば。彼のケースから何か見いだせるものはあるかもしれない。
これ以上話すことはないと、鳴守はその場を後にする。
光や恭介ももう追わない。彼らをどこまで信用していいかは、正直分からない。リスクがあるのは百も承知。ただその意思を固めたのであれば、後は次の任務へと前を向くだけだ。
鳴守がずかずかと鸚哥に迫る。
『災厄破片』の管理上、前と変わらずチームの中にいることを許された。しかし、それだけだ。誰が彼女を許してくれる? リーダーである鳴守を、致命的なまでに追い込んだ。下手したら死んでいたかもしれない。また、そうなってもいいと、そうした歪んだ想いは終始、鸚哥から発せられていた。
今更取り繕っても遅い。
あれだけ慕われているリーダーだ。メンバーにぼこぼこにされても、何もおかしくはない。特に加恋は絶対、鸚哥を許さないだろう。
「ほれ、行くよ」
「えっ……」
俯いていた鸚哥の手を取ったのは、彼女が一番予想していなかった人物。
「なんで……?」
「……正直私もまだ気持ちの整理ができてる訳じゃない。あんたのやったことは、きっと許しちゃいけないことだと思う」
「……」
でも、と付け加え、下手くそな笑顔を作って、加恋は鸚哥を見つめた。
「私の惚れた男がさ、メンバーのおいたは笑って許すのがリーダーってもんだって。当事者にそんなこと言われたらさ、もう何にも言えなくなるじゃん?」
「……!」
憎んでいない筈がない。
それでも前を向いて、笑って。どうしてこんなにも強い人がいるんだろう。なりたくてもなれなかった姿。
「それに私一人っ子だからさぁ。妹欲しかったんだよね。あ、もう妹分は確定だけど。今までのお返し分、めちゃめちゃ可愛がるから。大人しく捕まってなよ」
「うっ……」
「ん~?」
前が見えない。
なんで構ってくれるのか。どこまでもわがままで、自分の事しか考えてなくて。独りよがりでたくさんの人を傷つけた。そうして人の視線を集めないと、消えてしまうと思ったから。
覗き込む加恋の顔を、正面から見れない。
でも変わるなら、きっと今だ。ここまでしてもらって、それでも動けないのなら、それはもはや生きているとは言えない。たった一言、前を向くための言葉。それを待ってくれている人がいる。
「ごめんなさい……」
誰しもが自分の道を迷わずに進める訳じゃない。
何をしたら、どこに行けばいいのか分からず、戸惑う。周りの人はやりたいこと、やるべきことを見つけてすいすいと前へと進んでいく。取り残された感覚。焦りだけが募る。
認めたくない、認められない。
ちっぽけな自尊心が、どこまでも邪魔をする。助けてと、連れてってと、心でどれだけ喚こうが誰も気づいてくれない。ただ一言、声に出して言えたら。そんな簡単なことをと、誰もが言う。それが言えないから、こんなに苦しんでるのだ。
自業自得、そんなのは分かってる。
今更誰も振り返らない、一度差し出された手は自分で振りほどいてしまったから。情けない、死にたい。何ができる訳でもないのに、プライドだけは一人前だ。
でも、それでも側に居ようとしてくれるのなら。
「んっ!! これでチャラね!」
笑顔が眩しい。腕を引かれる。
立ち上がった鸚哥と加恋の頭を、大きな掌が乱暴に撫でた。
誰しもが自分の道を迷わずに進める訳じゃない。なら、多少強引にでも連れて行ってあげよう。隣で他愛もない夢を語り、日常を生きる。それでいい、それだけでいい。
彼女は、生きているのだから。
「【黒天鳴音】、ここから再スタートだ!!!」




