52羽:薔薇屋敷を攻略せよ
「待たせたな」
「……ほんとに待ちましたよ」
ここは能力開発研究所、通称『能研』と呼ばれる施設。
近年10代、20代の若者を中心に能力者化現象が起こっているこの世界で、目覚めた能力者を集め、育成、運用をしている政府公認の組織だ。
その一室に集まっているのは全部で3人。
戦闘に秀でた能力者が集う戦闘班を率いる男、班長である憑神 仁、その班員である東 恭介、そして別部隊、情報班に所属する縞葦 甘菜だ。
先に会議室で待機していた恭介から不満の声が漏れる。
すでに約束の時間から1時間が過ぎようとしていた。今日はとある重要な任務についての打ち合わせがあったのだが、時間になっても恭介以外誰も現れなかった。探しに行くか迷っていた恭介に代わって、たまたま通りがかった甘菜が憑神を探して引っ張ってきてくれたのだった。
「まさかと思って探してみたら、案の定お休み中だったし……。千寿さんに怒られても知りませんよ?」
「分かった分かった、悪かったよ。ほら、遅れを取り戻す為にもさっさと始めるぞ」
どの口が言うのかと、未だ不満気な恭介。
ただ遅れを取り戻す必要があるのは事実なので、そのまま流すことにする。ただ憑神のお目付け役である、戦闘班主任の古川 千寿には後で言いつけておこうと、二人は思うのだった。
今回の打ち合わせ内容は、いくつかの【A級案件】についてだ。
一般の能研所員、Bランク以下の能力者が当たる【B級案件】と比べ、より高い戦闘能力が求められる【A級案件】では、Aランク以上の能力者が最低一人以上必要となる。
今回は、ランクA-である恭介が指揮役として選出された形だ。ちなみに上司として打ち合わせには参加しているが、今回の【A級案件】に憑神が出ることはない。
「支部長補佐から回された案件は全部で3つ。まずどれから当たるかだが……」
「それについては申し訳ないですが、1番目は決まってまして……」
申し訳なさげに恭介が憑神に告げるが、予想した返答は返ってこなかった。
「そうか? じゃあそれから潰していくか」
「え、理由とか聞かないんですか?」
驚く恭介に心底興味がないとばかりに、片手を振る憑神。
「お堅いお前がそういうってことは、どうせお偉い方からの指示だろ。どうせ全部やるんだから、順番なんかどうでもいい」
「はぁ……」
手元の資料を確認しながら、最初の案件についての議題を進めることにする二人。ふとそこでドアがノックされ、二人の所員が入ってきた。
「えっと、こちらで合ってますかね?」
「あ、はーい、どうぞ」
なし崩し的に打ち合わせに巻き込まれた甘菜が対応し、二人を招き入れる。彼らは今回の任務において、支部長補佐が派遣してくれた、サポートの能力者だ。
「急に悪かったな。まだ始めたばかりだから、一緒に話を聞いてくれ」
「はい」「了解」
言葉数少なめに返事をしながら甘菜から資料を受け取り、適当な席に座る二人。
いずれも恭介とは面識のない男女だ。本来は憑神から事前に今回の打ち合わせについての連絡がされているはずだったのだが、それすら忘れていたようだ。甘菜が急ぎ確認を取り、こうしてなんとか同日に打ち合わせができるようになっていた。
「3つの【A級案件】の内、最初に取り掛かる任務はこれだ」
「『薔薇屋敷』……ですか」
舞台は廃れた洋館。
家主が不在となってから大分時間は立っているようで、以前からも草木が生い茂り、人の手が全く入っていなかった状態だったらしい。それが数週間前の情報。ただ現在は少し、その風景が変わっている。
「洋館全体を蔓が覆っていて、これが能力者が関与している証拠だと?」
「ああ、今はまだ実害は出ていないようだが、近隣住民の不安の声もある」
「確かに不気味ですよね……」
後から加わった二人も、口々に感想を漏らす。またこの覆われた蔓は、先にBランク以下の能力者が偵察に当たり、その脅威も体験しているようだった。
「蔓は切っても切っても生えてきて、侵入者には敵対行動を取る、と」
「ああ、Bランク以下だといかんせん火力が足りないという結論が出てな」
無限に増殖する蔓の鞭。確かに舐めてかかると痛い目を見そうだ。
偵察隊は深くは踏み込んではいないようだったが、万が一捕まり中に引き込まれたりするような事態は避けたい。そういった面でも、個人で十分戦闘能力もとい対応力があるAランクの能力者に話が回ってくるのは、納得できる話だった。
「次に確認すべきなのは、こちらの戦力だ」
「はい。えっと、サポートの方とは今回が初顔合わせなので……簡単な自己紹介と能力も合わせてお聞きしてもいいですか」
「ええ」「分かりました」
サポートで派遣された男女がそれぞれ承諾する。
目線で会話し、先に女性の方から紹介があるようだ。やや釣り目で理知的な雰囲気の女性だ。詳しい歳は分からないが、恐らく20代前半。クールビューティと言った言葉が似合うだろうか。
170cm近くありそうな身長とすらっとした体形。短く手入れされた後ろ髪は少し外に向かって跳ねている。あまり表情を変えるタイプではないのか、ポーカーフェイス気味な彼女は席を立ち、恭介達を一瞥して自己紹介に入る。
「瀬古 真代。情報班所属。能力名は『潜伏者』。ランクはB-。戦闘も必要ならこなすけど、基本はサポート役として考えてもらえれば」
必要最低限の情報だけ伝えて、席に座りなおす真代。
情報班は、戦闘班や偵察班をバックアップするチームだ。偵察班から送られてきた情報を分析し、ブレーン役として、戦闘班を動かす役割を担う。戦闘に向かない能力者のほかに、非能力者であっても、優秀な人材はスカウトされてくるようだ。
また前線で戦えなくなった能力者の受け皿にもなっているため、各班との連携や交流は積極的に行われている。
情報班所属と聞き、恭介が甘菜の方を見る。
甘菜は以前偵察班に籍を置いていたが、任務時の負傷により情報班に移った経緯がある。恭介と目の合った甘菜は、首を少し横に振る動作で面識がないことを告げる。
次は隣の男性の番だ。線の細い爽やか男子、といった印象だ。
彼はさほど恭介達と年齢は変わらないだろう。人当たりのよさそうな顔をしているが、どこか腹に一物ありそうな気がしなくもない。
「柳 修です。同じく情報班所属。能力名は『逃亡者』。ランクはB-。僕はただの運び屋なんで、正直戦闘には向いてません。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、挨拶を終える。
二人はこの1区の支部長補佐である、立花 夏樹が手配した能力者だ。
現在支部長補佐という立場にある彼だが、少し前はその上、1区の支部長を務めていた人物だ。この能力都市である特別開発指定区、通称『特区』において、何を隠そう7人しかいない最強の能力者の一角だったのだ。彼らは畏敬の念も込めて【七人の悪魔】と呼ばれている。
現在は後輩にその座を譲り、わざわざ補佐と言う立場を作ってまで隠居しているのだが、元TOPからの紹介だ、それなりに期待しないわけにはいかないだろう。ただ蓋を開けてみれば二人ともランクはB-。ランクだけで見れば【A級案件】に組み込むべきかは微妙なところだ。
「戦闘向きではないB-ランクの能力者二人。扱いに困ったな、というところでしょうか」
自己紹介を受け、挨拶もそこそこに少し考えてしまった恭介。そこに真代から鋭い突っ込みが入る。
「……! いや、すみません。そういう態度を取るつもりはないです。ただ実際にチームとして行動するには、もっとやれることを知る必要がありそうです」
能力ランクとはあくまで能研が定めた一つの指標で、能力の危険度、脅威を図るものだ。有用な能力であっても、攻撃性が低いものは低ランクになる傾向があるため、それだけで判断するわけにはいかない。
恭介は手元の端末を操作し、能研のデータベースにアクセスする。
目的は二人の能力者情報だ。
今直接二人に聞いてもいいのだが、ある程度の下地があったほうが話はしやすいだろう。恭介ならばAランク以下の能力者の大まかな能力情報は閲覧できる。二人とも能力ランクはB-とのことなので、確認するのに問題はないはず、なのだが一向に情報がヒットしてこない。
「ああ、私達の情報でしたら載ってませんよ」
「え?」
「あはは、僕たちは能力の特性上、機密性の高い任務を受け持つことが多くて。動きやすいように極力そういった表に出てくるデータには載せてもらってないんです」
そちらの彼女が知らなかったように、と真代がそっと付け加える。
あえて情報を公開していない、裏方の能力者。なるほど、そういった能力者であれば、権力者からの紹介でなければ、こうしてチームを組むということもないのかもしれない。これはもちろん今回の【A級案件】だけでなく、後に控えている【S級案件】まで見越したものだろう。
「事情は分かりました。ただチームを組む以上、秘密のままという訳にもいきません」
「それもそうですね。では一つお手合わせ願えますか?」
「え?」
淡々と告げる真代。
これからチームを組んで【A級案件】という高い壁に挑まなければならないのだが、それを前に恭介は彼女からの1対1のデート、もとい組手を申し込まれたのだった。




