09 戦隊ものは大抵五人。
時間は飛んで、現在昼休憩。
シー達五人――シー、グレイディール、セリナ、ハッサン、ポトフは、裏庭にいる。
それぞれが手に昼ごはんを用意しているのは、もちろんそれを食べるため。ここに集まった理由は、昨日グレイディールが、裏庭を俺たちの縄張りにしよう! と勝手に決定(提案ではなく決定)し、それに伴って昼ごはんをここで食べることが義務付けられたからだ。
「で? そいつは?」
グレイディールが、自分の弁当を頬張りながら言った。
グレイディールがそのあまりよくない目付きで睨むのは、サンドイッチを手に持つポトフ。部外者であるポトフがこの場にいることが、相当気に入らないようだ。
「え……あの、ボクは、その」
特に説明をされることもなくシーに連れてこられたポトフは、固い顔をしてうろたえた。にらまれる理由が分からないからだ。
ポトフはなんと言おうか悩み、大いに焦る。素直に自分の用件を告げればよいのだが、緊張のあまりそういった思考が抜け落ちていた。頻繁にパニックに陥っているセリナとは違い、そんなポトフを見るのは珍しい。
ポトフは、助けを求めるように目を泳がせた。
まるで肉食獣が小動物を威嚇しているような有り様に、シーは呆れた声を出した。
「グレイディール、何でそんなに機嫌が悪いの? 用事があるから来たに決まってるじゃん」
「別に機嫌が悪い訳じゃない。ただ気に入らんだけだ」
「何が気に入らないのか知らないけど、それで機嫌が悪いんでしょ」
「気分が良くないんだ」
「変わらないよ」
「……で、話は何だ? さっさと用件を話せ」
「こらー、逃げんなー」
文句を言うシーを無視して、グレイディールはポトフの方に向き直った。
慌てていたポトフも、ようやくそこで回線が繋がったとでも言うように、はっ、と本来の目的を思い出す。そして、サンドイッチを置き、姿勢をただすと、グレイディールを正面から見つめた。
「ボクを君のチームに入れてくれないかな」
その言葉を聞いて、それを知らなかった三人は驚いた顔をした。
唐突だとはポトフも理解している。特に仲が良い訳でもないのだから、歓迎はされないであろうことも。それでも、参加したい理由は色々あったし、このメンバーならなんとかなる気がした。何より、こうした行事において初めて、ポトフは面白そうだと思った。だから、入りたいと言ったのだ。
断られるんじゃないのか、と内心怯えるポトフ。そんなポトフを値踏みでもするように、グレイディールは見つめる。
しばらく考えた末、あっさりとグレイディールは答えた。
「いいぞ」
「ほ、本当!?」
「ああ。ただし一つ訊いておきたいことがある」
許しの言葉にポトフは喜びかけたが、訊いておきたいこと、と聞いて、緩みかけた表情を引き締める。この問いにうまく答えられなければ、仲間に入れないかもしれないのだから。
ポトフは思わず、ごくりと唾を呑む。
グレイディールは真面目な顔をして質問をした。
「まるいものと言えば?」
「……金玉?」
「合格!」
「いやいやちょっと待てぇ!」
シーは思わず全力で会話に割り込んでしまった。
憮然とした顔で、グレイディールはシーを睨む。折角話が纏まったのだから文句を言うな、と目で語っている。
「何だ? 何が不満だ? こいつはお前が連れてきたんだろ」
「そうじゃなくて! いつも思ってたんだけど基準がさっぱり分からないの! 何でまるいもので、き、きん、き、きんた」
「金玉だよ」
「ああもう! できればポトフは黙ってて! イメージとか色々崩れちゃいそうだから!」
澄ました顔でとんでもない単語を言うポトフに、シーは半ば狂乱状態になりながら頼み込む。一年以上クラスメイトとして築き上げた印象が、あっという間に崩れていってしまいそうだった。
グレイディールはさらりと毒を吐く。
「はっ、男のくせに何恥ずかしがってやがる。女々しい野郎だ」
「この場には女の子もいるの! そこを忘れちゃ駄目でしょうが!」
シーはそれに対して、現実を突きつけるようにセリナを指差した。シーにとっては、それは重要な問題であって、例え女々しいと言われても無視できるものではない。
ないのだが。
「何か問題はあったか?」
「わ、私は……大丈夫です」
「ハーハッハッハ! オレも問題はないぞ」
セリナは顔を赤らめているが、それでもはっきりと答える。ハッサンはいつもと変わらない様子。そしてその返答は、シーの期待とは全く違うものだった。
二人の反応に満足したグレイディールは、ほら見ろ、とばかりにシーに目を遣る。
「だ、そうだが」
「なんだこれ。なんなんだろうこれ。ひょっとして僕がおかしいの? いや、でも」
「大体、一体何に対して文句をいっている? 問題は無いだろ。無いはずだ」
「それは」
シーは言い返そうとして、ぐっ、と言葉に詰まった。
特に無理難題を押し付けられることもなく、すんなりとポトフはチームに入ることができ、他のメンバーも異議を唱えてはいない。シーにとってはそれなりに知っている相手でもあるし、真面目そうでもあり、これで最初の目標であった五人を揃えることができる。あまりに意味の分からないやり取りに思わずつっこんでしまったが、冷静に考えれば何も問題は無かった。
ふとシーがポトフを見ると、その瞳は不安そうに揺れている。
当然だ。グレイディールがチームに入ることを認めた途端、シーが文句を言ってきたのだから、それもおかしくはない。シーに断られるという可能性も、ポトフには無いとは言い切れないのだから。
シーは素直に謝った。
「うん、ごめん。全然問題無かったね」
「ふん、最初から黙っていれば良いんだ。無駄口は災いの素だ」
そう言ってグレイディールは何故か勝ち誇った顔をした。
グレイディールが安心した顔をするポトフに右手を差し出す。
「よろしくな、ポトフ。お前が五人目のメンバーだ」
ポトフも手を差し出す。
「うん。ボクも頑張るよ」
グレイディールとポトフは固い握手をする。しっかりと交わされるそれは、どこか熱が隠っているようにも思え、同時にポトフがチームに入ったことの証だった。
握手をする二人。
握手をし続ける二人。
それを見守る他の三人。
尚も握手をし続ける二人。
「……?」
異常を感じたグレイディールがその手を離そうとするが、強く握りしめられていることによってそれができない。ポトフはその細い腕からは想像もできないような握力で、グレイディールの長い指を締め付ける。グレイディールは何故かじんわりと手汗をかいている。
そうして、グレイディールが手を離そうと努力している内に、他の三人も異常に気づき始める。
グレイディールは状況が全く理解できず、頭には疑問符しか浮かばない。ポトフは顔を軽く伏せていて、身長差の関係上、グレイディールからは表情が見えない。ひょっとして、ポトフは自分の右手を絞め殺しに来たのか、という馬鹿な考えまで浮かんだ。
焦りと共にグレイディールがポトフを見ると、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「うへへ、これがグレイディールの手……うわぁ、柔らかいし、すべすべだし、細いし、綺麗……んんん、良い匂いがする……ああ、汗が滲み出てきたぁ……こんな指で触られたら、我慢が、できなく、なりそうっ……はあはあ」
殴った。
グーで、顔面を、容赦無く殴った。
回転しながら地に倒れ伏すポトフと、鳥肌を立てながら距離を取るグレイディール。ぽかんとした顔でそれを眺める、シー、セリナ、ハッサン。
グレイディールが叫んだ。
「なぁにをやってんだてめぇは!!」
ポトフはうつ伏せに倒れている体を起こしながら、不敵に笑った。
「……ふふ、愛を感じるよ」
「ない! それはない! 絶対にない! んな訳あってたまるか!」
「照れなくてもいいのに」
「にじり寄って来るな!」
狂ったように暴れるグレイディールとは裏腹に、シーは驚くほど冷静に状況を理解していた。
恋というものは、人を盲目にし、通常では考えられないほどの行動力を引き出させ、時に戦争さえも巻き起こす。ポトフが自分は断られると思い込んでた理由。こんな奇妙なチームに入りたがる理由。話の際、恋する乙女のように緊張していた理由。それはすべて、そういうことだったのだ。
騒ぐ二人を放っておいて、シーはセリナに話しかけた。それは、現実逃避とも言う。
「ねえ、本当にチームに入るの? 嫌なら無理に来なくていいのに」
結局、流れでチームに入ることになってしまったセリナを、シーは心配している。なんだかんだ言っても、大会で怪我人が出ていると言う事実は、ごまかしようがない。非常に危険なのだから、女の子は出ない方が良いのではないか、と考えているのだ。
セリナはほんの少しだけ考えると、逆に訊き返した。
「シーは、嫌なの?」
「んー、そこそこかな」
正直なところ、シーはあまり出たいとは思っていない。だから、それを正直に話したのだが、何故かそれを見たセリナは小さく笑う。
セリナは自分の髪に、依り代に触れながら言った。
「大丈夫、戦うのは私じゃないから」
見たところセリナの意思は固そうだ。ならば、ハッサンはどうなのか。
そう思ったシーは、今度はハッサンに問う。
「ハッサンは? もし怪我したら部活とか大変なんじゃないの?」「ハッハッハ、大丈夫だ。簡単に怪我をするようなやわな鍛え方はしてない。日夜、自分の召喚獣と組手を行っているぞ!」
いつものように高らかに笑うハッサン。その台詞を聞いて、シーの脳裏に嫌な想像が浮かんだ。
「もしかして、自分で戦う気?」 それはないだろうとシーは思った。いくら鍛えることが趣味の筋肉馬鹿でも、現実はきちんと見えているだろうと。
「当然! 自分で戦うことが禁止など、どこにも書かれていないからな! 様々な人の召喚獣と戦えるなど、最高の鍛練の場じゃないか! ハッハッハー!」
しかし、とんでもない馬鹿がここにいた。
平和な世の中では他の召喚獣を食わせることができないため、今の召喚獣は大戦時のものよりは圧倒的に弱い。しかし、それでも人間なんかよりは数倍は強い上に、特殊な能力を持っているものも多い。校内召喚獣大会では、血を流すための専用の刃物以外は持ち込み禁止なので、自身で戦う場合は素手だ。その道の専門家でもないと、勝つことは難しいだろう。
シーがハッサンに呆れていると、グレイディールが泣きそうな顔でシーに怒鳴った。
「やっぱり、駄目だ! こいつを入れるのは止めとこう」
そんな叫びを耳にしたシーは。
「これからも、よろしく」
「うん、ボクからもお願いするよ」
ポトフと握手をした。
自分の意見を完全に無視されたことに、まるで見えない何かに殴られたかのようによろめくグレイディール。一瞬、この世の終わりが来たような顔をするが、すぐに我に返る。グレイディールが好きな言葉は、七転八起。
グレイディールは頭をかきむしりながら、尚も足掻く。
「大体、お前男だろう!」
「はい。ボクは男ですが」
「……男、だけど」
ねー、とポトフとシーは二人して顔を見合わせる。そして、まるで困った奴を見ているように、顔を見合わせて苦笑いした。
グレイディールはぐりん、と首を回転させて、残りの二人に助けを求める。助けを求める相手を間違えたことに気づいたのだ。
「な? 問題あるよな?」
「わ、私は……平気ですっ」
「ハーハッハッハ! 個人の自由だ!」
「畜生!!」
だが、どうやらここにはグレイディールの味方はいなかったらしかった。
シーはがっくりと項垂れるグレイディールに近寄ると、言った。
「ま、決まっちゃったんだから仕方無い。大丈夫、何も問題は無いから」
くくく、とシーは笑いを堪えている。ここまで打ちのめされているグレイディールは初めて見たし、見ていて面白かったからだ。いつもの鋭い目付きから涙が零れそうになっているところなど、傑作だった。
慰めるように肩を叩くシーの背後では、ポトフと他の二人が、自己紹介と握手をしている。
もう、チームに入れることを拒否するのは、不可能だった。
「ふ」
グレイディールの口から、低い笑いが漏れ出る。
シーが何事かと耳をそばだてると、呪詛のような言葉を早口で呟いている。
(大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫)
グレイディールは、すくっと立ち上がると言った。
「……まあ、いいだろう。だが、一つだけ言っておく。俺は――」
普通に女の子が好きです、と。
「ああ、うん。分かった」
シーやセリナに生暖かい目で見つめられながら、グレイディールは再び弁当を食べ始める。それにつられて、他のメンバーも食事に戻った。