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店の閉店作業が終わる頃、俺は休憩室内のロッカーの前で、のろのろと帰り支度をしながら、伊吹さんとアサヒさんという男性客のやり取りを何度も脳内でリピートしていた。
ふたりの関係がどんなものなのか。俺が想像している通りなのか、そうじゃないのか。真実を知りたいような、知りたくないような心地で、けれどやっぱり気になって、つい妄想をくり広げてしまっていたのだ。
しかし、桜介さんに「余計なことは言うなよ」と釘を刺されている以上、俺から無神経なことは訊けないわけで、余計に悶々とさせられる。ところが――。
「紫苑さん、今日ラーメン行きません?」
「あ……」
帰り支度をするスタッフが次々と休憩室を出ていくなか、悶々と考え事をするせいで、いつまでも支度が終わらない俺に、伊吹さんが声をかけてきた。俺はすぐには言葉が出なかった代わりに、咄嗟に頷く。すると、伊吹さんは安堵したように笑みをこぼす。
「……よかった! あっ、じゃあ僕、先に外に出て待ってますから」
「はい……っす」
伊吹さんは足取り軽く出て行った。バタン、と休憩室の扉が閉まる。直後、まだ残っていた桜介さんが「紫苑」と俺を呼んだ。
ちら、と視線をやると、桜介さんのにやけ顔がこっちを見つめている。今、からんだら明らかに面倒くさそうで、俺は視線を手元に戻し、無視を決め込んだわけだが、彼はそれにめげるような人ではない。
「しおーん? しーおーんー!」
「……あのおっさんうるっさいな。なんですか?」
「あのねぇ……俺、一応先輩よ? 心の声がしっかり出ちゃってるっつうの」
桜介さんはそう言って苦笑したが、俺は続けて無視をする。こういうにやけ顔をしている時、桜介さんにからむと面倒なのを、俺はよく知っているのだ。だが、桜介さんはそのあと、ようやっと帰り支度を終えてロッカーを閉めた俺に近づいてきた。俺は素早く身構える。
「……お前さぁ、ちゃんとわかってる?」
「はい?」
桜介さんの言葉の意味がわからず、俺は訊き返すと、桜介さんはもう一度言った。
「ちゃんとわかってんのかって訊いてんの」
「だから、なにがっすか?」
「伊吹くんのことに決まってんだろ」
「あぁ……余計なこと言わなきゃいいんでしょ。わかってますよ」
俺はしれっとそう言って返す。恋愛にも、同性愛にも疎い俺だ。それ以上のことはわからない。ただ、桜介さんが言いたいことはわかる。あれこれ詮索するな、というのだ。
「伊吹さんがどうであれ、俺にはなんの関係ないっすから。お先に――」
だが、そう言ってその場を離れようとした時。桜介さんが俺の手をぐっと掴んだ。
「な……っ」
「全然わかってねえじゃんよ。……お前、クールなのはいいけど、ちょっと鈍すぎるんじゃないの?」
「は……?」
「まぁ、そこがいいとこなのかもしれないけどね。……はい、そんな紫苑にこれ、あげる」
「え?」
桜介さんに強引に手渡されたものに目を落とす。途端に、俺は苛立ちを覚えた。握らされた手の中にあったのは――店の鍵だ。
「これって……え?」
「オレ、実は今日、ちょっと予定あってさ。……最後、戸締り当番頼んだわ!」
「えっ、ちょっと……! 俺、これからラーメン――……」
言い返す俺に笑みだけを返し、桜介さんは素早く休憩室を出ていく。ほどなくして、ブオン、とバイクのエンジンを吹かす音のあと、逃げるように走り去る音が聞こえて、俺はがっくりとうなだれた。なんだかんだとえらそうなことを言いながら、あの人の真の狙いは、今日の戸締り当番を俺に押しつけることだったのかもしれない。
「ったく、あのやろー……」
だが、逃げられてしまったのだから仕方ない。俺は戸締り当番を押しつけられてしまった旨を、伊吹さんに話して謝った。急に真面目顔になった桜介さんに、すっかり騙されてしまった、完全に油断していた――と。
だが、伊吹さんはひとつも嫌な顔を見せず「じゃあ、僕も一緒に行きますよ」と言って、戸締りの見回りに付き合ってくれることになった。
***
暗い店舗の戸締りを確認しながら、俺は伊吹さんと肩を並べて歩く。レジのある屋内エリアを最初に確認し、それから温室、最後にもう一度、休憩室を確認した。どうということのない作業なのだが、どんなに急いでも十分程度、時間がかかるので、仕事の後、予定が入っている日には煩わしく感じる。
「今度、俺が当番になったときは桜介さんに一回分、やってもらわないと」
「そうですね。桜介さん、用事があったのかな。すごい急いで帰られましたけど」
「どうせ誰かとの約束すっぽかして、慌ててたんでしょ」
俺は店内の鍵を専用ボックスへ仕舞うと、伊吹さんと一緒にようやく店を出た。だが、不意に。伊吹さんが立ち止まる。
「あの、紫苑さん」
「はい?」
「僕、ちょっと紫苑さんに伝えておきたいことがあって……今日、来た友人の話なんですが」
「あぁ、はい……」
アレのことか、と内心では思いながら、俺は知らん顔で相槌を打つ。
「お友だち、来てましたよね。すっげえイケメンの」
「はい……あの、変な誤解があっちゃいけないと思ったんで、話したかったんですけど、彼と僕はべつに変な関係じゃないんで……」
「え?」
いかにも「そうなの?」と言わんばかりに訊き返してしまった。伊吹さんは困り顔で笑みを浮かべる。
「やっぱり……別れ際の、見られてました?」
「あぁ、えっと……まあ、はい……すみません」
「いえいえ、いいんです。あの後、紫苑さんに誤解されてるんじゃないかなって、なんとなく思ってて。アサヒは昔から距離が近くて……すぐああして触るんですよ」
なんだ……そうだったんだ。
それを聞いて、俺はたまらなく安堵していた。同時に、勝手にふたりの関係を推測して、ありもしない想像をしていたことを後悔する。
「そうなんだ。いますよねぇ、そういう距離近い人。アサヒさんって、幼馴染とかなんですか?」
「はい、まぁ……そんな感じかな」
「へえ。でも、カッコよかったなぁ。なんか芸能人みたいなオーラありましたもんね。背も高かったし」
安堵感のせいだろうか。俺は少し饒舌になっていた。芸能人なんか、見かけたこともないっすけどね――と、おどけて見せると、伊吹さんはまた、困り顔で笑う。
「そうですね……アサヒは昔から目立ってましたよ」
「そんな感じするなぁ。――あぁ、でも伊吹さんもカッコいいけど」
「僕はそんな――」
「いやいや、負けてないですって。俺、ふたりのこと見て、変な想像しながら、伊吹さんなら納得だなって思ってましたからね。ふたり、似合ってましたよ」
そんなことを話しながら、店の外へ出て、最後に従業員用の出入り口の鍵を閉める。しかし、自転車置き場まで行く途中で、伊吹さんは突然立ち止まり、黙り込んでしまった。その表情は硬い。
「……伊吹さん?」
言うまでもなく、俺は違和感を得る。なにかまずいことを言っただろうか。慌てて自分の言葉を振り返ってみるが、しかし。まったく思い当たらない。
仕方なく、俺はやや緊張気味に、伊吹さんが話し出すのを静かに待つ。すると、しばらく続いた沈黙のあと、ほどなくして伊吹さんは言った。
「実はね、僕……昔、好きだったんです、アサヒのこと」




