18話「抽象的でなんとも可愛い、作為的な何か」
「ねぇ高柳くん、そろそろ機嫌を直してはいかがですか?」
「私もほらこの通り、とても反省していますよ…?」
現在再び、私、鹿内 凛は黒い大理石調のクッションフロアの上、膝を折りたたみ、姿勢よく正座をしている。
これは決して強制された訳でも促された訳でもない、自主的な姿勢である。
──────ダサいって言ったダサいって言ったダサいって言った!
━━━━━━━━━━『ダサいって…言ったっ!』
店内のBGMをかき消すほどの声量。
可愛らしい鈴の音を鳴らしたような声音。
可愛らしく小さな椅子の上で器用に身体を折りたたみ、丸く膝を抱えている姿はなんだか子猫の様。
思わず、撫でて愛でて愛玩したくなるそんな姿。
けれどもその実彼はなにやらどうやら怒っているらしくその原因は紛れもなく。
私だ。
「ほら、私ってやつはどうにも口下手で、ダサいなんて言いましたが本当はネーミングセンスが田舎くさいって言いたかっただけで…」
「いっ…一緒じゃないかっ」
「えっ…そうなの?ダサいって…そうなの?」
フォローのつもりが種明かし、追撃ミサイルの様に追い打ちをかけてしまった。
絶賛私は大慌て。
表にこそ出しはしないがとてつもない罪悪感の様な物に苛まれている。
私、鹿内 凛は元来責任感の強い人間だ。
自分ルールが多く厳しく、相手の問題も自分の問題の様に受け取ってしまう不器用な性質。
現代社会なんかではとても生き辛い人間性。
尤も、今回に至っては全面的に私が悪い訳で、私の余計な本音が、そうさせた訳で…。
だからこそ、より一層、罪悪感は強いわけでして…。
「う〜ん…。ちゃんこちゃんさんからもなんとか言ってはくれませんか?」
気づけば三つ隣の椅子に腰掛けていた彼女、ちゃんこちゃんさんにお手上げ状態、なくなく助け舟を求める。
「一度泣くと涙枯れるまで泣くからねぇこの子は…」
シクシクと、高柳くんの真上にだけまるでシンシンと雨が降っている様な雰囲気。
ピクピクと肩を震わせては、ウッっと嗚咽の様なものが微かに聞こえる。
「私なんて、産まれてこの方まだ一度も泣いた事がないと言うのに…」
全く、これだから最近の男子は。
それでも〇玉ついてるんですかっ!?
なんて口が裂けても言えない。なぜならより一層事態が悪化するのが目に見えているから。
「嘘おっしゃいな…」
ちゃんこちゃんさんからの痛く白い視線が何故か突き刺さる。
なんですかっ!私は本当に泣いた事なんてありませんよっ!
本当に本当ですってば!
涙に見えた物があるとするならそれは、そう!
心の涙!あ…違う、心の…汗、湿気、蒸気、結露…それに類する何か…何かったら何かっ!!
「けれど、そうね…それこそ涙引っ込む様な激的な出来事でもあれば……ねぇ?」
「なんだか凄く作為的な物を感じ取りましたよ…」
目配せをくれる彼女の視線の先、言いたいことが直ぐにわかった。
分かってしまったからこそ、嫌で嫌で仕方ない。
けれども私って奴は子供とはいえもう一端の年齢を迎えた一人の人間。
自分のおしりは自分で拭くのは当たり前。
蒔いた種だって吐いた唾だって、ちゃーんと自分で回収しないといけない。
「あーもうっ…わかりました!わかりましたよっ!」
ゆっくりと彼に近づくと、耳元で優しく語りかける。
「高柳くん…聞いていますか?」
「………」
返答は無いが、ピタリ、身体の揺れが止まったことを確認し意を決して話を続ける。
「1回だけ!1回だけ一緒にステージに立ちます」
「それで、それで手を打ってはくれませんか?」
「…本当?」
短く、しゃがれた声。
けれども確かに喜びを多く含んだ一言。
「本当ですともっ!なにを隠そう私って奴は嘘は最も品性下劣で愚かしい行為だと認知してますからっ!」
そう、私は知っている。
優しい嘘、着いた方がいい嘘、人の為になる嘘なんて嘯く者もいるがそんな物は存在しないと。
嘘なんてものは須らく決して人を幸せにしないと。
人間正直に生きればこそ、質の良い人生を送れるのだと、私は強く信じているのだ。
「ステージに『立って』終わり…なんて頓知じゃあないよね?」
「………………………………………………ぅん」
「あぁ………ダサいって言ったダサいって…」
「あぁっもうっ!!大丈夫ですやってやりますともっ!歌って踊って叫んで回ってワンっ!!…魔法なんかも唱えちゃいますよっ!」
こうなりゃヤケクソだ!なんだってやってやる!
と直ぐ様そんな自分の発言に過ぎた物があったと後悔する。
けれども時既に遅し、もう後戻りは出来ない。
彼の、高柳くんの耳にはもちろん、隣に座るちゃんこちゃんさんの耳にも言質として取られてしまっている。
最早私は袋のネズミ、言うなれば袋のケープハイラックス!
この事件に名前を付けるならやはり
『私、ケープハイラックスだった件』と使い回しで題し、そう名付けよう。
「ほら高柳くん、私あれが好きなんです。ひまミミの向日葵の種蒔きの時に捧げる祈願の魔法。」
──────「ビンセント♪ビンセント♪」
──────「ビンセント♪ビンセント♪」
「…ずっと聞いてなかったからか、続きはどうにも思い出せませんがあれがお気に入りで…」
徐ろに丸まった姿勢からカウンターに前のめりに突っ伏すと、そのまますこし欠けて萎れた声で歌い出す高柳くん。
それは、いつだったか久しく聴いた件の歌詞の続き…。
「ビンセント♪ビンセント♪…キャンバスいっぱいに 黄色を塗って
おひさまの 光を つかまえよう…」
「土から 芽が出て 葉っぱが開いて
天空まで 届く 花になる…」
歌い終わり、赤く腫れぼったい目を一度擦ると、こちらへ向き直り、なんともまぁ可愛らしくあざとく…なんだか変に上目遣いなんかしちゃって、妙に色気なんかも感じちゃったりして、そんな感じでこちらに満面の笑みで笑いかける彼を見て変にドキドキしちゃったりして…。
「ねぇ、鹿内さん?…ううん凛ちゃん」
「なんだか今になって歌ってみると、ポエミーな抽象表現で、すこし恥ずかしい」
「…ね?」
「ッ!?」
その時の私は彼を目の前に一体どんな顔をしていただろう?
可愛らしく頬を、耳先までもを赤く染めていたのか、羞恥の様な物で崩れた表情をしていたのか、定かでは無い。
が、しかし。
一つ確かに分かる事がある、そう一つだけ自覚している。
「…えへっえへへっ…か、かわいぃ…!!」
絶対に絶壁に完全に、気持ちの悪い表情をしていた。




