1話「ケープハイラックスだった件」
好きな曲がある。
好きな、と言うよりは聞き馴染みのある曲というのが正しいか。
あらゆる時、ふと口ずさむ様なそんな思い出の曲。
耳に染み付いた特徴の有るメロディー。
名作児童文学アニメのテーマソングの様な雰囲気。
曲名はシンプルに「ひまわり」
なんの捻りもない曲名。
だからこそ、今現在、十余年経った今でも忘れる事なく覚えているのだろう。
曲のフレーズを口ずさむに際して、必ず浮かぶ光景がある。
可愛らしいひまわりをモチーフにした衣装、実際にひまわりをあしらった太陽を受けると眩しく光る黄金色のケープである。
そして、それを纏う小さな小さな可愛いらしい女の子二人。
ひまわりの魔女とでも言うのか、背格好を見るに正確には魔女っ子の方が正しいか。
ご当地アイドル、ローカルアイドルを略してロコドルなんて呼ばれたりもする。
『ひまわりミミィ』。
可愛い女の子二人組、ひまわりの魔女っ子ユニット。
そんな二人は、子供二人には大き過ぎる舞台の上、臆する事なく手を取り合い、太陽を見上げて唱えるんだ。
確かそれはひまわりを咲かせる、祈願の様な意味合いの魔法だったか。
「──────ビンセント♪ビンセント♪ 」
続きはなんだか覚えていない、メロディーは覚えているのだが、なんともうろ覚えだ。
今思えば、羨ましかったのだろう。
誰のものでもない自分だけに用意された可愛らしい衣装、愛らしい化粧、薄く塗られたリップ、もうしわけばかりのチーク。
そんな可愛いさの魔法を、ひまわりの魔女っ子を、舞台の上光り輝く致死量のを明るさを、未だ忘れられずにいる。
あぁ、私はどうしようもなく...『可愛い』って奴に焦がれているんだ。
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『なんか鹿ちゃん...ケープハイラックスみたいな匂いすんね』
「──────ぶふぅっ!!!!?」
それは昼休み、友人たちと机を囲み、昼食のお弁当を食べ終え残りの僅かな時間、歓談に勤しんでいた時に起こった。
「ねぇ、この花のブローチ可愛いくない?」
「えっまじ?趣味最悪...ばば臭くね?」
グループの一人の女子がネットショッピングを開き、周りに感想を聞いている。
またグループの男子がそれを有り得ないと茶化す。
そんなよくある他愛もない風景。
机を幾つかかち合わせ、お弁当を囲むお昼時。
よくある学校においての食事風景。
一人二人、三人と次第にメンバーは増えていき、ここには私を含めて現在六人程が集まっている。
教室の端を陣取り、他愛もない話を啄み、一時間にも満たない時間を過ごす。
私、鹿内 凛はこの時間が苦手だ。
「あっあの!」
「私それ...そのブローチ...可愛いと思います!」
ふと視界に舞い込んだ黄金色の宝石が中央に埋め込まれたブリザーブドフラワーのアクセサリー。
どこか既視感のあるソレに、思わず食いついてしまう。
すると、ブローチをババ臭いと評した男子生徒が間髪入れずに反応する。
「え〜っ...鹿ちゃんまじか...」
「鹿ちゃんはどっちかと言うともっとこう...」
「そうっ!こんなのとか似合いそうっ!」
徐ろに自らの携帯を弄り出す彼、ネットショッピングの様な物を開き、調べ、画面をこちらへと向ける。
──────ピシィッ「...へ!?」
向けられた携帯の液晶、海外の通販サイトに写るそれは、動物の骨を手彫りしたドクロ型のアクセサリーだった。
「ドッ...ドク...ロ...?」
「鹿ちゃんには〜こう言うエスニックなアクセサリーが似合うと思うんだよねぇ〜」
「ほら」
──────『鹿ちゃんに可愛いとかって、らしくないじゃん?』
「──────...ぇ」
友達同士のなんて事ない日常の一コマ、悪気のない一言、私のためを思ってのアドバイス。
分かってはいるのに、他でもない私自身が彼らにそうさせているのに...。
目の前の液晶から目を離せない。
正確には液晶など見えてはいない。
視界は真っ白で頭は空っぽ、思考回路もショート寸前。
早く、愛想笑いで繋がないといけないのに、どうにも指先一つ動かせない。
「......ぁぁっ、あはは...私ドクロ...似合うかなぁ?」
何とか振り絞ってみるも欠けて萎れた声しか出てこなかった。
「ちょっと...あんた...マジ最低なんだけど」
「なんで?似合うと思ったんじゃん?俺は良いと思うけどなぁ...アマゾネスみたいでかっこいいし!」
「こう、なんつーの?野性味溢れる小動物的な?」
女子生徒の指摘を受けでもなお反省の色は見えない。
その間私は一歩も動けずハムスターのフリーズ現象の様に固まっている。
──────くんっくんくん「ん?」
「なんか鹿ちゃんさ」
「ケープハイラックスみたいな匂いすんね」
「──────〜〜ッッ///!!!!」
立ち尽くす私の隣に立つ男子生徒があろうことか首筋辺りを鼻先が触れる距離で嗅いで来たのだ。
頭は更に真っ白に顔は耳先まで真っ赤に染まる。
何か、何か飲まないと...立ってられない!
極度の緊張による吐き気の様な不快感。
昔から、ストレスを溜め込む癖がある。
それに際して吐き気や胃の不快感に襲われる事が度々ある。
そんな時には何か飲むか、ラムネ何かを食べると直ったりする。
震える手で水筒のお茶を注ぐと、直ぐ様一息に口内へ。
口いっぱいに含んだ冷えすぎたお茶を、思考停止状態...そのまま口の中、形ない物を複数回、思考のクッション代わりに咀嚼してみる。
──────あむっ...かみかみかみ...かみかみかみ...
「(大丈夫...大丈夫。私は大丈夫。なに、いつもの事だ。噛んで飲んで嚥下して終わり)」
(そう、私、鹿内 凛は大丈夫、今も昔もこれからも、強く逞しく...)
「.................................................................あれっ?」
気づけば、頬を大粒の涙が伝っているのに気づく。
「(あれ...なんで、いつもの事なのに...こうすれば元通りなはずなのに...)」
今日という日は生憎の雨。
強すぎる風に後押しされるように窓に打ち付けられる雨粒達。
そのひとつがイタズラに飛来したのかとも思ったのだが、どうやらそんな事はなく、正真正銘自分自身が生み出した液体であることに遅れて気づく。
物心ついてからと言うもの、私は自分の容姿の美醜であったり、汗や汚れによる匂いであったりとデリケートな部分に特段関心を持った事がただの一度も無かった。
と言うより正確には問題を感じた事が無かった。
無関心という訳ではなく必要最低限、特別整っている訳でもない顔、小さな身長、特徴の無い声、控えめな性格。
可もなく不可もないそれが自分に下した評価。
いや、一つ嘘がある。
容姿の美醜に関心がないと嘯いたが、私にも確かにあったのだ『可愛い』を追求したいと思った時期が。
探究心とそれに類する向上心に満ち満ちていた時期が。
けれどもそんな私には分不相応な感情の数々は、歳を取るにつれ様々な経験を通し顧みる中で、次第に姿を消していってしまった。
今、私の心は感じたことの無い感情に支配されている。
眼前、間抜け面で歓談の間に水を刺し尚且つとんでもなく失礼な、世に言うノンデリ発言を残した彼は、何故わざわざと目の前まで来て大衆の面前でそんな突拍子も無く不躾な事を言い放ったのだろうか?
「我一体何しくさりやがったぁ!?乙女に向かって獣臭いと申すかぁっ!?
世が世なら打首モノだぞケツの青い小童がっ!!!」
などと決して口には出さないのだけれど、どうにも今にも口から溢れ出てしまいそうになる。
左隣に座る彼女も、目の前の彼女も、右隣、斜め前、机に浅く腰掛ける彼でさえも、慰めの言葉や反論を口にすることは無く、ただ面白い!と感情を露わにして薄く笑うばかり。
私は、頭の中嚥下出来ぬものを繰り返し反芻する。
今後の友人付き合い、学校生活、そして健康的に生きたなら残り80年余りの人生。
この心の蟠りを抱えどう生きていくのか...飲み込み堪え忍ぶ事が出来るだろうか?。
いや、きっと大丈夫だろう。
私、鹿内 凛は、詮無い事で懊悩する程弱くない。
直接的な悪口であっても、幼い頃好きな人に言われた『ブス』の2文字であっても、迂遠に迂遠、受け取るまで何度も頭の中泳がせる事で理解に届く頃にはすっかりと小さく弱々しい言葉になるのだ。
私、鹿内 凛は弱くない。
小さい頃習っていたバレエ、厳しい折檻、叱責だって、兄に大好物を盗られた時であっても、涙ひとつと見せた事がないのだ。
キャッチコピーは、え〜と...ウーマンドントクライ!
女の子!汝、めげるなっ!
そう私は清く正しく美し...いかは兎も角強く強く逞しく生きている。
だから決して、こんな日常に転がり込んだ一言が喉元奥深くと突き刺さる訳...。
「うっうわああああああぁええええぇん!!!」
15歳、夏。
私、鹿内 凛は激怒した。




