75.世界を検討する。その壱
「調査団員の諸君。地球に降下し、厳しい条件にて約3ヶ月に渡る調査の完遂ご苦労だった。
多くの困難が諸君の行動を阻害したが、誰一人欠けること無く調査を終えた事は、偏に諸君らの職責に対する真摯な姿勢によるものだ。
この調査で、諸君らの働きを見せてもらい感動している。本日はこれらの調査の締めくくりとして、担当した国家・地域の状況発表と日本国に対する影響を検討するものとする。
この検討会の結果は、本議会に提出され、連合の今後の行動の指針となる。因って、闊達な議論を求めるものである。諸君らには、忌憚の無い意見を……」
ゴールデンウイークも終わったこの日、中央銀河連合対地球調査団に貸し出している高天原のビルの一室で、現地調査の終了を高らかに宣言している調査団団長の言葉を聞いている。
あれだけ多くのトラブルに見舞われながらも、誰一人死傷者を出す事無く完了したのは奇跡だと思う。
だって、民族紛争に巻き込まれたり、部族紛争に巻き込まれたり、宗教紛争に巻き込まれたり、と態々危ない場所へ飛び込んで行くんだもの。お蔭で、バルトロメイ達が大忙しだったよ……。
「最後に諸君らに伝えておく事が有る。
本会議に日本国の調査に向かったヴィート・シャンドル博士のチームの調査結果を報告したところ、日本国との接触に否定的な者達が提案していた、特殊部隊によるオティーリエ王女殿下回収を議長が完全否定する事となった。
これから我々が検討の上で出した結論が、連合と日本国の未来を構築する重要な結論になる事を心して欲しい。以上だ」
おお、やっと団長の演説が終わったみたいだ。何故か『長』とつく人は話が長いよね。例えば、校長とか。
ああ、そう云えば、団長の名前なんて言ったけ。普段はハッタが対応して、今日で会うの2回目だから名前忘れちゃったよ。
そんなどうでも良い事を考えていた俺を余所に、アフリカ担当の調査員の報告が始まった。調査団員達は、地球へ向かう調査船の中で地球内国家の歴史を学んでいたそうだ。なので報告は、基本的に1945年、第二次世界大戦以降から現在までの状態を調査した内容だ。
しかし、ヨーロッパ諸国の植民地となっていた国々は、どうしても植民地化した時代まで遡る必要が有るので軽く触れている。
そして、報告がアフリカから始まったのは、連合が日本と接触した時に起きるであろう混乱の影響が、日本に対して最も少ないと思われているからだ。
「アフリカ諸国に進出している日本企業数は481社となっており、563社を数えた2019年のコロナ禍を切っ掛けに撤退する企業が増え、現在も相当数を減らしています。
代表的な企業としては、ヨハネスブルグを中心にトヨタ自動車の販売を行う豊田通商などが長年間営業しています。
日本国以外の国家でアフリカへ進出している国家としては、1990年頃から中華人民共和国の輸出が急増し、現在の最大の出資国となっています。
ただ、中華人民共和国は、汚職と労働者と労働争議を輸出すると揶揄される貿易手法を取っており、結果として現在のアフリカ各国政府の汚職体質の継続に貢献し政情の不安定を招くと云う状態となっています。
顕著な事例としては、絶滅の危機に瀕しているアフリカゾウの象牙の密猟・密輸でNPO団体から告発され逮捕された中国人ブローカーが、逮捕後数時間で釈放される事態が続発しています。
表に出てくる事例だけでも呆れるしかない状態なのですが、政府については中国資本が根深く入り込んでいる事を考慮すると、一部政策において傀儡化していてもおかしくないと思われます。
なので、今回の調査は未完なので連合と日本国との接触時の行動は推測でしかないのですが、恐らくは中華人民共和国の要請を受けて援助要請の中に技術移転を求めるものと思われます。
しかしながら、アフリカ諸国は工業化が遅れている現状では連合技術を手にしても生かし切れず、他国へ流失する経由地となる……」
続いていく報告を聞きなが、俺は頻りに感心していた。調査団員は、ある程度は事前に学んでから現地調査をしていたとは云え、無茶苦茶良く調べてるんですけど……。
トヨタ車の現地工場があるって知っていたけど、それを仕切っている豊田通商って名前は初めて聞いたよ。それに、ケープタウンでもインフラ構築の為に頑張っていらっしゃるんですね。お体にお大事に頑張って下さい。
それにしても、日本に関わる事なのに俺よりも詳しいな……。
ベジャルーでの本会議でもそうだったが、連合から日本への技術提供を前提に話が進んでいるよ。
訝しんでいた俺にヘニッヒ議長からの説明は、『隔絶した技術を持つ存在と接触した国家は、必ず技術提供を求めるものだ。であるからには、日本国への技術提供を前提に計画して於けば、進むべき道が自ずから明らかになる』との事だったんだけど、どうやら調査団の意思の統一は出来ているようだ。
てっきり俺は調査員達の中から、非主流派や中立派のような慎重論も出ると思っていたんだけどね。
「南米諸国に於いては、産業の中心は第一次産業たる農業関係となっており、加工食品製造の為に工業化がある程度進んでおりますが、付加価値を持たせた工業製品の製造はほとんどの国家に於いて行われていません。
政情に於いてもベネズエラ・ボリバル共和国を除く諸国では、比較的に安定しており共和政体を摂っていますので、連合の存在による混乱は小さいものと思われます。
但し、エクアドル共和国は、2017年当時のモレノ大統領により反米政策を転換し、政治・経済改革及び汚職対策を国民の支持の元で進め、2021年後任のラソ大統領によって更なる経済発展を図っていたのですが、コロナ禍での世界不況の煽りを受けて経済発展の停滞を招いています。
ですので連合の存在が明らかになった時に、世界的な経済不安により資金が引き上げられると政情の不安定化を招く恐れがあります。
日本国への影響としては、元々南米諸国における信頼度が高いので不信などによる関係悪化は無いと思われます。
また、中華人民共和国の漁船が、南米諸国のEEZ内にて違法操業を繰り返し資源枯渇を危惧されていたり、企業買収・資産買収を積極的に行った後に人員整理を断行し失業者が急増しています。
これらの事により中華人民共和国への悪感情が増加したので、援助外交と揶揄される程の露骨な支援を行なったのですが、コロナ禍に於ける中華人民共和国製造のシノバック製ワクチンが有効率が低く、南米諸国国民に動揺が拡がり失望感が高まりました。
結果、相対的に日本国の評価が上がり、信頼度が増す事となっています。これらの事柄から……」
アフリカ諸国の報告が終わると、報告に対する検討を行わずにすぐさま南米諸国の報告へ進んで行った。この後は、そのまま中米の報告となり東欧と続くそうだ。
これは、調査があくまでも連合が日本と接触をした時の影響を予測する事を主眼としている為、影響の少ないと思われているアフリカ・南米・中米・東欧は報告後に一纏めで検討をするそうだ。
次々を報告されている内容を聞きながら俺は、今まで縁の無かった国々について想いを馳せていた。
全世界に拡がったコロナ禍が齎した世界不況は、多くの国々治安と政情を不安定にしている。そこへ連合が訪れ日本にのみ、その恩恵を与える。
何れは日本から多くの国々に技術提供が在るだろうが、その時を待てない国や技術を活かしきれない国からの過大な要求がされ、それに応えらない事から起きる嫉妬心が日本への信頼度を下げる結果を招くかもしれない。
今、報告されている影響が少ないと予想されている国々ですら、連合が舵取りを間違えると大混乱になるような気がする。その混乱を最小限にする為の報告検討会なのだが、いったい何をすれば良いのか俺には想像もつかない。
「以上が、最も影響が少ないと思われるグループの報告だ。各自の忌憚のない意見を期待する」
報告が一区切りついて、団長の二度目の『忌憚のない意見を求める』との発言で、調査団員達の活発な意見が交わされ始めた。
「日本国の産業構造が工業製品の輸出に重きを置いている以上、多くの国々との交易が有るのは事実ですが、連合と接触してもすぐさま現製品の仕様変更される訳でも無く、またアフリカ諸国では革新技術の提供を受けたとしても自国で生産出来ないので影響はほぼ無いと思われる」
「南米に於いても、加工食品製造機械が現状よりも高効率化・低コスト化が可能な物が開発されても、資金上の問題により更新は不可能。
因って長期では、経済を活発化させる影響が有るだろうが、短期では影響が少ないと思われる」
「中米七か国に於いては、経済的困難からアメリカ合衆国を目指す所謂キャラバンが多数発生しているが、現在のアメリカ合衆国の経済状況ではも受け入れなどは出来ようも無い。
因って通過国との間で衝突が起きて、政情が一気に不安定化する傾向がみられる。
これらの国々が藁にも縋る想いで日本国へ援助を求め、現状に変化が無いと日本国を逆恨みするのではないか」
「東欧諸国は、西欧国家の自動車製造工場が多く建てられ、また高級車を製造しているのでコロナ禍に於ける不況でも割と安定した経済となっている。しかし、世界の下請け工場としての地位に甘んじていては、労働賃金の上昇に伴い競争力を失った時に全てを失うと思っている者も多いだろう。
因って日本国への技術提供は、このクループの中では一番多いのではないだろうか」
「しかしながら、このグループの各国は、連合の技術を手に入れても再現出来ないだろう。だからこそ、早急に技術提供を受けて他国へ転売する為ではないかと思われる」
などなど議論百出なのだが、共通しているのは『連合由来の技術を提供しても再現出来ない』という事だった。
しかし連合は、技術を無差別に提供する気など無く、技術内容も日本経由の提供も制限をつける心算だから、このグループに限らず多くの国々が技術を望んでも叶えられない事になる。そして、それが安易に日本へのヘイトへ向かう事になると想像出来る。
やはり、全ての検討が終わった後に世界各国への説明をどうするか、きちんと確認して於かなければならないな。
とは云え、日本の信頼度が高いお蔭か、左程大きな混乱は起きず静観すると云うのが結論のようだ。大きな混乱が起きそうな問題を抱えている国は、国名をあげて報告されているが、その数は少なかった。
このグループで最も混乱が起きそうなのは中米七か国だが、地理的にも経済的にも米国との関係が強く、遠く離れた日本からは影響力を行使しづらく、これまた当面は静観することになるだろうとの事だ。
どうか、大きな混乱が起きませんように。と願うばかりだ。だって、俺達が起因で死傷者が出たら、目覚めが悪いじゃん!
白熱している検討会は時間が経つのも忘れさせる程だったが、お腹の中は時間経過を忘れていない模様だったので、休憩を挟み検討会はまだまだ続いて行く。
その結果、次のグループの中東の産油国は、連合の接触による一時的な原油価格の乱高下予測され、また日本に核融合発電と超伝導体の製造技術提供をする予定なので、唯でさえ混乱気味の中東情勢が更なる混迷を深める可能性があるとの事だった。
この事により、中東諸国には石油ビジネスに頼らない産業構造の構築をする事が肝要とされたが、イスラム教の教義により金融に否定的な国家も在り、前途は多難と予測された。
また、中東と同じグループの中央アジアなのだが、こちらはレアメタルの産出国が多く、レアメタルのニオブを使用する超伝導体の生産が始まれば、日本への輸出が増え経済的な不安が無くなるので混乱は少ないと思われている。
そして、時計が19時を示す頃、アフリカ・中南米・東欧・中東・中央アジアと地球上の七割近い国家の検討を駆け足ながら一日で終えた。
結果、総じて言える事は、多少の混乱はあるが日本への影響が少なく、時間を掛けて一方的なヘイトを解消していき、連合から齎された恩恵を分け与えていく。
その過程で、日本の指導力と影響力を増して行く、との事だった。
うーん、そんな事が日本に出来るだろうか?
そんな事を考えながら、高天原に建てた館へ戻っているとハッタから連絡があった。
「マスター、大変です!」
「どうした、何があった?」
「私の出番が有りません!」
「しらんがな!」
確かに地球各国の検討会では、ハッタのサポートが要らなかったので出番が無かったが、今このタイミングで云う事か?
そんなこんなで俺は、ハッタとの締まらない会話で、検討会一日目を終えた。
暫く、世界状況を浅く軽く触れていきます。
そんなの必要あるのか? あると信じたい!




