26.星々の大海よ……
以前も語ったが、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーに搭乗している人間は、俺一人だけだったりする。しかも、俺には宇宙戦艦を運用する能力など無い。その為、多くのアンドロイドが乗員の代わりに配置されている。アンドロイドの運用なども、俺に出来る訳も無く全てハッタにおんぶに抱っこ状態である。
しかし、それすらも余裕らしく『私程、他の追随を許さない個性的で優秀過ぎるAIはありませんから』とハッタが自画自賛するぐらいの性能を持っているから、アンドロイドだけでも総旗艦フラデツ・クラーロヴェーを運用出来るのであろう。
実際ハットとの会話では、『中に人が入っているのでは?』 と感じる事が度々あり、工学に疎い僕でも異質なものと感じる。
という訳で俺一人の艦内では、俺の食べる食事は自分で用意するしかなく、大量に持ち込んだ食料を使って自炊している。と言ってもそこは男の料理。大量に作って保存が基本。
今日も今日とて、がっつり肉料理を作り、遅めの朝ご飯兼早めのお昼ご飯をビールも飲んで美味しくいただいた。
体に入っているナノマシーンは、身体に有害な物は自動で分解して排出してくれる。アルコールもほろ酔い程度を過ぎると強制分解排出となる。
なので、大して酔っていないのだが、やはり朝が早かったせいだろう眠気が襲ってきた。
ハッタに連絡を入れて、一休みしようと決め。ハッタが指定した艦長室に向かい、ベッドに横になりながら連絡を入れた。
「判りました。何かありましたら連絡しますので、ゆっくり休んで下さい」
そう語るハッタの顔が、何やら悪戯っ子に見えたような気がしたが睡魔には勝てず、そのまま寝てしまった。
「マスター、起きて下さい。もう直ぐ浮上予定地点です」
どれぐらい寝たのであろうか、ハッタの声が脳に直接響き一発で目が覚めたが、窓の無い部屋では時間がサッパリ判らん。もっとも窓あっても、海中にいるから判らないんだけどね。
「直ぐに行くよ。寝てる間に、何かあった?」
「大したことは、ありませんでしたよ」
何かあったな。短いが濃厚な日々を送っているので、ハッタの短い言葉からでも察することが出来るようになった。
もっとも指令室に向かいながら尋ねた俺が期待していたのは『何もありませんでした』の返事だったんだけどな。
「何があったの?」
「先程、米国の原子力潜水艦を発見しましたので、音波振動通信装置を使用してメッセージを送りました。すると同じ場所をクルクルと三回転したので、続いて『BOWWOW!』と送っておきました。そしたら、尻尾を巻いて来た方角へ転進して行きました」
ア、アレを送りやがったのか。しかも犬扱いして……。
「やるなって言ったじゃん」
「仕方ないのです。あのままですと、当艦の浮上を感知出来る場所を航行していた可能性が高いですから」
確信犯だな、ちゃんと言い訳を用意してやがる。
「離れるのを待ってれば良かったじゃん」
「何を言っているのですか。軌道上のISSから目撃されないように、ISSが地球の裏側にある時に大気圏を脱出しろと言ったのはマスターではないですか。そのタイミングで浮上予定を立てているのですから、今更変更なんて出来ませんよ」
ぐぬぬ……。理論武装までしてやがる。
そして、指令室に到着した俺は、スクリーン映るハッタに……、
「後で、騒ぎになったらどうするの」
「2021年、米国上院へ提出されたペンタゴンUFOレポートに、水中速力数百ノットで移動する未確認飛行潜水物体の姿を捉えたと記載されていました。みな半信半疑に受け取っていましたから、今回の事も同じようなオカルト話の一つとなるだけですよ」
駄目だ、口喧嘩でハッタに勝てそうにもない……。
「はぁ~、で、現状は?」
「現在は、北緯22度。東経154度付近です。日本時間で18時17分。現海域とは、約2時間の時差がありますから、20時ぐらいと思って下さい。
当海域を航行する艦船は、ありません。また、ブリベン、東京間の航空路から約500Km離れていますので、目撃されることは無いでしょう」
「艦の準備は?」
「準備万端で、バッチコイ状態です」
もうもう待ち切れないようだな。なら、行くか!
「宜しい。では、総旗艦フラデツ・クラーロヴェー浮上」
「総旗艦フラデツ・クラーロヴェー浮上開始します。海面到達まで、約76秒」
ハッタの声と共に総旗艦フラデツ・クラーロヴェーは浮上していくが、日没を終えた海中ではただの暗闇でしかなく、ドーム天井のスクリーンも闇のままだった。
本来、潜水艦と言うのは、船内のバラストタンクに海水を出し入れして浮上と潜航を行う。バラストタンクなと持たない総旗艦フラデツ・クラーロヴェーは、船体を重力制御で持ち上げて浮上と潜航を行う。
大気圏内も動力機関の出力と合わせて飛行する。そして、その時が迫りつつあった。
「当艦、あと5秒で海面に浮上します。5,4,3,2,1浮上。対空捜索を行います。200Km範囲に機影無し」
ドーム天井に映るのは、満天の夜空。街明かりとガスが溢れる日本では見られない光景だ。津久留島でも、星空が美しいと感じていたが、それ以上だな。
おっと、星空を眺めてばかりだと、またハッタが勝手をしそうだ。ここは、『チエック、ダブルチエック』でいこう。
「各部、再チェックを」
「もうチエック済みです」
俺の考えなど、先読みされていました。
「では、離水開始」
「主動力機関出力45%、重力制御出力増加。離水します」
メインスクリーンとドーム天井に映る満天の星々と月が、ゆっくりとではあるが大きくなっていく。その間、艦長席に座っている俺は、重苦しいGなど全く感じずとても快適だ。
そしてサブスクリーンに映る地上の明かりが、宇宙へ向かっている実感を十分に味わわせてくれる。そう俺は、宇宙へ向かっているんだ。しかも誰もが想像しない方法で。1700年前に齎された縁によって。
ロト7をかった時、当選した時、津久留島を買った時、全ての時に於いて、こんな子供の頃のように胸弾む未来が待っているなんて想像もしなかった。この時の俺は、全ての巡り合わせに、ただ感謝していた。
「高度10万メートルに達しました。大気圏脱出。以降は、キロメートル表示に切り替えます。主動力機関出力60%に増加、速度上昇させます」
ロケットで大気圏を脱出するのに約10分ぐらいかかると聞いていたが、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーはその約半分の時間で到達した。そして、加速しつつ高度を上げ続ける。
ハッタも俺も何も言葉を発すること無く、総旗艦フラデツ・クラーロヴェーは進み……、
「現在、高度3万6千キロを超えました。静止衛星高度を超えましたので、月へと向かいます」
「ハッタ、ちょっと待って。反転して、地球を正面にみせて」
「はい……」
全てのスリクーンいっぱいに映る、青く輝く美しい星。俺が生まれ育って、大地に足を付けて暮らしていた星。そして、傷付いた総旗艦フラデツ・クラーロヴェーが1700年前に辿り着いた星。
人の思いは違えど、常に在り続けた星、地球。その星を俺は正面に見据え、ただ黙って見つめていた。
するとハッタが、静々と口を開く……、
「マスター。オティーリエ王女と最後に通信した時に、ぽつりと『また宇宙を駆けたかった』と呟きました。私は、オティーリエ王女の願いを叶えられたのでしょうか」
「ああ、きっとな……。オティーリエ王女がいてくれたから……。オティーリエ王女が望んでくれたから、俺は今ここにいる」
「マスター、オティーリエ王女に報告を……。いえ、オティーリエ王女が再び望んだ星々に報告がしたいのですが、宜しいでしょうか」
「ああ」
俺は、ハッタの地球での1700年を思うと、たった一言しか口に出来なかった。
そして、少しばかりの静寂が流れ……。
「オティーリエ王女、あれから1600年もかかりましたが、漸く命令を果たしました……。……星々の大海よ、私は帰って来ました」
いつも空騒ぎをしているのは、その心情を、その思いを、内に秘めていられないからではないかと、この、どこまでも人間臭い人工知能に感じた。
そんなこんなで総旗艦フラデツ・クラーロヴェーは、星々の大海に帰って来た。俺を連れて。
漸く宇宙へ到達しました。
ここまでお読み下さった。皆様に感謝いたします。
ハッタのボツネタ。
「大戦で散った多くの英霊たちが……無駄死にでなかったことの証のために! 宇宙を望んだ王女の願いの成就ために! 総旗艦フラデツ・クラーロヴェーのために!……星々の大海よ、私は帰ってきた!!」




