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王国の花名  作者: 詠城カンナ
第二部 『海賊編』
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第二十七章 牢獄




第二十七章 牢獄




†▼▽▼▽▼▽†



 ――冷たい。


(アルさま……待ってください)


 悪夢をみていたようだ。身体はだるく、重たい瞼はなかなか上がらない。それでも外気の冷たさに、スーは思わずぶるりと震えて、一気に目を覚ました。

 最初に目に入ってきたのは、汚らしい鉄の檻であった。まだ自分はアルによって檻に入れられたままなのかと一瞬思ったが、そうではない。冷たいタイルの床に座らせられ、足首と手首に重たい冷たさを感じる――そして鎖が、連なっていた。

 なにが起こったのか、スーにはわからなかった。よく思い出そうと顔をしかめるも、うまくいかない。

 なぜ、どうして、自分は――鎖に繋がられているのだろう?

 そこはアルに連れられていった場所ではなかった。天井は高く、辺りは薄暗く、時折ぴちゃぴちゃと水音が響く。汚れた鉄格子を目前にして、スーはうなだれた。

 手錠、鎖、鉄格子……ここは疑いようもない、罪人を入れておく牢屋だった。

(どうして、わたしが)

 アルはなにを考えているのだろう。もしかしたら本当に殺されるのかもしれない……それか一生、罪人としてここで鎖に繋がれて生きていくのだろうか。

(……もう、泣かない)

 うるみそうになる目に力を込め、スーはぐっと奥歯を噛みしめる。最近はずっと泣いてばかりいた。ちょっとしたことにも、心が反応してぐらぐら揺れてしまう。

(だけど、もうあきらめない)

 アルは自分を泣かせたいのだ。それならば、その欲求に応えてやるなど、どうしてできよう?


 アルはアルだから、それでいいと思っていた。認めていこう、と。

 しかし所詮、それはただの逃げだったのだ。認めるといいつつ、遠ざけたのだ。どんな意味であれ自分は彼の特別なのだと思いたかったために、アルの異常な執着を受け入れたふりをしていたのだ。


(わたしは、ずるい)

 手で顔をおおい、スーは息を吐く。堪えなければ、泣いてしまいそうだった。

(アルさまを好いてはいないくせに……彼を独占したがってた)


 特別になりたかった。認めよう――自分は、特別になりたかったのだ。

 幼いころから、どこか引け目は感じていた。自分の存在はなんなのか、いつもわからずにいた。フィリップのやさしさに甘えながら、結局依存しつつもどこか遠ざけた。

 ――わたしがいちばんになりたい。

 そんな想いが、あった。だれかのいちばんに、なりたいと。

 けれどそんなこと言えやしない。フィリップや侍女たちにきらわれたくないがために、スーは控え目な少女を演じた……それが本当の自分であったと言い聞かせて。

 いつもいつも、激しい感情が内にあったのに。それを抑えに抑え、物分かりのいい少女をやってきた――好かれていたかったから。


(本当のわたしは、貪欲だ)

 いつかランスロットが言った言葉を思い出す。本当のあんたはどれだ、と。

(けれどわたしは、変わりたい)


 手を顔から離し、目をあける。冷たい空気を肺に送り、けれど胸には熱い想いを秘めさせて、スーは誓う。


 ――今度こそ、本当のアルと向き合っていこう、と。





「んっ」

 突然胸に冷たい重みを感じ、スーはびくりと身を縮める。動いた拍子に襟の間からなにかが入り込み、胸元をひんやりとさせたのだ。

(え)

 その違和感を頼りに目をやると、首には金色の鎖がかかっていた……見覚えのある、それが。

(まさか)

 服の内側に入り込んだその冷たい感触に、スーはなぜか底知れぬ恐怖を覚える。見間違えるはずもない。はっきり働きはじめた頭に、その濃い芳香が響く。


(アルさまのロケットだ……!)


 スーはびっくりしてたっぷり数秒固まった。夢ではないかとさえ思えたのだ。

 アルにとってこのロケットがどういうものなのかはっきりとはわからないが、それでも特別なものであることは確かだ。

 乾いた唇を湿らせ、スーは頭を捻る。王子の思惑はさっぱりだが、自分がどういう状況にあるのか、またなにをしなければならないのか……考えるべきことはたくさんある。

(それにしても……このままではいけないわ)

 牢獄に繋がれたままでいるわけにはいかない。どうしたものか……。



「スー」

 ハッとして顔をあげる。闇の奥から聞こえた声に、希望が見えた気がした。

「スー?」

 声はもう一度問う。つづいてガチャンと重たい鉄の扉がひらく音がした。

 やがて現れたプラチナブロンドの髪。ランプを片手に、恐る恐るとのぞかせる瞳は頼りなさ気だった。

「リオルネさま!」

 姿をはっきりと見とめると、スーは叫ぶように声を発した。この薄気味悪い寒々しい場所で狂いそうな寂しさを存分に味わうこともなく、こうして再びなつかしいとさえ思える人物に会えたのだ。よろこびに涙腺は緩む。

 リオルネはスーの声を聞きつけると、急いで近寄ってきた。蒼白で疲れたようにさえ見えるが、相変わらず利発さを思わせる目元を彼女へ向けた。

「スー!よかった。やっと会えた」

「リオルネさま、これはいったい……アルさまはどうして?」

 スーは必死で口をひらく。リオルネは眉をひそめ、悔しそうに言った。

「わからない……それより、大変なことになったよ」

 ごくんと生唾を呑み込む。足の裏からぞわぞわした冷たい恐ろしさが這ってきた。鎖は重くスーを繋ぎ、鉄格子はリオルネとの世界を隔てている。

「スー、本当のことを言えよ」

 悲痛な面持ちで少年はつづける。スーが拍子抜けしていることにも気づかずに。

「お願いだから……スー、僕は――」


 そのつづきは聞けなかった。突如ぬっとリオルネの背後に現れた男に、スーはびっくりして悲鳴をあげそうになった。

「おやおやこれは、リオルネさま。いくら子供とは言え、いささか仕置が必要ですかな」

 嫌味たっぷりに男はせせら笑った。白髪の混じった黒髪に、切長の眼をした男だ。髭がまばらに生え、目の下にはクマができている。やつれているように頬は痩け、どちらかといえばスーよりも彼のほうが囚人にふさわしいとさえ思える。

 リオルネは急に現れた男をじとりとにらむと、舌打ちをして言った。

「その必要はない。おまえこそ、なにしに来た」

 男は大袈裟なほど恭しく頭を下げ、リオルネに戻るよう促す。

「お迎えにあがりましたよ、リオルネさま。急にいなくなられては、皆が心配します」

「でも――」

「なるほど。お父上の顔に泥を塗りたいのですか」

(この人……)

 なんていやな人なのだろう、とスーは奥歯を噛みしめる。リオルネを小馬鹿にして楽しむ、なんと卑劣な大人か。

 リオルネはかっと顔を赤くし、しばらくにらみつけていたが、やがてふんと鼻をならして踵を返しかけた。だが、チラとスーに目を向け、ぽつりとこぼす。


「絶対迎えにくるからな。おまえは、僕の侍女だ」


(リオルネさま!)

 うれしい、という感情がぶわっと湧く。思わず泣きそうになるほど、胸は熱くなった。

 なにが起こっているのか把握しかねる。それでも、リオルネのまっすぐな強い想いは、とてもあたたかだった。



 リオルネが黒髪の男に連れられて出ていったあとで、入れ替わりに別の人間がやってきた。ひとりはよく知るアルの側近・クリスで、もうひとりは時の大臣・ルドルフだった。

「クリス……さん」

 声はかすれていた。クリスの表情はいつになく固く、唇はきつく結ばれている。ルドルフは顔中にいやらしい笑みを浮かべ、まるで獲物を目の前にしている空腹の動物のように舌舐めずりをしている。どう考えたとて、よい予兆ではあるまい。

 先に口をひらいのは、髭をたっぷりとたくわえたルドルフだった。

「勘違いしないでもらいたいが……我々は、おまえを尋問しにきたのだ」

「尋問っ?!」

 あまりのことにオウム返しに尋ねると、大臣はさらにニンマリと笑う。

「そうだ。よってこれからおまえが口にする言葉はすべて証拠に――おまえが王子を殺した証拠になる」

 一瞬、スーはその言葉の意味がわからなかった。反芻し、頭に言葉を響かせる。

(王子……?あ、アルさま……が?)

 ドクン、と心臓が鳴る。重たく、息苦しく。

 スーはぎゅっと唇を結んだ。


「……まだ、真相はわかりませんが。けれど、アル王子が姿を消したのは事実です」

 それまで沈黙を守っていたクリスが、重たい口をひらく。ルドルフはフンと鼻をならし、少女を舐めるようにながめる。

「さぁ、卑しい身分の娘、正直に言え。王子をどこへ消した」

 スーは勝手に決めつけられた状況に困惑しつつも、気持ちの悪くなるほどの不快を抑えられなかった。

「ちがいます!わたしはなにも知りません……」

「では、どう説明するつもりなのかね?」

 大臣はニマニマしながら言う。スーがわけもわからず困惑するのを愉しそうにながめながら、ゆっくりと言葉を落とす。

「おまえがアル王子の部屋にいた事実を……その部屋に王子の血痕が残っていたことを。どう説明するつもりかね?」

 ルドルフはさらに笑みを広げ、さらに一歩牢へ近づく。

「賊を呼び寄せ、王子をどこかへ連れ去り殺す手はずだったのだろう?あさはかな小娘だ」

 そう言うや否や、大臣は白い紙を取り出し、スーの前へつきつける。びっしりと埋まった文字の上から、王家の紋章が押されていた紙だった。


「娘、おまえを王子暗殺の容疑で公開処刑とする」


 高々に放たれた言葉は、スーの耳を通り抜けた。その言われた言葉の意味が、理解できなかった。

(暗……殺?)

 頭の奥からグワングワンと不協和音が鳴り響く。耳が痛い。目眩がする。

(……処刑?)

 状況に頭はついていかない。

(あ、アルさまは……アルさまはいったい……)


「とぼけるなよ小娘が。おとなしく王子の居場所をはけば死罪は免れるかもしれんがな」

 大臣はにやっと笑みを広げ、でっぷりした腹をかかえて出ていった。

 あとには冷たい沈黙と、スーを見つめるクリスだけが残った。

「あ、わっ――わたしじゃない!クリスさん、信じて」

 泣きそうになるのを必死でこらえ、スーは叫ぶようにクリスに訴える。しかし、王子の側近は固く唇を引き結び、冷たいまなざしをこちらへ向けた。


 彼は、アル王子の側近だったのだ。次期国王であらせられる、アルティニオス王子の、ただひとりの優秀な側近だったのだ。

 やさしく、医術に優れ、豊富な知識と賢さで王子の手足となり働いていた――そしてやがては国王の、否、この国の参謀ともなるはずの地位を約束された人物なのだ。歳ころはスーとそう変わらないとはいえ、彼は完璧な従者であり、ただの役立たずな召使にしかなれないスーとはちがう。

(この人も、そうなのだ……ランスロットさんのように)

 王子の危機にはすぐに駆けつける第一騎士。そして常に世の中の動向に気を配る側近――彼らはアル王子を取り巻く闇から彼を守り、導き、武器となる存在なのだ。

(わたしとは、ちがう)

 言いようのない悲しみが顔を出す。比べるべきものではないのに、ショックは隠しきれなかった。

 クリスもまた、いちばんに考えるのはアルのことであり、たとえずっと友人のような付き合いをしてきたとて、状況によってはその関係は変貌を遂げる。やさしくほほえみかけてくれた彼は嘘のように、別人のように少女を尋問するだろう。

 しかし、それを咎める資格などない。スーは彼の『なにか』ではないし、彼もまたスーの『なにか』ではない。クリスは『アルの家臣』なのだから。


(どうすることもできない……このままでは、わたしは処刑される)

 息を吸い込む。だれも助けてはくれない。それならば、自分でなんとかするしかない。

「本当のことを言ってください、スー」

 クリスは感情の読めない声で言った。

「僕は君を、救えない……」

 スーはまたひとつ息を吸う。あせってはいけない、冷静になれ、と自身に言い聞かせて。



 しばらく沈黙がつづいた。スーもクリスも、それぞれ考え込んでいるようで、空気は冷たいものをはらんでふたりを包む。やがてふっと息を吐き出したクリスは、赤い目をふせ、口をひらいた。

「もうしばらくしたら、またルドルフ大臣と尋問にきます……それまで、よく考えてください」

 クリスは一秒たりとも、目を合わせはしなかった。去り際、こちらを見ずに言葉を発する。

「あなたにとってどちら側が有利なのか――よく考えてください」


(裏切られた気分になっちゃいけない……クリスさんは王子の側近なんだから)

 再び訪れたひとりぼっちの暗闇。スーは目をとじ、自分に言い聞かせる。

(わたしは今、誤解されている。王子反抗グループの味方なのだと、思われている)

 なぜ?

 先ほどクリスが言った――どちら側につくか、ということは、アル王子の姿が見えないのは、その反抗グループのせいなのだろうか。今まできた刺客も、すべて?今現在、王位を継ぐ者が他にいない場合、国はただ混乱に陥るだけなのに。

 それにしても、なぜ自分はアルの部屋にいたのだろう。たしかあの夜は、アルに連れられ拷問部屋にいったはずだ。

(――アルさま)

 唇を噛みしめる。なにがあったというのだろう。

 彼の過去に、なにが。



『スー、助けてよ』

 アルの声が、耳から離れない。

『ステラティーナ』

 その名を呼ぶ声が、頭に反響する……。



 あきらめてはだめだ、とスーは自身を奮い立たせる。彼をこのままにしてはおけない。

 アル王子が死ぬなんて、そんなことは信じない。なにがあったのか、だれも教えてくれないのならば、自分でどうにかするしかない。このまま公開処刑を待つなんて、ごめんだ。

 ガチャガチャと手を拘束する鎖を鳴らす。さっさと脱出しなければ。とにかく、逃げなければ――。


 と、そのとき、出し抜けにうめき声が聞こえた気がした。そして次の瞬間、ガチャッと扉が開く音がして、つづいてランプの光が目を射抜く。

 そこに現れた人物はすばやい動作で檻の錠を壊し、少女を拘束していた重たい鉄に鍵を差し込み、彼女を解放した。

 スーが驚いてまじまじと光に浮かびあがった人物に見入るなか、彼はにこりともせずに彼女の腕を取る。

「はやくしろ……見張りの兵士は殺してない。目覚めればすぐに追ってがかかる」

 スーはあわてて立ち上がり、頷く。疑問もたくさんあるし、叫び出したいような気持ちもあるが、今はとやかく言ってなどいられないのだ。

「行くぞ」

 彼はそんなスーを見、腕をつかんだまま走り出した。腰にさした剣がさっと光る。




 外は朝日に白んでいた。そのなかを、走る。

 脱獄犯とその加勢者は、だれにも気づかれることなく、王宮から姿を消したのだった。







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