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二人羽織り  作者: ?
4/12

職員室で祖母が倒れたことを聞くと、それまで上の空だった分急に驚きがきて坂本は頭が真っ白になって口をあけて何秒かの間固まってしまった。

「まぁそう心配することはない。昨日の葬式で雨に打たれて体調を崩しただけのようだから。一応入院するからお前に着替えやら、歯ブラシやらを持ってきてもらいたいそうだよ。あと、なんと言っていたかな。あぁミカンだ。ミカンも持ってきてほしいらしい。とにかくそれくらいのことを電話で私に話せるくらいだから心配はないだろう。お前はもう今日は帰って、おばあさんに頼まれたものを持っていってやりなさい」

「はぁ、そうですか。わかりました」

ため息混じりに挨拶をして、坂本は職員室を出た。

坂本はばあさんに言われたとおりのものを用意して、病院へと急いだ。受付で聞くと、ばあさんは3階の6人部屋の一番奥にいるらしい。坂本がそこについたときには婆さんは隣で眠っている同年代の女性と親しげに話していた。

「おぉ悪いな」と婆さんは坂本を見ると片手を挙げた。高熱をだして倒れたという割にはいつもと同じで仕草も口調もはっきりしており病人には見えない。

「おう、大丈夫か?」

「いやぁ、今回は死んだと思ってね。なんせお前起き上がるのも辛くて電話口にたどり着けるかも分からなかったから」

「でも、もうだいぶ良くなったみたいだな」

「ずっと寝ていたら退屈で熱も冷めちまったよ。人も熱菌も退屈が一番嫌いだね」

それから婆さんの話は滝のように途切れることなく続き、訪れる前には幾分かあった坂本の心配もさらい流していってしまった。

いつの間に日は暮れ、話半分で聞く坂本の視界では窓の外の藍色の夜空が広がっていた。近頃目が悪くなったせいか、それとも少しずつ都会化していくせいか、坂本の目に昔ほど多くの星は見えなかった。

「あぁそう、じゃあ俺そろそろ帰るわ」と半ば強引に話を切って帰ろうとすると、最初ばあさんは「おう帰れ帰れ」と手をシッシと振ったが、しかし一秒もすると思い出したように「あ、ミカン置いてけ」といって正に手のひらを返した。

坂本は苦笑いしながら「物欲の減らないババァだ」とミカンを一つその手のひらに乗せて帰っていった。


病院から人気の少ない道を何でもないことを考えながら自転車でゆっくり家まで向かい。村はずれの古い我が家に入って、玄関の灯りをつけて、誰もいない家を見渡すと、婆さんがいないとなんだかんだで広い家だなと坂本は思う。

一時は四人で住んでいたこともある家だから一人の今そう感じるのは当たり前かもしれない。ふと坂本は家族で狭い食卓を囲んでいた昔を思い出した。一人だと思い出すことが多いからあまりよくない。

今日は飯を食べろとか風呂に入れだとか急かす人もいない。なんでも自由か。そう思うと逆に何をする気も起きなく、坂本はただ椅子に座ってボォッとしていた。夜になって風が強くなって、夜風の音や、風に揺らされて軋むドアの音が聞こえる。この家は古いから少し風が吹いただけで色々な音が鳴り、他に誰かいるのではないかと思わせるほどだ。ゲンキやサチが初めて家に来たときはよくこの音を恐がったりしていたものだった。

昔はドアがこうやって音を鳴らすと、自分も父が帰ってきたのではないかと思ったりした。今考えると馬鹿らしい。そう考えながらも、目をつぶっている坂本の瞼の裏には父と母が映っていた。

「寝ているの?」

急に声が聞こえて、坂本は飛び起きた。サチの大きな目が坂本を上から覗き込んでいた。

「おぉびっくりした。なんで急に入ってきているんだよ」

「何回かドア叩いたけど、反応ないから入ったわよ。別にいいでしょ。嫌ならちゃんと鍵しなさいよ」

「そういう問題でもなかろうが」

サチは両肩をあげて面倒くさそうに、「はいはい、ゴメン」と言った。

「それで、おばあさんはどう?」

無表情だがサチの声はいつもより棘がとれて優しかった。坂本は「見に行ったけど、いつも以上に元気だったよ。しょうもないくらい」と笑って答えた。

「そう、よかったね。まったくあのお婆さんは有名人だからすぐ村中の話題になっていたわよ。まぁ私はあの人のことだから心配ないだろうとは思ってたいたけど」

普段はムスッとして大人しいくせに機嫌がよいとお喋りが止まらないのは、サチも婆さんもよく似ている。まあ、そのくらい心配していてくれたのだろうと、坂本は大人しくとめどないサチの話を聞いていた。それに、サチとこうやって二人で話すのも思えば久しぶりだ。坂本は何となく嬉しかった。

「そういえば、サチ。その手に持ってるの何?」

「あ、コレ?お弁当。母さんが持ってけって言うから。どうせアンタ何も食べてないでしょ」

「おう、やった」

紫色の風呂敷に包まれた弁当箱を受け取って坂本は歓喜の声をあげた。すっかり夕飯のことなど忘れていたが弁当を前にすると、急に腹が減っていると言うことを思い出した。

「うん、じゃあ私帰るから」

「あ、サチ。お前飯食ったの?」

「うん」

「デザートは?」

「いや、何で」

「ミカン食ってけよ。畑行こうぜ」

「え、いいわよ別に」

「いいから行こうって」

「いいって」

坂本は弁当を抱え上げて立った。「さ、早く早く。腹減った」とサチの肩を叩いて家の裏にあるミカン畑に向かった。

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