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「サカポン、俺腹が痛くなってきた」
「我慢し、今更列抜けられないだろ」
ゲンキは腹を右手の手のひらでしきりにこすって雨で冷えたお腹を何とか暖めようとしていたが、段々体がくの字に曲がり歩みも遅くなった。
「お前の母さんが羽織の下に腹巻していけって散々言っていたじゃんか。暑いって言って無視したのが悪い。上についたら隠れてどっかでしてしまいなよ」
「そんなことしたら罰が当たる」
「仕方ないだろ」
人前で漏らすくらいなら罰もヘッタクレもあるかと坂本は思う。ゲンキはただでさえ学校でのけ者にされがちなのに、これ以上いじめられるような口実を与えてしまったらどうなるだろう。もう坂本にだって庇いきれないかもしれない。
(まったくどうしてことあるごとに、こうダメな奴なのだろう)
坂本はへっぴり腰で歩く情けないゲンキに合わせて歩いているとモヤモヤと心に分厚い雲がかかってくるので、プンと前をむいてそちらを見ないようにした。
葬儀の列は霧の中を進んでいる。前方のぼやけた景色のなかで色とりどりの羽織が揺れているのがどこか幻想的だった。
(今、カヨコちゃんはどんな気持ちだろうか)
カヨコは今、母親の人形を持って先頭を歩いているはずである。そのことを想像すると、坂本は自分もどうしても厳粛で悲しい気持ちでいなければならない気がしたし、この場がどこか神秘的なものでなければならないと思った。だから、いっそう隣でうめいているゲンキには構わないようになった。
長い列は青門寺につくと広場を一周しはじめた。青門寺は紅泉山にある三つの寺のうち一番低いところにあって、主に村人の葬儀はここで行われる。
森を切り開いて作られた広場の真ん中にポツンと一本だけしめ縄をまかれた木と小さい寺が残されており、紅泉山にある寺は三つともそのような作りになっている。広場を回っていた人々は青門木を中心に円を作って並んだ。
骨壷を持った男性と人形を抱えたカヨコが円から抜けて青門木の前に立った。
雨に濡れてはりついた黒い羽織の上でカヨコの冷たそうな色白の首筋が目立った。眼元は伏せていて、小さい顔は俯いてそっと青門木に母の人形を埋めた。
(今、何を考えているのだろう)
彼女が抱えていた人形のように、坂本はカヨコが何か人ではないもののように思える。彼女の空気のなかに透けていきそうなほど澄んだ姿は、なんとなく森に吹く夜風の雰囲気と似ていた。
坂本はなんだかとても寂しい気持ちになった。カヨコを見ていると寂しく息が苦しくなる。やはり、彼女は夜風に似ている。
人形を埋めたあと立ち尽くす白い彼女の姿が、いつまでも頭に残って坂本はその夜眠れなかった。