拝啓 天馬 私は聖なる書を手に入れました
天馬、私はいま、私の前世はやっぱり男だったのだと、しみじみと感じております。
どんなにたおやかな乙女であろうとしても、やはり過去の残骸はなかなか消えないようです。
だからでしょうか。男と男の物語より、ご令嬢とご令嬢の物語の方が俄然素敵だと思うのです!
昨日借りた『咲くも花、つぼみも花』はご令嬢とご令嬢との愛の物語で、この愛の深さを語るには一日ではまったく足りないわ。
リリナ様が話される行間のお話も、ニコルとレオレオでは共感できませんでしたが、ご令嬢同士だととても分かるのです。
あ、レオレオというのは、私がレオルドに付けたあだ名です。ええ、この呼び方はイケメンに対する私の憎しみが込められています。まぁ、レオレオの話は置いておいて。
私、いま目の前に天馬がいないことを感謝する日が来るなんて思ってもいなかったわ。もし、貴方が目の前にいたら、手首を掴んで椅子に押し付け、延々この『咲くも花、つぼみも花』について語っているところだったわ。
今も長く語りたいところだけど、私も色々忙しくて、学院のお勉強、商会のお仕事、下水道計画についてももっと練りたいところだし。
でも、クリスティーナお姉様によく似た、美しくも素晴らしいローズ様については語りたいわ。ローズ様はね、
「あ…もうページが」
ついつい『咲くも花、つぼみも花』のローズお姉様のことを語っていたらページが終わってしまった。数えてみると、なんと六ページもその素晴らしさについて書いていた。少しだけのつもりが、なんたる失態。
時計を見ると、いつもならもうとっくに朝食を食べ終わっている時間だ。
今日一日はサニーに休暇を与えていたため、時間の流れに気づかなかった。
朝食を食べている暇はないようだ。支度は終わっていたので、ソフィーは鞄を手に取り、自室のドアを開いた。
今ならリリナの愛する、行間にある書かれていない文字も読めそうな気がした。
そう、全てをローズとマーガレットに変換してしまえばよく理解できる。
ソフィーは新たな武器を手に入れた気持ちで、しかし優雅さを忘れないよう教室へと急いだ。
「ソフィーは休暇をどう過ごすの?」
放課後、リリナに問われ、もうすぐ初めての長期休暇だと気づいた。
この世界にクリスマスというものはないが、年を越すという概念はある。休暇は、月の中旬くらいから始まり、年を越す。日に換算すると大体二十五日くらいだ。学院の生徒は実家に帰るのが義務であり、また楽しみでもあった。
ソフィーも王都の家族のもとへ帰るのを楽しみにしている。タリスにも訪れ、クレトや栽培を担っている皆とも会いたい。
(あと、ハールス子爵様の所にもご挨拶に行かないといけないわね。ハールス子爵夫人から頼まれていた物語もお届けしたいし)
ハールス子爵夫人には、読みたい物語が無いか手紙で聞いてみたところ、とても喜んで、いくつかの物語の名が書かれた返信が来た。調べてみると続きが数冊あったので、全て写してある。
それだけではなく、今一番人気の『金色の騎士と黒曜石の少年』と、ソフィーお気に入りの『咲くも花、つぼみも花』も写す予定なので、準備は万全だ。
せっかくの休日を無駄の無いよう過ごすつもりなので、計画は完璧だった。
(そうだわ、タリスに行くときは、ミカルも連れていかないと大泣きするかしら?)
“女王の薔薇”への入学が決まって一番不服そうだったのが、弟のミカルだった。
せっかく王都で一緒に住めるようになったというのに、今度は女学院に入学することとなり、また離れ離れになることを泣きながら父に抗議していた。
唯一、自分を惜しんでくれるミカルに、ソフィーは嬉しくて、つい顔が緩んでしまったくらいだ。
「わたくしは王都の本邸に帰るのだけど、ソフィーはどうするの?」
「私も王都に帰りますが、タリスにも足を運ぶつもりです」
「あら、あの“食のタリス”に?」
「はい。私はあちらでの生活が長かったので」
「あそこは素敵なお菓子や食事がたくさんあるのでしょう? ラナお姉様が仰っていたわ!」
「そうですね。特にお菓子は種類が多いかもしれません」
つい先日、リリナはなんとラナと姉妹の契りを交わした。
二人の、行間を読む趣味嗜好が一致したことが一番理由として大きい。
リリナはラナのことも崇拝していたので、尊敬するもう一人のお姉様と趣味があったことが大変嬉しかったらしい。ラナの方も、リリナが全てにおいて自分を肯定してくれるのが嬉しいらしく、二人は似合いの姉妹となった。
リリナの小指にはめられた指輪がキラキラと輝いている。ラナから贈られたものだ。同じようにソフィーの小指にもクリスティーナが贈ってくれた指輪がある。
指輪は同じものだと思っていたが、どうやら贈る人間の趣味が反映されているようで、ラナから貰ったリリナの指輪には、ラナの瞳と同じ色の宝石があしらわれていた。クリスティーナから貰った指輪には、青い宝石が薔薇の花をかたどるように散りばめられている。




