拝啓 天馬 突然ですが、腐女子って知っていますか?Ⅲ
クリスティーナは戸惑った。
会いたくても会えないということは、その方はもうこの世にいないということになる。だが、この世にいないのなら、無事と幸せを願う意味が分からない。冥福を祈るというなら分かる。けれどソフィーの言い方では、まるで別の次元で生きる誰かを想っているような言い方だ。別の世界に住む、誰かの幸せを願っているような。
(不思議な子……。でも、嘘はきっと口にしていない)
クリスティーナに話す言葉は全て真実なのだろう。クリスティーナは人が嘘をつくとき、誤魔化そうとしている時、少しの表情の動きや、手足の動きでそれが分かる。ソフィーは一つの嘘も無く、真実を口にしていた。
(この子はわたくしに嘘はついていない。それなのに、どうして胸が痛いのかしら)
胸がちくりと痛むのは、なぜなのか。クリスティーナは扇を口元に当て、ゆっくりと、自分自身の胸の痛みを考える。他人だけではなく、自分自身を分析することも嫌いではない。
(……ああ、この子の“特別”に、嫉妬しているのね)
少し前は、“ある人”に嫉妬した。
自分より先に出会った“ある人”を、少しだけ。
あの人が話してくれたから、自分だってソフィーに興味を持ち、彼女を“妹”にしたというのに。
理不尽にも、なぜ最初に見つけたのが自分で無かったのかと憤った気持ちを持ってしまった。
嫉妬も、憤りもすべて今まで自分が持たなかった感情だ。だが、その感情の原因がソフィーだと思えば嫌ではなかった。
目の前に座る、自分の発した言葉でクリスティーナが不快な気持ちになっていないか心配している少女を見つめ、優しく微笑む。すると、安心したように笑顔を見せてくれた。
ソフィーの中にいる“特別”など、クリスティーナにはどうでもいいことなのだ。
だって、
(今、目の前にいるわたくしの方が、いずれもっと特別になるわ)
ソフィーは、美しい人がまさか自信をもってそう確信していることなど露知らず、クリスティーナのために温かなお茶を淹れるのだった。
クリスティーナとのお茶会を終え、自室に戻ろうと廊下を歩いていると、リリナが待っていたかのように立っていた。
「リリナ様、まだお帰りになられてなかったのですね」
「ソフィーにお話があって……」
「え…?」
(まさか、行間が読めない自分に愛想を尽かし、友人の件を無かったことにしてほしいとかそういう!?)
ソフィーが固まっていると、その手を取られた。
「ソフィー、いつも貴女がわたくしの話を聞いてくださるから、わたくしばかり『金色の騎士と黒曜石の少年』の話をして、貴女が好きな物語がなにかも知らずにいたわ! 貴女が自分勝手なわたくしに愛想を尽かしていないか心配で…!」
「へ? ……え?」
(そっち!?)
間の抜けた顔でリリナに手を繋がれ、幸せと驚きに瞬きの数が増えてしまう。
「もちろん『金色の騎士と黒曜石の少年』もとっても素敵な物語だと思うけれど、他にも物語はたくさんあるのよ。一緒に、貴女の一番を探してみない?」
「一緒に探す…ですか?」
ソフィーが首を傾げれば、リリナに手を引かれる。どこへ行くのだろうと思っていたが、そこは図書館だった。
図書館なら、調べ物をするためにソフィーもよく利用している。だが、リリナが案内したのは、図書館の奥の扉の先だった。
小さな扉の先は、広い部屋があり、四方を取り囲むように本棚が置かれていた。
部屋の中心には、いくつかの机と椅子が置かれており、数人の生徒が本の書き写しをしていた。
ざっと見ても数百冊。いや、数千冊だろうか。
大きな本棚をいくつも埋めるほどにキレイに並ばれた本の数々。
それは歴代の生徒たちが綴っていった、たくさんの物語だった。
「これが全部…」
ぎっしりと並ぶ本のタイトルを見れば、続き物や、短編、一冊の厚みがかなりあるものなど多種多様な物語が並んでいた。
「見て、この『短いけれど幸せな夢』と『幼き花へ捧ぐ夢想曲』は、わたくしのお母様が学生の時に読まれていた物語よ。家に写しがあって、よく借りて読んだわ。こっちの『焦がれるままに堕ちて』はもっと昔の作品なの」
「すごい…」
何年、何十年も前からの作品がこんなにもある。ソフィーはごくりと息を呑み、感動するように一冊の本を手に取った。捲れば、紙の古さからかなり前の作品だと分かる。キレイな文字が、美しい物語を綴っていた。
「お母様たちが、自分の娘を“女王の薔薇”に入学させるために必死なのは、このためでもあるのよ。もう自分は読むことのできない物語を、娘に写して持ってきてもらうの。わたくしもたくさん写して、お母様にプレゼントする約束なのよ」
「なるほど。それはとても素敵ですね」
卒業してしまえば、もう自由に読むことはできない。もしかしたら続きがあったかもしれない物語の最後は誰だって読みたいものだ。
(ハールス子爵夫人にも手紙を書いて、読みたいご本がないか聞いてみようかしら)
読みたいものがあるなら写して、次の休暇にお持ちすれば、この学院で過ごせる日々の感謝の気持ちを、より強く伝えることができるだろう。
「でも、卒業したら読めないなんて、なんだか切ないですね。それに、こんなにたくさんの物語があるなら、もっと色んな方々に読んでもらいたいと思ってしまいます」
「ええ。でも、今はまだきっとその時ではないのよ」
リリナが、寂しげに言う。
少女たちが自由に書いた作品は、きっと貴族社会ではあまり受け入れられないだろう。恋物語や、階級差別を取り扱った本は教育によくないと排除される可能性が高かった。
「でもね、わたくしはいつかきっとこの物語たちが、もっとたくさんの方々に読まれる日がくると思っているの!」
先ほどとは違う、張りのある声だった。
「知っていて? 今の王妃様のおかげで、女性は馬に乗って走れるようになったのよ。王妃様が、女性の自由を広げてくださったの! クリスティーナお姉様もそうよ。このオーランド王国の女性をもっと自由に、もっと羽ばたけるようにと考えていらっしゃるわ! 女性の価値はもっと高く、もっと広くあると」
リリナが、ニコルとレオルドを語る時のようなキラキラとした目でソフィーを見る。瞳の奥に宿る強い輝きが、まるで宝石のようだ。




