拝啓 天馬 私も、もう十三歳。立派な淑女になりましたⅢ
食事会の事を考慮し、早めに帰宅したソフィーに、小さな紳士が一輪の薔薇を差し出した。
「姉上、おかえりなさい! はい、今日おにわでさいたお花です!」
「ミカル、今日も素敵なお花をありがとう」
毎日一輪、一番大きく美しい花を姉に届ける弟に、ソフィーの頬が緩む。
数年早く王都に帰ってきていた弟、ミカルはもう五歳になる。
王都に帰る際も、タリスに残るソフィーと離れたくないと大泣きし駄々をこねたほどに、お姉ちゃん子に育った彼は、やっとまた一緒に住めることを誰よりも喜んでいた。
父に似て、母と姉が大好きなミカルは、ソフィーにベッタリと張り付き、ニコニコといつも笑っている。本邸にいる間はもう一時も離れたくないというほどに。
半年前には可愛い妹、モニカも産まれ、ソフィーは可愛いに囲まれ大変幸せだった。
しかし、五歳になるミカルの幼さを見て、時折反省することもある。記憶を思い出した六歳からのソフィーの発言は、やっぱり今のミカルをみても異常だった。
いくら成長が早い女の子でも、あの大人じみた言動の数々は、やっぱりマズかったかしら? と思わなくもないのだが、今さらすぎてもうどうしようもない。
(ふっ、過去に囚われては駄目よ。真っ直ぐに前を見なければ!)
都合のいい言い訳をすると、ソフィーはミカルから貰った薔薇の香りを嗅ぐ。甘い花の香りに、ソフィーがほほ笑めば、ミカルも嬉しそうだ。
リオから貰った薔薇の形の髪飾りを毎日つけ、バートが初めてくれた花を押し花にして栞を作り、それをいつも本を読む時には使っているせいか、この可愛い弟は、姉が大の花好きだと思っているのだ。こうして毎日庭で咲く花をプレゼントしてくれるのもそのためだ。
特段花がとても好きと言うわけではないのだが、可愛い弟の日課を奪うことはせず、いつも喜んで受け取っている。
「今日もぼく、母上とモニカをおまもりしました!」
紳士然と報告するのは、母と妹を守ったから褒めてくれということだ。勿論、これでもかというほどに褒めてやるのが、ソフィーの姉としての大事な日課だった。
嬉しそうに姉に引っ付いて歩く弟も、愛らしい赤ん坊の妹も、髪の色は母譲りのやわらかい黄緑色の髪をしているが、瞳はソフィーと同じ色。そして何より三人の姉弟は、全員母親に似て可愛らしい顔立ちをしていた。体は弱かった母だが、遺伝子は強かったらしい。体格がよく、三日徹夜しても元気な頑丈さを持ち、見た目も鬼軍曹な父だが、遺伝子は完全に打ち負かされていた。
夫婦の子を見て、皆が母を称えた。あのか弱かった母が可愛らしい子を三人も産んだのだ。最近ではあやかりたいと、母のもとには招待状が毎日山のように来ていた。
しかし、ソフィーが記憶を取り戻すまでは体の弱かった母は、社交界にほぼ出たことが無かったため、元気になってからも昔から交流のある方のもとへしか訪れない。
上流階級は社交界で成り立っていると言ってもいい。社交界に夫婦で出ないのは、噂の的になりやすく、軽んじられる。だが、もともと体が弱かったことと、今や豪商といわれるリニエール家を軽んじることは自分たちの首を絞める行いになるため、黙認されていた。
それでも母が懇意にしている家もいくつかあり、その一つが本日訪れるハールス子爵家だった。結婚する前は同じく子爵家であった母の、姉のような大事な方の夫がこのハールス子爵で、色々便宜を図ってくれる大事な方だ。父もその恩恵を受け、そしてそれと同じくらいの礼を尽くしている。
そのハールス子爵家に訪れるのだから、今日のドレスは華美ではないが上等なものでなくてはならない。
(髪もマーガレット型にして、つける宝石は真珠が無難かしら?)
「姉上、今日は本をよんでほしいのです!」
キラキラとした目でミカルに催促される。ソフィーが早く帰ってきたのは、仕事が終わったからなのだと勘違いしているようだ。
可愛い弟に事情を説明して、今日は一緒に遊べないことを伝えると、ミカルは泣きそうな顔で頷いた。もう零れる寸前だったが、それでも我慢しているのがいじらしい。
(ああ、もう! アル、貴方と弟の可愛さについて語れないのが辛いわ!)
幼い時に出会った風変わりな護衛を思い出し、無性に会いたくなる時がある。そう、主に弟の可愛さが爆発した時に。
後ろ髪を引かれる思いで自室に入ると、サニーと本日のドレスの吟味をする。湯あみして、髪型を決め、ドレスを着るだけでかなりの時間を要するため、あまりゆっくりはできない。
「女性って、本当に大変…」
やっと整った自分を、大きな姿見で確認しながら、思わず祐目線で呟いてしまう。マズいと慌てたが、サニーは美しく装うソフィーに見惚れ、聞いていなかった。
最近思うのだが、サニーを筆頭に、昔なじみのバート、エリーク、クレトはわりと過保護で、そして両親に負けないくらい親馬鹿だ。
こうやっていつもより美しく着飾れば、真顔で『うちのお嬢様はやっぱり世界で一番可愛い』と口にする。たとえ異端のお嬢様でも、可愛いは世界一らしい。ソフィーも、母に似た可愛らしい顔立ちだと自覚しているが、さすがに世界一可愛いというほどの感情は無い。前世の平凡男に比べたら月とスッポンの美少女! と第三者的に思ってはいるが。
「…サニー?」
「え? あ、はい! 申し訳ありません!」
失態とばかりに謝るサニーだったが、応接間で待っていた両親と弟も、従者として同行するバートとクレトも同じような反応だった。
普段も淑女として頑張っているのだから、そっちも褒めてほしいと思うソフィーだった。




