ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅸ
皆様のご感想から、この世にゴールデンウイークなど存在していなかったことに気づいたので、更新を早めました。うん、存在してないよね、ゴールデンウイークなんてさ('ω')ノ
あ、ゴールデンウイークが存在している世界線で生きられている皆様は楽しんでお過ごしください(*'▽')✨
「失礼ながら、貴女様の行動には常に危険が伴います。人質に取られる可能性を他人事のように扱われては、こちらも対応に困ります。その自覚がないまま勝手に動かれては、職務を果たすことすら叶いません。――ご自身の立場をお忘れではありませんか?」
(長い……。予想以上にお説教が長いわ)
ジェラルドの唇からとうとうと流れ出る言葉の呪詛は、ほぼ拷問の時間だ。
ソフィーは死んだ魚のような瞳で、時間の流れを待った。
これでも長年バートのお説教を聞き流してきた技と実績がある。右耳から流れるお説教を、華麗に左耳から流れ落とすことなど朝飯前だ。
(それにしても、初対面のときは、こんなに喋ることができる男だとは思ってなかったわ……)
ジェラルドのような無表情イケメンは、無口であるのが主流ではないのだろうか。
いや、説教を説く以外では口数は少ないので間違ってはいないか……。
現実逃避でどうでもいいことをつらつらと考えるが、それにも飽きたソフィーは、テーブルに置かれた紙面にそっと視線を落とした。ルカが届けてくれたロレンツオからの書簡だ。
ルカとしては、先ほど廊下であった際に渡したかったようだが、ソフィーが疾風のごとく逃走したため、わざわざ寄宿舎に持ってきてくれた。
ジェラルドの説教がはじまる前にひと通り目を通させてもらったが、内容は下水処理施設建設の施工について記されていた。
小規模とはいえ、第一施設。
苦難点も多かったが、本来の予測より遥かに施工が早い。
供用開始の公示の準備も、あと少しというところまで来ている。
(使えるものは使って、レミエルを隠れ蓑にできたのは、やっぱり大きかったわね)
オーパーツになり得るものも、レミエルの名を使えばスムーズに事が進む。さすがにロレンツオにはバレている気がするが、なりふり構っていられない。
それにロレンツオの方も、だいぶ力技がすごかった。
電力という、雷を操っているかのような見たことのない力を売りにして、金星から膨大な資金を巻き上げ、建築費に充てる。職人や自由労働者を集め、法定労働時間など関係のない世界で、祝日などお構いなしに進められた作業は、前世の日本では戦後復旧レベルの加速度だった。
貴族からむしり取った金で支払われる賃金の高さと、ソフィーが労働者たちの環境を整えたことも功を奏した。
(みんな、すごく頑張ってくれている。研究所のみんなは死にそうな顔をしていたけど……)
雇われの労働者たちと違い、研究所の銀星たちの給料は何一つ変わらない。しかし激務だけは増える。
あまりに気の毒で、何度かクッキーなど差し入れしたが、皆過剰なほど感謝してくれた。
彼らは、忘れているのだ。
そもそもの元凶がソフィーであることを……。
その事実をすっかり忘れ、感謝を向けてくる所員たちに胸は痛んだが、心の中でそっと謝ることしかできなかった。
(そういえば、最後に書かれていた最終寄付金の総額……エグかったわね。ロレンツオ様の威光もあるでしょうけど、やっぱり貴族階級の人間には、浄水機能より電気力の方が遥かに魅力的に映るのね)
ジェラルドの声を完全にBGM扱いにして、ソフィーは思考を巡らせる。
今回の件をきっかけに、貴族たちのあいだで電気への関心は大きく高まっただろう。
もしも貴族階級、のちに一般市民にまで普及するようになれば、いまある水力発電だけでは到底まかないきれなくなる。
(まだ先の話とは言え、いずれは火力発電も視野にいれておかなければならないわね……)
オーランド王国は、日本ほど水資源が豊富というわけではない。
逆に日本は多雨に加え、山が国土の70パーセントを占めている水資源が豊富な稀有な国だ。
それに伴うデメリットはもちろんあるが、メリットもある。
(日本なら、どの都道府県にもダムがあるし。それを活用した水力発電を増やすことだってできるのよね……)
発電については利権がからむゆえに、難しい問題だと認識していても歯がゆい。
はぁと、残念な気持ちでため息を吐きそうになって、そこでハタっと我に返った。
そんなことを考えたところでいまさらだ。
日本はもう帰ることのできない場所。
想いを馳せたところで意味はない。
「…………」
なぜか、その事実が鉛のように喉元にかかり、ソフィーは苦い顔で唇に力をいれた。
わずかな動きだったが、ジェラルドには気づかれたようだ。ほのかに彼の眉間のしわが寄る。
「……ソフィー様、お聞きいただけていますか?」
「え? 全然。まったく。一つも聞いてなかったわ」
正直に話すと、ジェラルドは表情を崩すことなく淡々と言った。
「左様ですか。では、もう一度最初からお話いたします」
「~~っ。もう、聞いていたわよ! 人質に取られないように気をつけるし、もし捕まっても護衛の救出を待って大人しくしてるわ。それに、被疑者を無罪放免で帰らせたりもしないし、説教だってしない。あと、もう二度と護衛を撒いたりもしないわよ! これでいいでしょう!?」
「ご理解いただけていたならば結構です」
「むぅ……っ!」
この男、実は護衛ではなくてチュペロンだったのではないだろうか。それも舞踏会に連れていったら絶対に人が避けるタイプのチュペロンだ。
「それでは本日は失礼いたします」
ソフィーの返答に満足したのか、言いたいことを言って気が済んだのか、ジェラルドが辞去を告げる。
「ちょっと待って」
退出しようとする後ろ姿を、ソフィーは呼び止めた。
「貴方、私にまだ言っていないことがあるでしょう?」
「……何のことでしょうか」
回答に一瞬の間があったことを、ソフィーは見逃さなかった。
どうやらこちらがハッキリ口にしなければ、しらばっくれるつもりらしい。
「貴方が今回殿下に呼び立てられた理由よ」
「…………」
「殿下はあれで心配性なのよ。私の護衛には、常に自身が信頼している人間を置きたがる。その貴方をわざわざ外してまで呼び寄せるには、それなりの理由があったはずだわ。――――主に、私の事とか」
「いえ、今回のことは別件です」
「本当に?」
「はい」
「嘘ついても、後でバレるものよ」
「それは実体験からですか?」
「もうっ、減らず口ばっかり!」
「目の前にいい指導者がいらっしゃるので」
ああ言えばこう言う。
これ以上押し問答するのも億劫で、ひとまずこのまま帰らせることにした。
だが内心では、
(ジェラルドよりフェリオに吐かせる方が早いわね!)
と、すでに手を打つつもりでいた。
ソフィーはどうぞお帰りくださいとばかりに手で雑に払うと、ジェラルドはなぜかソフィーの顔を見つめ、少し考えるそぶりを見せた。
(ん? 話す気になったのかしら?)
しかし、それにしては目が何かを探るようだ。
話すという雰囲気ではなく、聞き出そうとする雰囲気を感じ取り、ソフィーは眉根を顰めた。
「なに? お説教ならもう聞き飽きたわよ」
「――――休まれていらっしゃいますか?」
「へ?」
意外な質問に、ソフィーは目をしばたたく。
「……ちゃんと決められた時間には、なにもせずにベッドで休むようにしているわよ」
徹夜をすると、なぜかすぐにジェラルドにバレるので、最低限の睡眠時間は常に確保するようにしていた。それは彼だって知っているはずだ。
「曖昧な問いかけをして申し訳ありません。眠れていますか、とお聞きするべきでした」
「え……」
やけに深く聞いてくる。
ジェラルドは小言は多いが、一応、ソフィーが女性であることを考慮し、あまり踏み込んだ詮索はしない男なのに。
「寝つきはいい方よ。……ただ、夢を……」
「夢?」
「……いえ、なんでもないわ」
そう言って話を濁すと、彼もそれ以上は何も聞いてこなかった。
きっと、これ以上触れてほしくないという思いが、表情に出ていたのだろう。
ジェラルドはソフィーからそっと視線を外すと、控えめに辞去を告げてそのまま部屋を出ていった。
一人になった部屋で、ソフィーは小さく息を吐く。
睡眠は十分に取れている……と思う。
ただ、最近は夜中に一度目が覚めると、その後がなかなか寝付けない日々が増えていた。
夢を見るのだ。
何度も何度も。
――――天馬の夢を。
「日記を、書かなくなったからかしら?」
レミエルとの一件があって以来、ソフィーは毎日のように書いていた日記の手をとめた。
想いは心の中だけでつぶやくだけに止め、ペンは持たない。
少し怖くなったのだ。
日記を書くことが、弱い自分をさらけ出し、天馬への依存性を高めているようで。
天馬に依存する自分を律するためにも書かなくなった日記。
けれど、まるでそれに比例するように、夢を見るようになった。
王の剣に入った途端、天馬の夢を見るようになっていたが、最近はとくに頻度が多く、毎夜。
まるで、忘れていけない。
忘れるなとばかりに――――。
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来月の5月8日「勘違い結婚」のコミカライズ3巻が発売されます(*'▽')✨
私もSSを書かせていただきましたので、ご覧いただけたら嬉しいです!
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