ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅶ
お待たせいたしました!無事退院しました!
次回の更新は明日、4月23日(木)AM7:00を予定しております。
「でも、お父様はそれでご納得されているの? 縁談のお話以外でも、金星一つの授与も、貴方とアーロンは辞退したでしょう」
ラルスの家と、伯爵家であり政治の中枢に立つアーロンの家は、金星の生徒のなかでも別格。
巨額の資産を持つ家の財力によって、二人は十四歳の時点ですでに星二つを賜っていた。
そのため、去年の“名もなき試験”で全員に星一つの授与されたさい、ラルスとアーロンは星三つとなり、自動的に卒院となるはずだった。
「ラルスの年齢で、星三つの卒院となれば、金星として十分な経歴を残せたのに……」
金星は学生の間だけならば星を金で買えるが、それには膨大な星代が必要となる。星二つを難なく支出できるだけの財力を有する貴族は決して多くない。
現に、王の剣に入れたとしても、星一つを賜るだけで精一杯という学生は多い。
それを財力のみでない授与を果たしたとならば、金星にとって何よりの誉れ。堂々と卒院することが許される。
「僕とアーロンにとって、早い卒院に価値はありません。それよりも、ソフィー様の元で学ぶことの方が何倍も有意義です!」
生徒でなくなれば、学院に出入りすることは難しい。ラルスにとって、卒院は婚約者をもつ以上に避けたい事態だった。
「父もソフィー様から学ぶ機会は金銭で代えられるものではないと、僕の考えに理解を示してくださいました。逆に、あえて在籍を望む僕を褒めてくださったんです」
『社交界に出ることを嫌がっての在留ならば父として檄を飛ばすところだが、どうやら違うようだからね』
目に見えて意識の変わった息子の成長を、父は喜んで受け入れてくれた。
思えば、この時からだったかもしれない。父という絶対的な指導者が、対話者と関係が変わったのは。
多忙な父とは、手紙のやり取りや長期の休暇のさい少し会えるだけだが、対等な相手への敬意が含まれるようになり、その内容も変化していた。子供をいさめるような導く言葉より、自分の意見を聞いてくれるようになったのだ。
「憂いは一切ございませんので、ご安心ください」
「よかった……」
言い切るラルスに、ソフィーは安堵するように目を細めた。
「私としても、ラルスとアーロンがいてくれると心強いわ」
「そんな、もったいないお言葉です」
柔らかな笑顔を向けられたラルスは、わたわたと頬を赤くする。
「もちろん、ファースもよ!」
「え、あ、ぼっ、僕もですか?」
ファースは己を指さし、目を丸くしてどもる。
「とくに今日の茶話会では、存在の大きさを実感したわ。物腰柔らかな貴方たちがそばにいてくれると、参加者の緊張もほぐれて、会全体がとても和やかに進むもの」
「そういえば、今日は茶話会の日でしたね。今回は参加できず申し訳ございませんでした」
はっと思い出したのか、ラルスが謝罪すると、ファースも同じく頭を下げた。
「今後は日程の調整をして、必ず参加できるように致しますので」
不参加を気に病んでいる二人に、ソフィーはふるふると頭をふった。
「訪問の方が先に決まっていたのだから、そちらを優先するのは当然のことよ。今回は小規模開催だったし、大きな問題は発生しなかったから気にしないで」
「では、何事もなく無事に終わられたのですね」
「ええ!」
ジェラルドと違って素直な二人は、ソフィーの言葉をすんなりと信じた。
この後、ルカから事実を知り、ド肝を抜かれることになるのだが……。
「まあ、茶話会のことはさておき。――今回の成果は、どうだったのかしら。長旅で疲れているでしょうけど、もしよければ聞かせてもらえない?」
ソフィーの声のトーンが、少し変わる。
愛嬌のある笑顔の奥に、抜け目ない商人の眼差しが光り、ラルスとファースはすぐさま背筋を伸ばした。
「はい、予定どおりアキサス地方のシモン様、ザライ地方のサミュエル様とお会いしてまいりました」
「お二人ともライ麦の豊作と、その味を絶賛しておられました。今年の播種では農地を拡大し、さらなる収穫を見込んでいるとのことです」
アキサス地方のシモン、ザライ地方のサミュエルは、ラルスたちがソフィーの品種改良したライ麦を売り込んだ領主だった。
「素晴らしいわ。これも貴方たちが頑張ってくれたおかげね!」
「そんな……、僕たちは繋ぎをとっただけにすぎません。種が素晴らしいものだったからこその成功です。……逆に、これだけ素晴らしい種だというのに、シモン様へのプレゼンがうまくいかず、去年は播種時期ギリギリでの滑り込みでしたし。もっと早く話をまとめることができていれば、さらにより多くの領主様に広めることも可能でしたのに……」
ファースの嘆きに言葉に、ラルスも頷く。
「僕もあれだけソフィー様に大口を叩いておいて、サミュエル様を納得させる術が足りず。結局ソフィー様のお力を借りてしまいましたし……」
どよーんと落ち込みだした二人に、ソフィーはかろやかに笑う。
「目星をつけていた領主様たち全員との売買は成立させているのだから、十分過ぎるわ。それに、あのお二人は特別よ」
アキサス地方のシモンは、伯爵家の当主でありながら農民と共に農地を耕し、荒れ地すら蘇らせるアグリサイエンティストな人物だ。
一方、ザライ地方のサミュエルは、常に新しいものを追い求め、人脈の広い侯爵家当主。
「どちらも一筋縄ではいかない、交渉の難しいお相手だもの。話し合いの場を与えられ、契約を勝ち得たことは、貴方たちが優秀である証拠よ。もっと誇ってちょうだい」
さらりと褒められ、ファースは恥ずかしそうに頬をかく。ラルスはまだ納得していない顔だったが、その貪欲さは金星らしいともいえた。
「それに、お二人との交渉が難航したのは貴方たちのせいではないもの」
キッパリと否定するソフィーに、二人は首をひねる。
「シモン様は慧眼のある方よ。話を聞いた時点で、お心は動いていたはず。それでも中々首を縦に振ってくださらなかったのは、品種改良の種以上に、浄化システムに強い関心をお持ちだったからよ」
「……え?」
「あの方は、社交には関心をお持ちでないようだけど、そういった話題にはとてもお耳が早いのね」
ファースたちが伺う前から、おそらく、彼はすでに一定の情報を得ていたのだろう。
断片的な内容であっても、聡明な者なら、水浄化システムが農業にも大きく作用し、密接に関わることを容易に見抜く。
「そのために発案者である私を引っ張り出して、情報を聞き出したかったのでしょう。だから、ファースの力不足でも何でもないのよ」
「……つまり、僕はソフィー様と繋ぎを取るための媒体に使われたと?」
「あら、そんな卑下した言い方はダメよ。良くも悪くも聡い大人は使えるものはなんでも使う。それだけのことだもの」
「え、……え~……っ」
生真面目で実直なファースには、まだ大人が時に利己的な判断を下すものだという現実が、うまく飲み込めていないのか、少し情けない声をもらした。




