ソフィー・リニエールのがんばる毎日Ⅵ
今回は短いので、また近々更新予定です。
出来れば今月中に(^_^;)
その時、金星のラルスと銀星のファースは帰校し、ちょうど構内に入ったところだった。
馬車のガラス窓から馬と並走するように走っているソフィーの姿を見つけたファースが、驚くよりも先に感心の声をあげた。
「女性のドレスには動きにくいイメージがありましたが、ソフィー様を見ているとそうでもないのかと疑問が生じます。実際はそれほど動きにくいものではないのでしょうか?」
「ファース殿、それは錯覚です。ソフィー様の運動神経が並外れているだけで、ドレスに軽快さは皆無ですよ」
ラルスはファースの疑問に苦笑交じりに答えると、小窓から御者に馬車を止めるよう指示を出す。馬が足を緩めると同時に、並走していたソフィーも速度を落とした。
「ソフィー様、どちらかに行かれるのですか?」
窓を開きラルスが問いかけると、「あら」とソフィーが顔をあげた。
「ラルスたちの馬車だったの。ちょうどよかったわ、私も乗せてくれる?」
「もちろんです。どうぞ」
完全に馬車が止まるのを確認すると、ラルスは扉を開き、タラップに足を乗せるソフィーに手を差し伸べた。
その手をほほ笑みながら取る仕草、指の角度、姿勢、ふわりと舞うドレスの裾。
誰もが自然と引き寄せられる美しい所作だが、ソフィーに慣れた二人はまったく別のことに意識を飛ばしていた。
――――すごい。この人まったく息が乱れてない。
まるでさきほどの疾走などなかったかのようだ。
感心と感嘆と一種の恐怖を覚えつつ、ラルスはファースの隣に席を移り、ソフィーに向かい側の席を譲った。
ふぅとソフィーが落ち着いたところで、ラルスは御者に行先を指示するため再度問いかけた。
「それで、ソフィー様はどちらに行かれるご予定だったのですか?」
「どこにも行く予定はないわ。別館の三階から馬車が走ってくるのが見えたから、並走すれば身体が隠れて目くらましにちょうどよいと思ったのよ」
別館の三階から走ってきたんですか……。
結構な距離ですね……。
声には出さず、ラルスとファースは目と目で会話をする。言葉にしないのは、それがソフィーの『普通』だからだ。
たまに自分たちの『普通』と、ソフィーの『普通』の違いに大きな隔たりを感じてしまうが、ここで戸惑ってはいけない。この程度で驚いていては、話が進まないことは学習済みだ。
動揺を隠す術を自然と身に付けている二人の胸中など知らず、ソフィーは安堵したように微笑んだ。
「ラルスたちの馬車で助かったわ。今日はこのまま寄宿舎まで雲隠れできるわね」
「ソフィー様、あの、それはもしや……」
「ジェラルドを撒いている最中だったのよ」
薄々気づいてはいたが、やはりそうだったか……。
ジェラルドが傍にいない時点で察するところではあった。
それくらい普段のジェラルドはピタリとソフィーに張りついており、たまに護衛というよりは、子供を見守る過干渉な母親かと思うほどだ。
しかしジェラルドの場合、そこに至るまでの経緯があるので、一概に彼の過剰なほどの護衛を非難できなかった。
非難できないだけのことを、ソフィーがしでかしているのだ。逃亡癖もその一つで、日常茶飯事といっていい。
そのため、二人はマルクスのように小言は口にせず、ただただ感心した。
「あのジェラルド様から逃げ切れるなんて、さすがソフィー様ですね」
ファースの言葉に、ラルスも同意する。
「僕も体力作りを頑張っているつもりなのですが、とてもそんな芸当は……」
ラルスはソフィーたちと山に登って以来、体力強化に励んでいた。
月に一度はマルクスに頼み込んで山岳演習に参加し、空いた時間があれば近くの山に登り。すでに山登りはラルスの趣味だ。
そのかいもあってか、ラルスの身長はぐんぐんと伸び、ルカよりも早い成長期を迎えていた。
丸みを帯びていた頬のラインは消え去り、薄くあったそばかすは山登りで焼けた肌でほぼ見えない。
グッと大人に近づいていくラルスの顔をマジマジと見つめ、ソフィーは首を傾げた。
「そういえば、ラルスの婚約者はまだ決まらないの?」
「えっ……」
不思議そうに問われ、ラルスはぎょっと目を見開いた。
「え、え? 急にどうされました?」
「前から聞こうと思っていたのよ。こういった話は、ラルスの昔の古傷をえぐるだけだと思って控えていたけれど、いまや引っ切り無しに縁談話をいただくのでしょう?」
「そ、それは……」
確かに身長が伸びた辺りから、急に縁談話が数多く舞い込んできていた。
理由は、ラルスの名が社交界で広まったことにあった。
この一年半、ラルスはソフィーが品種改良した種を各地の領主に広めるため陣頭指揮をとっていた。
当然高位貴族と話す機会は多くなり、そのさいラルスはソフィーとのやり取りで培った会話術を存分に発揮した。
ハキハキとした話し方。
どんな場面でも相手に対して礼儀を忘れない姿勢。
それらはラルスが思うよりもずっと高く評価され、外見的な成長も相まって、社交界で噂となったのだ。いまや縁談は引きも切らない。
「以前の婚約者の方々からも復縁の申し出がきていると聞いたわ。よかったわね、ラルス!」
ガッツポーズを取るソフィーに、ラルスは冷や汗を流す。
(なんでその話まで……)
全力で隠していたのに。しかしそこはソフィーだ。情報のコネクションはラルスでは太刀打ちできない。
自分の縁談話を純粋に喜んでいるソフィーの姿に、ラルスはちょっと涙目になる。
横ではファースが気の毒そうな視線を送っているのが見えた。
よほどラルスが不憫に見えたのだろうが、助け船は出してくれない。
研究以外のことには弁をもたない己の口下手さを自覚している彼は、余計な口を出してなおさらラルスが窮地に立たされることを恐れているのだ。
ファースなりの気遣いがチクチクと肌に刺さる。
「それでラルスはどなたのお話を受けるつもりなの?」
無邪気に特大の槍を放つソフィーに、ラルスは拳を握りしめて力説した。
「ソフィー様、僕はまだまだ若輩者です! そんな青二才が婚約者を持つなど分不相応だと思いませんか?!」
「え? 今のラルスなら、そんなことないわよ」
「いいえ! 僕にはまだまだ勉強することが多いですし、もっと経験を積まねばならないことも山のようにあります! そんな状態で婚約者をもつなど、相手にも失礼だと思うんです!」
「そ、そうね……。確かに『仕事と私どっちが大事なの!?』みたいな状況をつくり上げてしまっては、婚約者の方もお可哀想ね」
ソフィーは女性に親身だ。突くならばここが最善と、理由を並べ立てた。
ラルスにとって、いまや婚約者をもたぬことへの体裁のなさなどどうでもいい。
それよりも、下手に縁談など結ぼうものなら、ソフィーの中に『ラルスは✕✕様の婚約者』というカテゴリーができてしまう。
つまり、一線を引かれてしまうのだ。それだけは避けたい。
必死な言い訳は功を奏し、ソフィーは納得してくれた。
「すごいわ、ラルス。女性にたいして苦手意識をもっていた貴方が、そこまで女性の気持ちを配慮できるようになるなんて……。やはり、私の教育は間違っていなかったわね!」
母目線でしみじみとされるのは辛かったが、このさい負った傷には目をつむることにした。
「ラルス殿、年々ソフィー様への対処が上手くなられますね。大事なところは欠片も伝わっていませんが……」
ファースが小声で傷口に塩を塗り込んできた。痛いからやめて欲しい。




